第6話 第三次『鋸草の血』掃討作戦④

【視点:ザイル・シャノン】




「おいっ、それは一体、どういう……!?」

「す…すまな……—――」


 シュウウゥゥゥゥゥ……


 焦って問いただそうとする俺に、力尽きたディアクリシスは謝罪の言葉を呟きながら、黒い靄となって完全に宙に消えていった。


「…………」


 困惑と焦燥からくる苛立ちと仲間の死を悼む気持ちの両板挟みになり、俺はやるせない気持ちを抱えたまま立ち上がる。

 深く、深く息を吸い込む。そして肺が限界に達したと同時に、すべてを吐き出すかのごとく、あらん限りの声量で叫んだ。


「こぅらぁ!いつまでこそこそ隠れていやがんだぁ、てめぁ!とっとと出てきやがれぇ!」


 腹筋を目いっぱいに使って喉から絞り出した俺の声は周囲の木々を揺らしながら遠くの山まですっ飛んでいき、やがて山彦となって俺の耳まで舞い戻ってくる。


 VVAに対抗する薬?んだよ、そりゃあ?俺が作ったわけじゃねーけど、開発には相当苦労したんだぜ?

 実験体となるバンパイアの確保から費用および技術者の確保に至るまで並々ならぬ歳月と労力をかけた。それを無効にする薬が既に存在しているだと!?この話聞いたらレインが泣くぜ。


「……ん?」

(何だ?あのガキ?)


 ふと視線を感じて上空を見上げれば、小さな影がちらほらと俺真上辺りを旋回している。かなり遠くにいるため、初めはでっけぇ鳥か何かかと思ったが、よくよく目を凝らしてみてみれば、どうやら子供のようだった。


(バンパイア……?ガキにもいるもんなのか?いや、翼もなしに空を飛んでいる辺り、異能者っていう線もあり得るな……。ガキのバンパイアでしかも異能持ち?)

「敵なら、厄介だな……」


 しばらく宙を漂いながら俺を観察しているらしいその小さな影は、俺の視線に気が付いたのか、街とは反対方向の空の彼方へと消えていった。……一応追わせておくか。

 どのみち、あんな小さなガキが一人で外の世界に出たらひとたまりもないだろう。馬鹿じゃなけりゃあドームの外に出るようなまねはしないはずだ。


「シャノン准将!」

「よぉ、ホルムか。生憎だが、やっこさんとはまだかくれんぼの途中だ」


 数名の部下を引き連れ、俺が今さっきまで通ってきた道を通ってホルムが息せき切って駆け寄ってくる。戦場を駆け抜けてきたせいで、全員埃塗れではあったが、大したけがもなさそうだった。この様子なら、もうひと暴れするくらいの余裕はありそうだ。


「そっちはどうだ?」

「戦闘は今だ続行していますが、順調に駆除は進んでいるかと。ギャスト中将もまだ出張るには至っておりません」

「ん。じゃ、奴さんの置いてった土産がまだ森を徘徊しているはずだ。それの駆除を頼む。あと上空にも気を配っておけ。ガキの姿が見えたら即気づかれないように追跡を開始しろ。外に出るようなら多少手荒な真似をしてでも捕まえとけ」

「上空に子供……?」

「あぁ。さっきまで俺を上空から監視してた。何者かは分からんが、バンパイアの可能性もある。ガキだからって手ぇ抜くんじゃねーぞ」

「了解。奴と遭遇した場合はいかがいたしますか?」

「すぐに俺に知らせろ。ホルムはそれが分かり次第、それをおやっさんに報告しろ。以上だ」

「分かりました。ではいつもの隊形で捜索を開始!」


 ホルムのその言葉を合図に、部下たちはすぐさま森のさらに奥へと散らばっていった。一方の俺は周囲の様子を探るため、近くの岩棚の上に登る。


「っ!」


 こりゃあ、血痕か?

