第17話 コミュ障よ、肩の力を抜いてみろ
わたしの目前に翳されたままだったシカルの手が、ほんの僅かに身動ぎをした。そして当の私は話のスケールが飛び抜け過ぎてて、意味は理解しても実感が追い付かない。
セカイノカイヘン?何ですか、それ?
はて、これが夢ならとっとと醒めてほしいもんだ。英雄願望のないわたしにとってはただただ心臓に悪いだけの夢だからな。もしくは
シカルはどこまでこのことを知っているんだろう?これまでのことを鑑みるに、わたしよりかは色々知ってるみたいだし。シカルの言うことなら信用できるから、後で色々と解説お願いしよう。
十代後半から二十代前半くらいの若々しい姿見に反してシカルはかなりの爺さんで、すごく物知りだ。その上、意外と説明がうまい。基本的には無口無表情なシカルだけど、思いもかけず、口達者なことがここ数日の間で判明している。今回わたしが望んでいる回答も、シカルならきっと与えてくれるに違いない。
そうと決まれば、わたしはここで生きている石像になるだけだ。聞いたって訳分からんし。
……わたし、一応当事者なんだけどなー。
突拍子もない話を持ち出されても、大人しく話を聞く姿勢を崩さないわたしたちの反応に、少年は葉っぱを連想させる、やけに明るい黄緑のひらひらとしたTシャツの胸ポケットから四つ折りに畳まれた紙片を取り出すと、校長先生の朝のお話みたいな感じで、より饒舌に、より得意げになって紙片に書かれたメモを朗読し始めた。
よーしシカル、後は頼んだぞ!
「この世界にはその形、その在り方を保つために、常に大いなる力が働いてるんです。それを俺たちは『龍脈』って呼んでます。『龍脈』は全ての生命の源泉と言ってもいいくらい大事なもので、その力は絶対であり、何者にも手出しはされないし、出せない。だけど『パンドラの一族』だけは、どういう訳かその流れに干渉できる力を持っているんです。とはいうものの、干渉できるといっても、そこまで深くは出来ないんですけどね~。俺の知る限りでは、『龍脈』の流れにほんのちょび~っと影響を与えるくらいのもんです」
そこで少年は、言いきったとばかりに、ふぅと満足げな息を吐いた。
見た目頭悪そうなのに、えらく小難しい話しやがる。これ、絶対何回か練習した。絶対した。
「……………」
どう受け答えしたらいいのか分からないから、わたしはとりあえず固まった。シカルは相変わらずの
「おにーさんなら、どっか心当たりがあるんじゃないですか?」
少年とシカルの間を交互に見比べているいるわたしの様子に、いまいちわたしが話を理解できていないことを察した少年は、シカルに話を振った。少年も、わたしに理解させる努力をするよりもシカル経由で話を通した方が速いと判断したようだった。
そして当のシカルは無言を返していたが、今手にしたままの、源晶石が詰まった麻袋にさりげなく目をやったあたりから、何やら心当たりがあるようだった。
「あ」
思わず、といった調子で声を上げたのはわたしだ。
「思い当たることあるんすか!?」
驚きと喜色の混ぜ合わさった面持ちで少年が少しばかりわたしに詰め寄った。と思ったらすぐさま鮫の牙のように鋭いシカルの爪に、それ以上の接近を阻まれたけど。
「源晶石?」
何となく、頭に思い浮かんだだけだから、正直自信がない。
正解を確認するようにシカルを見上げれば、わたしの疑問を肯定してくれる頷きが返ってきた。
「以前、源晶石がこいつの目の前で独りでに爆ぜ散ったことがある。あと、こいつには源晶石が光って見えるらしい。何か関係はあるか?」
うまく説明できないわたしに代わって、少年に問いかけたシカルに、少年はコクコクと嬉しそうに何度も頷いてみせる。犬ならば全力で尻尾を振っていそうな様子だ。
「源晶石は『龍脈』の一部が結晶化したものっすからね。おそらく、お嬢さんに何らのか負荷がかかって無意識的に能力を発動させたせいだと思いますよ。その後、すごく体がだるくなったりとかしました?」
「そういえば……」
確かに、少年の言うとおり、あの後学校では異様に眠かったり、体力が限界でボールに頭をぶつけただけで転んで、まともに頭を地面に打って気を失ってしまった。
朝っぱらから一騒動あったせいで疲れてたんだと思ったけど、違うのか。
わたしは何気なく、自分の両手のひらを見た。何の変哲もない、白くて小さな手だ。
正直、少年の言っていることは作り話なんじゃないかって今も思っている。だって意味分からんし。でもシカルは大人しく少年の言葉に耳を傾けているし(信じてなけりゃ、多分とっくの昔に少年を問答無用で冥土送りにしてた)、それに少年の話は今まで自分が不可解に思ってきたことをあっさりと解決してくれる、耳にとても心地よいものだった。
「お嬢さんにはこの石が何色に見えます?」
少年は手元に落ちていた源晶石の一つを拾い上げ、わたしによく見えるように目の前でそれをちらつかせてみせた。少年のしなやかで細い指先に挟まれて、金と黄緑の輝きを放つ軌跡を描いている源晶石は、とても綺麗で、思わず手を伸ばしたくなりそうなほど魅かれた。
