第4話・王妃の死
「おぉマリア!どうかお前だけは元気でいておくれ―――」
西の領主家の当主、デニム公は憔悴していた。
* * *
昨年の冬―――王家に嫁いだ愛娘のカーシャが亡くなった。
カーシャ王妃の死因は持病だった喘息の悪化で、孫娘のマリア王女が14歳の誕生日を迎えてから、約半年後の事であった。
娘の身の回復を願い、何度か王都まで出向いて娘の顔を見に行ったデニム公だったが、遂にその願いは叶う事は無かった。
葬儀で会ったマリア王女は、憔悴しきった様子で虚ろな瞳のまま微動だにせず、ただじっと愛する母の眠る棺を見つめていた。
その様は祖父として見るに堪えない悲痛さであった。
優しく抱きしめた祖父に、マリアは強い自責の念を告白していた。
「―――あぁ御祖父様、私のような娘が産まれてしまったから・・・母様は亡くなられてしまわれたのです。」
この言葉を聞いた時、デニム公は力強く孫娘を抱きしめ、耐え切れぬ哀しみに涙を流し続けた。
王家の宿命とはいえ、水源を守る精霊との契約がこの子にどれほどの精神的な負担を強いてしまったのか・・・。
娘のカーシャは最も王家から近縁の娘として、王に嫁いでいった。
もちろん、承知したのも自分である。
承知した・・・というよりも、もう他に選択肢はなかった。
東と南の領家からはそれぞれスズ王妃とアリナ王妃が嫁ぎ、西の領家からカーシャを出さぬわけにはいかなかったのだ。
カーシャ自身にも湖霊との契約を果たすだけの血の濃さはなかったため、産まれた時にはウイジャボードも反応せず、その事実についてはデニム公も自らの無力を責めた事もあった。それだけに、カーシャが産んだ子にウイジャボードが「マリア」の名を示した時は、それはもう飛び上がるほどに嬉しかった。
しかしその喜びは期待に変わり、今はそのマリアを苦しめている。
デニム公は悔いた。
それはかつての周囲が自分に対して科した期待そのものであり、愛しい孫娘に対して自分が抱いた期待は、自らが苦しんだ時と同じ痛みとなって、今まさに彼女の身に降りかかっているだから―――。
先王の弟であったデニム公には微かにだが、湖霊セルベルの声を聴くだけの能力があった。しかし精霊とハッキリと会話のできた兄に比べると明らかにその力は弱く、滞りなく契約を完了できたのは兄の方であった。
兄は先王として即位し、東の領主家から又従姉にあたる女性を王妃に迎え入れた。
その後、デニム王子は王籍を外れ、西の領主家へとよこされた。王の弟が直ぐに王籍を外れるのは異例の事であったが、王の結婚もデニム公の結婚も、当時の学者一同が血縁の回帰を最優先として、家系図とにらみ合った末で決めた又従姉弟、或いは又従兄妹同士での結婚だったのである。
西の領主家には4代ほど前に王籍から外れた夫人がいて、デニム公は王命により、その夫人の曾孫にあたる当主の娘カチュアと結婚し、カーシャを授かった。
勝手に決められた結婚に当時は内心反発もしたが、国が滅亡するかどうかの秤に自らを架けられたとなると、その宿命を粛々と受け入れざるを得なかった。
兄である先王は見事にその血を次代に繋げた。
それ故に、西の領主家ではデニム公にも高い期待がかけられていた。
彼自身もその期待には応えたい思いがあったが、父親が何をどう頑張ったところで、産まれつきの血の質まで変えることなど不可能だった。
それはもう、神が決めるしかない事なのだから―――。
(娘が死んだのは私達のせいなのかもしれない。)
何度も何度もそのような考えが浮かんでは消え、妻のカチュアと共に、苦しみ続けた1年を過ごした。
* * *
カーシャ王妃は、かつてマリア王女を産んだ後に二人目を妊娠した事もあった。
しかしマリア王女の時とは異なり悪阻が酷く、周囲があたふたとしているうちに、その子は流れてしまったのである。
悪阻は魔素中りだったのでは、との話もあった。王妃の妊娠中に行うとされる魔素祓いの儀式はもう数百年も前に廃れてしまっており、充分な対策が取れなかった事を王も認めていた。母体を守る事が最優先であり、やむおえない事態であったものの、カーシャ王妃からしてみれば、深い心の傷になったに違いない。
(叶う事ならば、私に流れる血の全てを、カーシャに与えてやりたかった・・・。)
どのみち、この問題はカルダス王子やエミリオ王子、そして愛しい孫娘のマリア王女の代にまで、後を引くことになるのだから。
今後、王家は一体どうするつもりなのだろう?
兄である王も苦しんでいるに違いない。
新たな王妃を迎え、子を儲けるのか?
カーシャ王妃亡き今、今や最も王と血が濃い女性は娘のマリアのみ。
それとも、奔放なスズ王妃や、気の弱いアリナ王妃の第二子に期待するのか?
いずれにせよ、二人の王妃の年齢を考えると残された時間は少ない。
二人の王子はどうする?
まさかとは思うが、王はマリアを依代に二人の兄と兄妹婚をさせるおつもりなのか?もし本当ならば、なんと悍ましい話だろうか・・・!あまりにも不憫な!
儀式の件はまだ領主家の者同士でしか知らされてはいないが、徐々に民の間でも不穏な噂は広がり始めている。
王家からは毎年春には恒例だった園遊会の開催も含め、今年は年内一杯の交流会は中止するとの連絡があった。
親書に記されていたのは昨年度の大雪と城の老築化に伴う東塔部の改修工事のため、今年度は倹約が必要であるとの事であったが、その後は特に連絡らしい連絡もなく、ただいたずらに時間だけが過ぎている。
「兄上よ、貴方は一体何をお考えなのだ―――?」
* * *
デニム公は、王に密書を出すと称して、ある男に王宮の内偵をさせる事にした。
国家の存続問題でもありながら、他家の相続問題でもある。デリケートな内容故に、兄である王には親書にてその考えを問う事にした。
ただ、それだけでは計り知れない事もある。
スズ王妃やアリナ王妃の動向など・・・細かな雰囲気や噂などは、密書で探りを立てるような事でもないし、城内に入り込んで内侍の者から色々と聞き込みをする方が最も正確である。
何より、今はマリアの事が気がかりだ・・・。
妻のカチュアは、マリアに宛てた手紙をしたため、内偵の男に持たせた。
この男、名をリュクルゴという。
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