 岩棚を登り終えた俺の目先には、薄灰色の岩肌に散らばる赤黒い染みが映り込んできた。果たしてこれは奴のものだろうか?だとすれば、これの後を辿っていけば、必ず奴はそこにいる。


(血痕の様子からして近いな)


 そうと決まれば後は逃げられる前に追い詰めるのみだ。

 ダンッ!と思いっきり地を蹴り、一気にスピードを上げ、全力で駆けだす。その最中、ジャケットの裏ポケットからメリケンサックを取り出し、両手に装着する。

 俺の予想があったっていれば、あの出血量から判断するに、奴はそれなりに怪我を負い、弱っているはずだ。それなら勝算は一気に跳ね上がってくる。


 目前に現れた川を勢いよく飛び越えた。


「……来たか」


 回り込んだ先に立つ人影がポツリと静かに呟く。

 川向に佇むそいつは、全く動じる様子の無い闇色の瞳で真っ直ぐに俺の姿を捉えていた。


「よぉ」


 ようやくお目にかかれたぜ。存分に楽しませてくれよ?




* * * * * *




【視点?????】




「……来たか」

「よお」


 背後から俺の頭上を飛び越え、川向かいに着地すると、男は不敵な笑みを浮かべた。見るからに俺と戦うことが楽しみで仕方がないと言いたげだ。


 ……観念するしかないか。


 襟の内側に装着してあるマイクに向かって何やら話しかけている男の様子を観察しながら、俺は鈍く痛む頭を軽く左右に振った。

 最悪、川に飛び込んでそのまま関所を通り抜けて外に逃げるといった考えももう使えないというわけだ。森に隠れてやり過ごす、というプランも結局は血痕のせいで破棄になった。つまり、結局俺は詰んだというわけだ。


「もう逃げなくていいのか?」

「出来るものならとっくにそうしている」

「へっ、確かに。その傷で外に出たら他の奴らに食われるのがオチだろうよ」

「…………」


 果たして、この身体でどこまでれるか。

 俺は覚悟を決めると、腰に差してある刀をスラリと抜き放った。目の前の男も、指の関節をパキパキと鳴らしながら俺を迎え撃つ構えを取る。


「一つ聞く」


 男が唐突に告げた。


「?」


 さっきとは打って変わって男が至極真面目な顔をしていることに疑問を覚える。が、その内容にすぐさま合点がいった。


「さっき、妙なガキがお天道さんから俺を見下ろしてたんだが、ありゃてめぇのとこのか?」

「……何のことだ?」


 質問で質問で返すことでごまかしはしたが、おそらくはあいつのことだろう。

まさかあいつ、こいつらに手を出したわけじゃないよな?


「……いや、いい。何でもねぇよ」

「そうか」

「んじゃ、おっぱじめるとするか。ホルムが来たらまた横でギャーギャー言われそうだしな。あいつが来るまでにとっとと決着つけようぜ」


 気掛かりがなくなったためか、男は晴れ晴れとした表情で腕をグリングリンと回している。かと思うと、その刹那、男の纏う雰囲気が一瞬で殺伐としたものに変わり、俺の背筋を泡立たせた。


「…………」

「じゃあ……行くぜ」


 次の瞬間、男は地を蹴り、一気に俺との距離を詰めた。


(速いっ!?)


 予想していた以上のスピードに圧倒されつつも、その突き出された右ストレートを交わし、がら空きになった脇腹目掛けて突きを繰り出す。だが男はまるで心得ているかのように易々と体を器用に真横に捻ってそれをかわし、今度は下から俺の顎を目掛けて左拳を突き出してくる。俺は今度も体を仰け反らせてその攻撃をかわし、そのままバック転を繰り返して一旦相手との距離を置いた。


 チッ。やっぱ、いつもよりも反応も動きも鈍い。思った以上に先刻の戦いで打たれたVVAが未だ効いてやがる。いくらあいつが作った抗体と言えど、まだ完璧の域には達していなかったということか。

 まぁ、無いよりかは断然マシか。あれがなかったら俺はとっくの昔にお陀仏していたことだろうしな。


(さて、どう料理してやろうか)


 ここまで来てしまえば、いかに早く、的確に仕留めるかが鍵だ。こいつを殺してその血をいただけば、少しは力も回復することだろう。その後どうするかはその時決めればいい。今はとにかく援軍が来る前にとっととこいつを始末することの方が肝心だ。


