第8話・メアリ
カルダス王子が即位したのち、前王が表舞台に出る事は滅多になくなった。
一時世間では病に倒れたのでは?との噂もされたが、時折従者を従えてカーシャ王妃とマリア王女の眠る陵墓へと足を運ぶ姿も目撃されており、本格的な隠居生活に入ったのだろうという認識で世間は一致した。
聞くところによると、王は一日の殆どを改装されたばかりの東塔の奥で過ごしていたという。
西の領家では王の叔父であるデニム公も、そろそろ後継者を据え置かねばならぬ歳になっていた。
一人娘だったカーシャに続き、孫のマリアにまで先立たれてしまったデニム公は、マリア王女の葬儀の後からすっかりと老け込んでしまった。その為、この頃は長時間の仕事には神経が追い付かなくなってきており、カチュア夫人の甥にあたる青年バイスが、公務の半分を代行をするようになっていた。
一方、通常時は西端国境の警備任務に就いていたリュクルゴも、その後も何かしらの通達の際には、伝令役として、度々領家と王家との間を行き来していた。
リュクルゴはその度に滞在を少し伸ばしては、王家の内情や街の噂などを集めて領家に戻ってきていた。しかし、実権がカルダス王とスズ王妃に移行してからというもの、王宮内には東の領家から見知らぬ顔の貴族も入り込むようになり、徐々に身動きがとりづらい状況に変わりつつあった。
表舞台に出なくなった前王の影響力は急速な勢いで喪失し、王宮内の勢力図は急速にカルダス王を輩出した東の領家の勢力が多くを占めようとしていた。
* * *
それから少しばかりの時が流れ、マリア王女の葬儀からイベリアは三度目の春を迎えようとしていた。
その後も成長を続けるマリエル王女は3歳になり、その身辺の世話は王宮付きの侍女が行うようになっていた。
そんな折、西の領家には王家より一通の書留が届いた。
差出人は―――スズ王妃。
「―――日々健やかに成長し、活動的になられるマリエル王女ですが、目が不自由な事も相成りまして、王宮内だけの侍女ではお世話が困難な状況となっております。その為、この度は王家と所縁のある各領家からも王女付きの侍女を公募する運びとなりました。つきましては、故マリア王女とも良き間柄であったという、リュクルゴ卿の子女メアリを王女付きの世話係として推薦したい所存―――。」
手紙は搔い摘んでみると以上のような内容になっており、父リュクルゴは頭を抱えた。
メアリは今年で14歳になろうとしていた。
西の領主家にて高い教育を受けながら成長したメアリは、物腰は嫋やかで美しく、歳の割に大人びた、落ち着いた雰囲気を持ち合わせた少女に成長していた。
父リュクルゴより譲り受けた、闇を見通すような透き通る碧眼―――母親から譲り受けた艶のある金髪が、彼女の美しさにより一層の気品を漂わせ、誰が見ても貴族の子女―――拾われた従者の子とは思えぬ雰囲気を漂わせていた。
彼女の成長の陰にはデニム公の熱の入れようもあった。
デニム公は年頃の娘カーシャを王家に嫁がせた後、産まれた孫娘のマリア王女とも年に数回ほどしか顔を合わすことが出来ず、とても寂しい思いをしていた。
そんな時、家族ぐるみで生活を共にしてきた従者リュクルゴの娘として、メアリは西の領主家に誕生した。
そうしたデニム公の寂しさを埋めたのが幼い頃のメアリであり、日々美しく成長するメアリの姿は、在りし日の孫娘マリアと重なって映っていたのであろう。
* * *
「ダメじゃ!ダメじゃ!そんなのゆるさーん!」
駄々をこねる子供―――否。
駄々をこねる老人だった。
デニム公はリュクルゴに反対を迫った。
なにせ、推薦人はあのスズ王妃である。
これまでリュクルゴは何度となく王家に出向いては、その動向を密かに探り、西の領家へと報告していたのだから、スズ王妃からしてみれば彼は目障りな存在だったに違いない。
栄転にも見えるこの推薦状であるが、要するに人質を差し出せと言っているようなものである。実際にメアリが王妃推薦の侍女として王宮に入ったとして、今や東の領家の勢力下にある王宮内に於いて、彼女にどんな仕打ちが待ち受けているものか・・・。
カルダス王が即位してからというもの、王宮内の要職はあっという間に東の領家出身の貴族に置き換えられた。事実上の実権はスズ王妃が握っており、昔から犬猿の仲である西の領家の縁者に対し、利する登用があるはずがなかったのである。
しかし、子の心親知らず―――。
さすがに慣れ親しんだ領家を離れる事を、メアリも良しとすまい―――と、デニム公とリュクルゴは半ば楽観的に考えていた。
ところが、困った事にメアリは彼らの想像以上に「良く出来すぎた子」に成長してしまっていたのである。
「マリエル様付きの侍女の推薦ですって!?本当ですかお父様!あぁ、こんな嬉しい事は無いわ!だって、私の憧れだったマリア様の姫君―――マリエル王女様のお世話ができるなんて―――なんと光栄な事でしょう!!」
(しまった・・・)
親の心子知らず―――。
物心つく頃に花葬にされたマリア王女を、メアリは鮮烈に記憶していた。
姉と慕った王女マリアは彼女にとっての唯一無二の存在であり続け、その血を分けた子供―――マリエル王女の世話をさせてもらえる事は、彼女にとって最高の栄誉だったのである。
デニム公とリュクルゴはあの手この手でメアリの説得を試みたが、想像以上に固い決意となった彼女の心は揺らぐ事がなかった。どうにかできないかと頭を悩ますも、かといってメアリの心を傷つけるような物言いはできず―――いい歳をしたか弱い二人の男は・・・断固たる態度を示すことも出来ないまま、結局メアリの王宮行きを認めざるを得なくなってしまったのである。
* * *
それからしばらくして・・・。
「しっかり頑張ってこい。」
せめて気丈に振る舞ってみせた父リュクルゴに対し、壮年のデニム公は
「メアリ・・・本当に行ってしまうのかい―――?」
と、最後の最後まで名残惜しそうな様子だった。
王家に嫁がせた事で、娘と―――孫にまで死別された彼にとっては、気が気ではない心境だったのかもしれない・・・。
祖母でもあり、母代わりでも在り続けたカチュア夫人は、メアリの額にキスをして抱きしめ、
「あなたならきっと大丈夫よ。」
と、優しく励ました。
―――さすがにメアリも、この時ばかり胸が締め付けられる思いがした。
「ありがとう、絶対に―――また会いに来るからね―――」
別れの際、メアリは三人が見えなくなるまで、いつまでもその手を振り続けていた・・・。
メアリはこの後・・・盲目の姫君にとって―――その生涯に於いて、欠かす事の出来ない重要な存在になっていくのである。
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