第7話・盲目の姫君

デニム公の元にマリア王女逝去の連絡が入ったのはそれから二日後の事だった。


領主家一同は哀しみに暮れ、葬儀へ向けての準備は粛々と行われた。

リュクルゴ親子もこの葬儀には参列した。


カーシャ王妃に続いてマリア王女まで喪ったイベリアは、哀しみの色に包まれた。


葬儀は王城の正面庭にある噴水広場にて行われ、その進行は長男のカルダス王子が執り行った。式場を目の前にする大正門前には多くの聴衆もあつまり、門を隔てて、或いは城壁の隙間などから、その様子を固唾を飲んでうかがっていた。


この式には当然の事ながら王も参列はしていたものの、王が言葉を発することは一度も無かった。

カルダス王子からは、王は今回の事で酷くお疲れになられているので、葬儀は自分が取り仕切る―――集まった参列者にはそう伝えられた。


式は粛々と行われた。

マリア王女の遺体は棺に花葬として納められ、そのまま裏門から運び出され、聖域イベリア湖に通じる道の途中にある王家の陵墓へと納棺される。


参列者は一輪ずつ、王女の棺に花を捧げていく。

メアリも瞳を赤く腫らしながら、姉と慕ったマリア王女の棺に花を捧げた。


棺に花が満たされると、棺は閉ざされる。

間もなく納棺の時―――。


葬儀が終盤に差し掛かったところで、カルダス王子は大正門付近へと歩み寄り、集まった領主家一同と国民聴衆向けて、産まれたマリエル王女についての報告を行った。


一部、事実は伏せられた。


国民にはマリア王女の死因と、新たな王女が誕生した事。

そして、その子はカルダス王子とマリア王女の子供であると公表された。


勅令で急遽乳母の招集があった事から、街では概ねこの事態は予想された話ではあったようだが、産まれた子の父親まで明らかになった事で、会場には大きなどよめきが沸き起こった。


「静粛に!静粛に―――!!」


厳かな場でもあったが、騒めきは聴衆に波紋を広げていく。

王家の一同は微動だにせず、沈黙してその様子をうかがっていた。

その間―――約5分。


カルダス王子がサッ!と、合図の手を出す。

「おい、王子が何か言うみたいだぜ!」

「しっ!聞こえないだろ!」

再び静けさが聴衆に広がっていった。


聴衆が完全に静まり返るのを確認して、カルダス王子は以下のような弔辞を述べ始めた。


「―――我々は、マリア王女というイベリアの大切な宝を喪ってしまいました。」


王子はゆっくりと、そして大きな声で語り続ける。


「妹マリアには・・・愚兄として、大変大きな負担を強いてしまいました。そして、マリアはその責に応えるため―――イベリアの未来を背負う覚悟で、この度の出産に臨みました。」


「―――悪阻が酷く、壮絶な出産でした。それでもマリアは、決して諦めませんでした。あの子は・・・マリアは・・・我々イベリアの全ての民の為に、為すべき事を果たして逝ったのです。どうか褒めてやってください。」


(おぉ・・・マリア様・・・なんという御労しい・・・。)

聴衆からは涙ぐむ声が聞こえ始める。


「王女は我々に、一筋の希望を遺して逝きました。彼女が残した希望の子は、ここに集う我々王家の誰よりも強く、始祖の血を受け継いでいます。」


「マリアの死の間際、儀式に用いられた古のボードは、誰の導きを受ける事もなく、その子にマリエルという名を授けました。」


カルダス王子の口調は、徐々に熱を帯びていた。

声は少しだけ涙ぐみ、聴く者に強い決心のようなものを感じさせた。


その様子に、嗚咽を漏らしていた聴衆も、徐々にその演説のような弔事に聴き入っていく・・・。


やがてカルダス王子は、マリアの最後の言葉を聴衆に語り、産まれたマリエル王女こそ、母マリア王女の悲願の姿であり、彼女の生まれ変わりに相違ないと述べた。


マリア王女の遺した希望の光、マリエル王女は必ずや―――!

必ずや我らイベリアに暮らす全ての民にとっての、次なる未来を照らす希望の光となる事だろう!


「イベリアの民に幸あれ―――マリエル王女万歳!」


マリエル王女万歳―――!!マリエル王女万歳―――!!!!


熱狂する市民の歓声、巻き起こる拍手、涙する領主家一同。

参列していたリュクルゴはこの国に来て、初めて一つの時代の節目を見たような気持になった。


この演説―――カリスマ性―――文面はスズ王妃が用意したものかもしれないが・・・これで、カルダス王子が次の王になる事に国民は誰も異を唱えないだろう。彼の血にその資質はなかったが、マリエル王女が成人し、正式に湖霊と契約して女王として即位するまで、その政治的な影響力は続くだろう。


一方、父の隣で椅子に座っていたメアリは、不思議な感覚でその光景を見ていた。

既視感―――いずれまた、このような場面が繰り返されるのではないかという漠然とした予感―――いや、不安感だろうか?


うまく言葉にできない彼女は、父リュクルゴの手を、ギュッと握ったのだった。


*  *  *


葬儀から数か月後・・・


王宮には入れ代わり立ち代わりで乳母が出入りするようになっていた。

国の存続をかけた最後の希望として、大切に育てられているマリエル王女は、特に大きな病気をする事もなく、すくすくと成長して行った。


しかし、不幸は立て続いた。

マリエルの首が座り始めた頃、授乳に訪れていた乳母は違和感に気づいた。


極度の近親交配が原因となったのか、出産直前の高熱が原因となったのか・・・。

彼女は産まれつき、辛うじて光を感知できる程度の視力しか持ち合わせていなかったのである。


それでも、その後のマリエルに大きな障害は見つからず、無事一年が経過した。


産まれると同時に母を亡くし、盲目として産まれた姫君―――。

マリエル王女のその不幸な身の上は、多くの人からの同情を集めた。

加えて市民から乳母を募った事により、王都に住む市民からはより身近な存在として、広く深く民から愛される姫君となったのである。


そしてその人気は、父親とされたカルダス王子の支持をも後押しした。


マリエルが1歳の誕生日を迎える頃―――。

マリア王女の一周忌に合わせて、遂にカルダス王子は王として即位したのである。

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