「へへっ……強ぇなあんた。やっぱそう来なくっちゃな」


 いかにも愉快だと言わんばかりの笑み。その飄々とした態度とは裏腹に全身をさらうように観察してみるが、全く隙がない。そして刃のごとく鋭い瞳に浮かぶ狂気めいた光。

 どこをとっても非の打ち所がない。完璧な戦士だ。


「……お前もな。お前ほどの実力者を差し向けて来るとは、随分と鋸草アキレアの血も名を上げたものだな」

「そりゃどーも。まっ、二度も失敗てしてりゃそーなるだろ。上も焦ってんのさ」

「だろうな」


 俺は再度刀を構える。


「うらぁっ!」

「うぇあっ!」


 どちらからともなく、再び一瞬の油断も許されない拳と刃の攻防が繰り出された。


「はっ!」


 俺は服の袖口に隠し持っていた自らの牙を加工して作った投剣を男の太股目掛けて投げつける。


「くっ……!」


 俺の剣戟をかわすので精一杯だった男はそれを避ける余裕もなく、投剣は見事に命中し、男の筋肉で引き締まった太い右足に深々と突き刺さる。これで少しは身動きは鈍るはずだ。と思ったのだが、男は痛みに怯む様子はなく、俺の太刀を再度かわすと、再度後退して距離を取った。

 俺はその隙に体勢を整え、刀を一度鞘に戻し、所謂、居合斬りの構えを取り、俺は全身の「気」を限界まで捻出する。


「へぇ…それがてめぇの『気』か?」


 男は一瞬、俺の「気」を見取ってたじろいだような素振りを見せたが、それも束の間、今度はやけに愉快気な、癪に障る笑みを浮かべた。

 はっきり言って、こいつのようなタイプは嫌いだ。相手にしていたら無性にイライラする。性格面でも、戦闘においても。何をやらかしてくるか分かったもんじゃないしな。それに、先ほどの動きを見れば相当な場数を踏んでいると見た。頭で考えるよりも早く体が動いている。その戦闘スタイルはまさに「喧嘩」だ。


「それじゃあ俺も……」


 と男も左手を地面に、右手を太ももに添え、相撲取りのような体勢を取る。


(悪くはないな……)


 万全の状態の俺ならば負けることはないだろうが、弱体化した今では脅威となるであろう、それ。しかも余裕の笑みを浮かべているこその様子なら、まだ限界には達していないのだろう。足をやったとはいえ、まだまだハンデの差はデカい。長引けば長引くほど不利になるのは目に見えている。


 より集中を高めるため、小さく息を吸って、吐く。そしてさりげなく爪先で少しだけ刀身を鞘から引き抜き、刀の滑り具合を確かめた。……よし。十分だ。いつでも行ける。


(これで…決める!)


「おぅらぁ!!」


 唐突に、そんな掛け声とともに男が真正面から俺の懐目掛けて突っ込んでくる。俺は相手の気迫に気圧されることなく、静かにその時を待つ。


 斬撃の射程距離まであと三歩、二歩、一歩……。


(—――いける!!)


 全神経を手元に集中させ、刀を一閃する。


 ―――とった!!―――



 

 トスっ!




(っ!?これは!?)


 大した痛みではなかったが、首に刺さったそての正体に気が付き、湖面に一滴の墨汁が落ちたかの如く差した恐怖心に僅かながら気を取られる。だがそのために、ほんの一瞬、刀に込めた力が弱まった。

 それを相手が逃すはずもない。


「へへっ!」


 男はしてやったりとばかりに鼻で笑うと、左手にはめたメリケンサックで斬撃を受けとめる。それでも片手では受け止めきることは叶わず、腹部に深々と刃が食いこんだ。だが、その程度では怯まない。

 俺が首に突き刺さった注射器に気を取られたほんの僅かな隙を突き、男は右拳で俺の頬を殴り飛ばした。


「うっ!?」


 後方に体が吹き飛び、石がゴロゴロと転がる固い地面に容赦なく叩きつけられる。

 腹部の傷口がさらに開いたような気もしたが、確認をする暇などあるはずもなく、すぐさま起き上がろうとするが、男が次の一手を加えてくる方が先だった。




 ドスッ!!




