第9話・繋がり
王宮住まいとなったメアリは、盲目の姫君―――マリエル王女の付きの侍女として、忙しい日々を過ごしていた。
目の見えぬ姫君は勘が鋭く、しかも甘やかされて育てられていたため、言葉を覚えて間もなくの後には、既に手の付けられない我儘な童女となっており、多くの侍女がその扱いに苦労していた。
メアリはそんな姫君と、常に同じ目線で接するように努めた。
もちろん初めは苦労も多かったが、彼女にとって、姫君の実母である故マリア王女はメアリの憧れの存在であった。
そのため、メアリは姫君の些細な要望に笑顔で応えつつも、良くない事は良くない事として、キッチリと話して諭した。そして姫君が不貞腐れる度に―――メアリはよく自分とマリア王女の身近な小話をして聞かせた。自分も過去に同じようにマリア王女を困らせた事があった事―――それ以外にも、どんな花が好きだったとか、どんな踊りが得意であったとか、どんな音楽を嗜んでいたとか―――。
それは彼女なりに試行錯誤をしながらの接し方でもあったのだが・・・実のところはただ純粋に、姫君には憧れの存在だったマリア王女を好きになってもらいたかったのである。
元々母親と死別しているメアリは、自身の中の母親像というものがどういうものかよく解らなかった。ただ、その代わりを務めたカチュア夫人や、姉として憧れの存在であり続けたマリア王女は、彼女が母との死別によって喪失した母性愛を育んだ。
メアリ自身は特に意識もしていなかったがのだが、彼女は顔も知らぬ死別した母の事を愛していた。父と結婚して、素敵な人々に囲まれて・・・そして大好きな父も、母の事を愛していた。ただその事実だけで、彼女にとっての母親像は充分完成されていたのかもしれない。
しかし、姫君付きの侍女一同の中で、唯一西の領家出身だったメアリを、初めは侍女仲間達もなかなか受け入れようとはしなかった。
特に東の領家出身の侍女らにとっては、自分達が世話をしているマリエル王女は彼女らと同郷スズ妃の孫姫にあたる存在である。否応が無しに、姫君と接する時の彼女達の深層心理にはスズ妃への畏敬がちらついた。
顔色を窺い、恐る恐る接すればするほど―――姫君は孤独になってゆく。
メアリが王宮に来た頃、姫君は周囲の侍女を家族とは思っていなかった。
大事に守られすぎた姫君は、既に自らが周囲に対して絶対的に優位な存在であると自覚しており、頼めばなんでも言う事を聞いてくれる侍女勢など、対等な目線で心を通わせる相手にはなりえなかったのである。
周囲の侍女勢からすると、メアリの姫君に対する接し方はまるで、薄氷の湖の上を石靴で疾走するような無謀さに見えたに違いない。
しかし、マリエル王女はメアリに懐いた。
彼女にとって、メアリは初めて自分と対等に接した人間であり―――そして人間的な面での教師となった。そして同時に、お互いに母を知らぬ存在であったが故に―――メアリはカチュア夫人や故マリア王女より注がれた愛を与え、そしてマリエルはそれを受け取り―――二人は家族としての縁(えにし)を繋いでいったのである。
マリエルがメアリに懐くにつれ、姫君を取り囲む環境は徐々に風向きを変えていった。
身分の壁を恐れず真摯に向き合うその姿と、徐々に良い方向へと変わりつつあるマリエル王女の姿を目にするうちに、周囲の侍女たちも少しずつ、彼女を認めていったのである。
* * *
やがて月日は流れ、メアリから無償の愛をもらったマリエル王女は、幼少期の我儘さは消え、母マリアや祖母カーシャに似た、人の気持ちを察する事の出来る優しい王女として成長して行った。姫君は盲目であるが故に勘が鋭く、人の心を見透かす能力に長けていたのである。
しかし―――物心がつき始めたこの頃、姫君は父カルダス王との関係に悩むようになっていた。
マリエル王女の父が実は前王だという事実は、王宮内でも最大級の秘密事項とされていた。当時マリア王女の診断をしていた医師など、一部の者だけは未だ王宮内に席を残していたが、勘のいい親前王派の貴族などは、カルダス王の即位後に次々と王宮内から排斥されていたのである。今や真実を知る者は王宮内のごく一握りしかいなかった。
カルダス王にとってマリエル王女は建前上の娘であると同時に、実の妹・・・。
彼もまた、マリエルとの距離感に困惑していた。
マリエルと接する時のカルダス王は、父としての振る舞いは何処かぎこちなく、常に母親スズの顔色を窺っていた。しかもスズ妃はマリエルを嫌っていた。
母スズ妃からしてみれば、湖霊との契約の為に産み落とされたマリエルは、神事の為だけに遺された―――いわば忌子であった。
(夫が腹違いの娘との間に作らせた―――悍ましく、穢らわしい子―――。)
そうした嫌悪感は、常々彼女の心に渦巻き続けた。
そして、母の顔色を窺って育ったカルダスは、マリエルとの距離を上手く詰める事が出来なかったのである。
接し方の解らぬカルダスは、マリエルが望んだものは何でも買い与えた。
しかし、彼女が欲したのは「モノ」ではなく、父として、家族としての心の繋がりであった。
そしてマリエルは祖母であるスズ妃を怖がり、メアリにだけその胸中を吐露していた。
「私、お祖母様が怖い―――お父様とお祖母様はいつも一緒にいるわ。二人とも冷たい目で、私に分からない言葉を交わし合っているの。あぁメアリ、私の傍にいるのは貴女だけよ。きっとお父様はお祖母の事だけを愛していて、二人とも私の事なんか愛してらっしゃらないんだわ―――」
その一方で、鋭い感性を持っていたマリエルは、父リュクルゴのいるメアリに嫉妬した。侍女に囲まれて育った彼女には、父性を注いでくれる相手がいなかったのである。
メアリは困惑した。
どうして良いのかわからない・・・。
イベリアの王族には常識の範疇を超える業の深い繋がりがあって―――その渦中にいるカルダス王とスズ妃の心境など、到底理解できるはずもなかった。
彼女はただ、傷ついた姫君の肩を優しく抱きしめる事しかできなかった。
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