第13.5話・それから
メアリは西の領家に戻り、それ以後王都を訪れることは無かった。
僅かな時間ではあったが、姫君は正確に、メアリの異変に気付いてしまった。真実を知るには至らなかったが、彼女がもう遠い所に行ってしまった事だけは解った。一緒に泣き、笑い、そして時には喧嘩し、困らせたメアリはもう―――そこにはいない。
それから季節は流れ、紅葉する夏山の木々の様に、姫君は変わっていった。
彼女は物事を冷静に受け止め、些細な事では動じなくなっていった。
それはまるで、風に任せて葉を散らす楓木の様に儚げで、従順な姿であった。
しかし、枯れたように見えた木々が再び新芽を伸ばすか如く、その振る舞いには強(したた)かさが滲み出るようになっていた。
理想的な成長のように見えた姫君だったが、見る者からしてみれば、それは歳の割に出来すぎた成長であったように感じたかもしれない。
メアリと最後の別れを交わしてから間もなく、エミリオ王子は南の領家へと戻され、スズ妃の仲人で東の領主家のスーリエ嬢と結婚し、領主となった。
姫君にはこの結婚式にも参列し、祝辞の代わりに笛の演奏を披露した。
笛の音を披露する姫君は、亡きマリア王女によく似ていた。
その美しい姿を見て大喜びした新婦スーリエとは対照的に、領主となったエミリオの顔はみるみる青ざめていった。
自分が愛した妹と瓜二つに育った姫君が披露したのは―――あの日彼がメアリを犯していた最中に耳にしていた曲だったのである。
* * *
エミリオ王子が王宮を去ってからというもの、イベリアの国政はスズ妃とカルダス王の独裁へと変化していった。
あらゆる権力を手中にしたスズ妃が最後に恐れたのが、マリエル王女であった。
スズ妃は姫君を精神的に追い詰める事でこれを手懐け傀儡とし、権力の維持を謀ろうとした。ところが、東塔の幽閉生活から2年が経過しても、姫君は一向に彼らに頭を下げる気配はなかった。
スズ妃は嫌がらせの為に姫君の笛の独演を禁じた事もあった。
しかし、姫君はあっさりとこれを受け入れ、一切の演奏を中止してしまった。
もはや姫君が全く動じることは無かった。
動揺したのは姫君の方ではなかった。
街では、姫の独演会を禁じた王家に対する抗議する声が上がり始め、彼ら母子は世論の激しい反感を買う事となってしまった。慌てたカルダス王はこれを撤回し、週末に限り、その演奏を認める事にしたのである。
姫君はもう13歳になっていて、いよいよ来年には湖霊セルベルの元へ契約に向かう事になっていた。
一向に手懐ける事の出来ない姫君に、スズ妃の危機感は日に日に増していた。
いずれ姫君が湖霊の契約者になれば、その権力図は一転してしまう―――。
スズ妃の懸念は、彼女の予想よりも遥かに早く、現実として降りかかろうとしていた。
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