「っぅぅっ!!?」


 先ほどと同じ形状の注射器が腹部に深々と突き立てられる。血管に異物が入り込んでくる感触の気持ち悪さに本能から身震いをした。

 その刹那、体がドクンッと脈打ち、途端に全身に激しい苦痛が襲い掛かってくる。


「ぐっ……あぁっ……!?」


 苦痛のあまり、我を忘れてのたうち回る。


「気づいてたみたいだが、さっき首に打ったのは囮さ。っつっても、中身はそれと同じVVAだがな。どうだ?効くだろ?」

「くっ……!」


 痛みのあまりに声すらでない。

 全身が引き裂かれるような感覚に、俺は再びその場に倒れ臥し、身悶えた。


「くっ……。いってぇ……。やべ。早く手当てしねぇと、俺もあの世行きになっちまうぜ」


 遠くで男がそう独り言ちる声が聞こえる。


(ちくしょう……。このまま…くたばって……たま…る…か……)


 途切れ途切れになりつつある意識の最中、俺は最後の賭けに出ることを決意した。

 ぶっちゃけ、上手く事が進んでもあの小娘の作った抗体がない今は助かる保証はどこにもない。寧ろその逆の確率の方が圧倒的に上だ。


 それでも、一か八か。やるしかねぇ。


「うがあぁぁぁぁぁ!!」

「なっ!?」


 俺は最後の力を振り絞って男に飛び掛かる。

 死にかけの俺に完全に不意を突かれた男は、驚きの声を上げながらもなんとかガードしようと手を突き出すが、俺はそれをナイフのように鋭い爪でがむしゃらに切り裂き、次いでもう一方の手で男の右目を引っ掻く。視界を半分に奪われ、男の手が怯んでいる隙に俺はその首筋に思いっきり錐のように尖った自身の牙を突き立てた。


「ぐっ……!?っつ…てめぇ……!!」


 悲鳴交じりの焦った声音で男が悪態を突き、俺の腹部目掛けて拳を突き立てようとする。だがそれに気づいた俺は男に噛みついたまま片足を引っ掻け、俺共々その場に揉んどり打って倒れ込んだ。




 バッシャ―――――ン!!




 水しぶきを上げ、俺たち二人は双方ともに流れの激しい川の中に身を投げ出す。


「ゴボッ……ゴボゴボッ……!」


 再度男が腹部目掛けて拳を突き出す。今度は抵抗する間も無くまともに食らうことになった。

 俺の口から男のものとも俺のものとも判断のつかない血と、大量の気泡が吐き出される。


 体が重い。

 さっきまで全身を襲っていた激しい痛みこそほとんど無くなってはいるが、それは俺自身の死が近いせいで、五感がほとんど失われているためなのかもしれない。


 目の前で、男が地上に戻ろうと全身をばたつかせているのが揺らぐ視界の隅に映り込む。


 はは、大分血を頂いたつもりだったが、まだまだ余力が残っているらしい。一方で俺は体が石像にでもなってしまったみたいで、指一本ピクリとも動かない。動かす気力すら残っていなかった。


(この感覚……知っている。何でだ……?)


 薄れ行く意識の中、俺は「あぁ」と呟いた。

 残念ながらその言霊は俺の耳に届くことはなく、気泡となって地上へと浮上していったが。


(これが……「死」というものか……)


 そう言えば俺、もうとっくの昔に死んでたな。その時の記憶はねぇけど。

 そんなバンパイアにとってはごく当たり前の事実をつい忘れていたことに苦笑しながら、全てを諦めた俺は大人しく傍らにまで迫ってきている死神の鎌を受け入れ、静かに眠りにつくべく、目を閉じた。




* * * * *




【視点:ザイル・シャノン】


「ぶうぅはぁあ!!」


 水面から勢い良く顔を突き出し、俺は空気を貪るようにして吸い込んだ。


 空気ってこんな美味いもんだったっけか?


 痛みに悲鳴を上げる体を叱咤して何とか岸にまで辿り着くと、俺は上半身のみを地面に引き上げた後、力尽きてその場に倒れ込んだ。


「くそ……いてぇ……」

(早く、薬打たねぇと……)


 奴に噛まれた傷口がドクドクと脈打ち、内側から火で炙られているかのように、焼け付くような激しい熱を持ち始めている。

 早々に薬を打たなければ、俺もそのうちD班の奴らやディアクリシスと同じ末路を辿ることになるだろう。だが俺が持っていた抗体は全部あいつに使っちまった。くそ、こんなことになるならフェイクになんか使わなけりゃよかった。だがあれがあったおかげで胴体と足がつながっているのもまた事実で。