この場において、わたしの話を嘘だと決めつける輩はいないと思ったから、いつもは周りの様子を窺ってから、適当な言葉を並べ立てるところだが、今は正直に見たまんまの色を答えた。
昔一度、光物が好きなローズに源晶石を見せて自慢したことがある。だが帰ってきた反応は「あんた、こんなもののどこがいいの?ただの石ころじゃない」という冷め切った言葉と人を小馬鹿にする侮蔑の浮かんだ茶色の瞳だけだった。
その時はまだ自分だけが変なものを見ていることを理解していなかったから、必死でローズに理解してもらおうとしたけれど、鬱陶しがったローズがタニーナにこのことをチクリ、なぜかタニーナとメトリオの二人がかりで怒られた。「変なことを言うな」って。嘘じゃないと訴えても、怯えたような苛立つような視線と否定の言葉しか返ってこなかった。それ以来、石のことについて誰かに見せたり話したりするような真似は一切していない。
わたしがそんなことを思い出しているうちも、少年は話を続けた。
「それがお嬢さんの
それから少年は持っていた源晶石を天井に向かって指で弾き、落ちてきたそれをキャッチしてはまた弾くことを繰り返した。そして源晶石を追っていた少年のエメラルドグリーンの瞳は、いつの間にか石からその向こうの天井へと向けられている。
「この町を覆っているドーム。―――――今は発電所がぶっ壊れちゃったせいで消えてますけど、このドームは源晶石の持つエネルギーを応用してます。それはおにーさんたちも勿論知ってますよね?今、この町の発電所は何者かの手によって破壊され、電気を含むほとんどのエネルギーの供給がストップしてしまっているんです。電気はともかく、ドームが消えたまんまってのはひっじょ~にマズいんす。いつ外の化け物たちが襲って来るか、分かったもんじゃないっすからね~」
「なら、さっさと行かないと、マズいんじゃないの?」
わたしがやらなきゃいけないことは発電所に向かいつつ話していけばいい。ダン家から発電所まではかなりの距離がある。急がないと、手遅れになるかもしれない。
そんな逸る気持ちを抑えきれず、焦るを見せるわたしに対し、少年は「まぁまぁ」と両手を小さく上げて落ち着けと素振りで意思表示をした。さっき会ったばっかの時とは違い、えらく余裕がある。
「お嬢さんたちについていきたいのは山々なんすけど、俺をここに差し向けたお方がこの話終わったらさっさと戻って来いって仰ってるんでね。それに、おにーさんならここからでも十分もかからずに発電所まで行けるんじゃないですか?」
「いや、無理だろ」
即座に少年の言葉を否定したのはわたしだ。
いや、だって普通に考えてもあり得ない話だし。車で急いだとしても、三十分は絶対かかるし。シカルが瞬間移動できるとでもいうのなら、話は別だろうけど。
そう断定づけたわたしに反して少年は朗らかに笑いながら小首を傾げて、そしてもの言いたげな視線をシカルに向けた。
「そうですかね?今はWCDの方も発電所と外の化け物たちの方に気を取られてて、邪魔な輩は少ないと思うんですけど?」
「そういう問題じゃ……」
「確かここから目的地まで、森を沿って行くことは可能だったな?」
ちょっとシカルさん?
「可能っすね」
シカルの問いかけに、少年は鷹揚に頷いた。
「その場合の距離は?」
「大体15kmあるかないか、ってとこっすかね」
「リン」
「え″?」
「どうする?」と問たげなシカルの呼びかけに軽く引いた。
いや、だってこのシカルの反応からしてここから発電所まで10分くらいで行けるってことだろ?その細腕ならぬ細足にばねでも入ってんのか?それに、わたしもいるんだぞ?
「あはは~。お嬢さんびっくりしてますね~。でも、さっきも言いましたけど、外界の化け物共に襲われてからだと遅いんで、話は続けますね。おにーさんだけでも聞いといてください」
「……あぁ」
そう言って少年の言葉に同調しているシカルは随分と従順だ。ほんの数分前までとはえらい違いだ。
「発電所についたら、まずさっき言った妖精の眷属がたくさんいると思うんで彼らに従ってください。お嬢さんがいれば、問題なく事は順調に進むはずですよ。おにーさんはお嬢さんの指示に従ってくれれば、大丈夫なはずです。とにかく、出来るだけ早く、お嬢さんを発電所まで送り届けてください」
「その妖精とやらに危険はないのか?その種族は?」
「あ、名前くらいなら、おにーさんも知ってるはずですよ」
妖精かー。
わたしの脳裏に、以前、森で出会った「あいつら」の姿が思い浮かぶ。
「あいつら」に会おうと思ったら、ミトラの森の結構深いところにまで潜らなきゃいけない。一度、熊に襲われて九死に一生を得てからは。流石のわたしも警戒して、「あいつら」のいるようなところにまで入り込むことはなくなったから、最後に会ったのは結構前のことになる。
「その妖精の名は『シルフ』。限りなく龍脈に近しい存在」
パンドラボックス~幼少期編~ 沢岐 @terry1003
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