 なんにしても今の俺が助かるには、いち早く薬を持っている誰かと合流することだが、どうやらこれ以上体が動きそうにない。


(っ……やっべぇーな。これ)


 流石にバンパイアになんのは回避してぇところだが、そんな俺の意思を嘲笑うかのように、刻々と全身の血は失われていき、だんだんと意識が朦朧としてくる。


「くっそぅ……」


 弱弱しく悪態をつきながら、俺はとうとう力尽きてその場に倒れ伏す。


 俺のバンパイアverなんざ想像もしたかねーよ。あー、誰か早く助けに来てくんねぇかなー。




* * * * * *




 カシャンッ!と勢いよくカーテンを開ける音が遠くで聞こえて来た気がした。


「……っ―――――」

「あ、目覚めましたか」

「……おぅ」


 半分しか見えていない俺の視界に映り込む陽光の光の微粒子は先程まで真っ暗闇の世界にいた俺の瞳には少々どころではない苦痛をもたらし、思わず眉を顰める。

 とはいえ、ホルムがいるというこたぁ、どうやら俺はあの世行きを免れたみてぇだな。

 陽光の様子と空気の匂いから判断して、時刻は早朝のようだ。

 消毒液の匂いがむんむんに漂ってきていることから、ここは病院らしい。


 おいホルム、そんな心配そうな面して俺の顔覗き込むな。美形のお前に朝日のバックアップまで付いちまったらあの世の女神がわざわざお出迎えに来たんかと錯覚しちまうぜ。あー、いろんな意味で心臓に悪ぃー。


「今回は流石に回復に時間がかかりましたね。危ないところだったんですよ。あと一歩発見が遅かったらあなたも駆逐対象になっていたところです」


 さらっと恐ぇーこと言うなよ。お前ならマジで「御免」の一言で俺のことを切り捨てかねん。


 などとディアクリシスとのことを棚に上げつつ、俺は自らの悪運がまだ尽きていないことにやれやれと溜め息をついた。

 とは言え、いつもは俺に対して冷血極まりないホルムがこうして感情を素直に表に出している様子から、かなり心配かけちまったらしい。つまり、それほど俺は危ない状況だったということだ。


「……俺は何日眠ってた?」

「二週間で」


 マジかよ。そんなに眠っていたのか。


 予想を遥かに上回る数値に、俺は素直に驚かざる負えなかった。

 そんな重傷だったか?いや、まぁ死にかけたんだし、当たり前か。


「怪我に加えてかなりきっちりと体にバンパイアの牙毒が入り込んでましたからね。最初の三日は、熱でかなりうなされてましたよ」

「そうか」

「ところで、結局、あの後はどうなったんです?一応報告できる範囲では既に行いましたが、そこのところの確認が取れず、上から再三が調査をせかされて、こっちは貴方が寝ている間、事後処理に捜索まで加わっててんてこ舞いだったんですからね」

「いつものことだろ?調査じゃあどこまで分かったんだ?」

「戦闘があったと思われる場所から十数m先で死にかけのあなたを発見しましたが、あのバンパイアの足取りは全く」

「じゃあ、おそらくそのまんま川に流されてったんだろうな。VVAもぶち込んだし、あの怪我じゃあまず助からんだろう」

「そうですか。では『死亡扱い』ということでよろしいでしょうか?」

「あぁ、それでいいだろう」

「分かりました。ではそのように」


 そう言うと、ホルムは病室を出て行こうと、俺に背を向けた。しかし俺はふとあることを思い出し、その華奢な背中に待ったをかける。


「そういや、あのガキはどうなったんだ?」

「ああ、あの少女のことですか?ご命令通り、関門を抜けてドームの外へ出ていこうとしたので、ギャスト中将と共同でほか…保護致しました」


 今捕獲って言いかけてなかったか?……まぁ、いいや。


「それで?」

「一応異能持ちではありますが、ごく普通の人間の子供との確認が取れましたので、戦場に迷い込んだ孤児という事で保護しております」

「『鋸草アキレアの血』について何か言ってたか?」

「いえ、まず話をしようにもこちらを完全に警戒しているようで、未だに何も話そうとはしないんです。ほか…保護する際にもかなりの抵抗っぷりで、異能持ちということもあって無傷でほか…保護するのは大変でした」


 ……もう捕獲って言えばよくね?ホント、そんな綺麗な顔立ちしてんのに狩りとか好きだよな、お前って。


「なるほどね……。ならこっちで自力で調べるしかなさそうだな」

「なぜそこまであの少女に拘るのですか?准将ってロリコン性癖なんてありましたっけ?でしたら今すぐに部屋を変えましょう。危険です。どこか監禁できそうな地下室がないか聞いてきます」

「おい、俺の人相が悪人面なのは認めるが、勝手に人をロリコン犯罪者扱いすんな。どうにもあのガキはクセぇってことだよ。何であの時あの場にいたんだ?どんな能力かは詳しいことは知らんが、あの能力ちからなら戦火を避けて逃げるくらい簡単なはずだ。それにホルム、お前のことだから大してガキから聞き出そうとはしてねぇだろ?ガキだからって手加減してんじゃねーぞ。多少尋問したところで大した問題にゃならねーよ」

「それはそうかもしれませんが……」


 言い澱むホルムにいい加減に苛立ちが募る。


 ガキだからって何だってんだ。甘く見てっと後悔すんぞ。


 幼い頃の自分の周囲の大人たちからの処遇を思い出し、幼い容姿と愛嬌がどれだけ武器になるのか、こいつに懇切丁寧に教授してやろうかとも考えたが、面倒くせぇ。思い出したくもねぇことだらけだしな。


「とにかく、何も言わねぇようなら何かしら手を打て。白なら保護者が見つかるまで施設で保護、黒なら重要参考人として監視しとけ」

「……分かりました」


 苦虫を噛み潰したようにため息交じりにホルムは了承の意を示す。

 確かに、俺とっては仕事のできるドSでしかないが、子供に対するこいつの態度は心優しい美人の姉、まさに天使の顔そのものだ。そんなこいつにとってはガキ相手に尋問まがいの行為は苦行でしかないだろう。

 まぁ、俺としてもそうなることは望んじゃいない。やらないに越したことはないが、ガキの態度と今後の調査の展望次第ではマジでせざる負えなくなってくるだろう。


「そういや、俺、あと何日ここに縛り付けられてるんだ?」

「何日じゃありません。主治医によると、早くて二か月は絶対安静だそうですよ」


 なんつー拷問だよ。一週間も大人しくできたためしなんてねぇのに。


「……アメリカで療養ってのは?」

「怪我の具合が具合ですからね。それもアリかもしれませんが、ディアクリシス大佐もいませんし、ギャスト中将も街の復旧作業及び避難民の保護で捜索まで手が出せません。既に本部に掛け合ってみたのですが、代わりになりそうな人員もすぐに派遣は出来ないため、わたしとギャスト中将を中心に生き残りの捜索を行っているのが現状です。ですから、中将には本部への連絡及び報告等の申告を行っていただきたいかと」

「うへぇ……」


 考えるだけで反吐が出るわ。


「ホ、ホルム大佐っ!!」

「何ですか?ここは病院ですよ。静かにしてください」


 俺が内心で悲しみのしずくを滝のように流していると、酷く慌てた様子で部下の一人が部屋に飛び込んで来た。


「も、申し訳ありません!早急に報告することが……!」

「とりあえず、一端落ち着いてください。一体何があったんですか?」

「っ……申し訳…ございません……!」


 動揺する部下をなだめつつ、落ち着いた態度を崩さないホルムの姿に影響を受けたのか、先程まで怒涛の勢いで話し出そうとしていた兵士は、途端に口を噤んだ。

 その様子じゃあ、少なくともいい報告は聞けそうにねぇな。 


「どうしたんです?」

「……っ……」


 部下の様子に嫌な予感が俺たちの脳裏を過ぎり、ホルムが先を促すが、よほど口にしづらいことなのか、冷や汗をだらだらと滝のように流している兵士は形ばかりの敬礼をしたまま口を開かない。


「おい、黙ってちゃ分かんねぇぞ?」


 辛抱強く相手の返答を待つホルムとは対照に、先にしびれを切らした俺が先を促す。

 俺の苛立った声音に、ようやく兵士は怯えの色をさらに濃くした震える唇を動かして、次のように告げた。


「あの幼女が……逃げだしました!」


 うあちゃー、何やっちゃってんのー!?

 上から怒られんの俺だってこと分かってんのか、バカヤロー!!

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