第7話 変なもの拾っちゃった。どうするよ、これ?
「生物図鑑~新生種編~」
デビルドラゴン
ドラゴンの中でも最強最悪の種とされている。
形態は四足歩行の翼竜型。
種全体ととして既に
ごく最近、NSD内でレッドドラゴンやブルードラゴンなどを主とした
大きさは卵:全長約50㎝。第一形態:約1~3m。第二形態:約3~10m。第三形態:約11~30m。以降は詳細不明。
表面温度は約40度と人間よりも少し高い程度。だが体内温度は100度以上と非常に高温。
全身を覆うエメラルドグリーンの鱗は非常に硬質なため、大砲やその他のごく一般的に使用されている銃器などはほとんど通用しない。
口から吐き出される熱ブレスは炎よりも高温で、一瞬で鉄を溶かすほどである。
飛行速度はドラゴン最速で、持久力も高く、一日で最高1000㎞以上を軽く上回る距離を飛んだという記録もある。――――――――――
* * * * * *
【視点:リン・ダン】
トントン、と指先で肩をつつかれ、ハッとして貪るようにして読み漁っていた手元の本から顔を上げると、背後に立つ顔見知りの図書館員が微笑みを浮かべながら既に閉館の時間が間近であることを告げた。
確かに、窓ガラス越しに外を見てみると、もう日が暮れ始めている。本に夢中になるあまり、時間の経過に気が付かなかった。
「じゃあね」
そう言って屈託のない微笑みを向けてから仕事へと戻っていくその人の背中を無言のまま見送った後、わたしは本を棚に戻しに向かうべく、座っていたソファーから立ち上がった。
(カッケーなー……)
見開きにいっぱいいっぱいに描かれた艶やかなエメラルドグリーンの鱗を身に纏う、写真越しからでも伝わってくるドラゴンの勇壮さに魅入りながら、わたしは密かに溜め息を吐く。
一度でいいから、生のドラゴンをこの目で見てみたい。触れてみたい。
誰にも打ち明けることのない、この激しい願望にまるで身を焦がされているようだ。
(いつか絶対、ここを出て行くんだ……)
もっと広い世界に出て、本物のドラゴンを見るんだ。
飽きるほど何回も繰り返し読んだこの図鑑に載ったドラゴンを見るたびに決意するも、残念ながら、ドラゴンは一般人がそう容易く飼い慣らせるような生易しい生き物ではない。世界中でドラゴンの保有に成功しているのはWCDや六芒星連合など軍事力強化に力を入れているとこの軍隊くらいのものだ。いくら六芒星連合に所属している日本に住んでいるといえど、こんなド田舎でドラゴンを飼育しているわけもなく、まだ小学生の身空であるわたしは、諦めと羨望の入り混じったため息を吐くことで我慢するよりほかなかった。
はぁ、と己の無力さに再度物憂げなため息をつく。
毎晩のように繰り返し見ている夢のおかげで自分がどれほどちっぽけで、どれほど世界は広いのかは嫌というほど理解している。だからこそこんなど田舎に閉じ込められ、「保護」の代償に半強制的にあらゆる自由を奪われることを是とし、あまつさえそれが当たり前のように享受している同年代の者たちのことが理解できなかった。
それがこの世界の在り方だとしても。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
本棚の影から突如目の前に現れた人影に反応できず、衝撃で手に持っていた本がバサリと音を立てて床に落ちる。
「ご、ごめんなさい!」
聞き覚えのある、空気と同化しそうなほど頼りなく、哀れっぽい声音で謝罪をしながら、目の前の人物が慌てて床に落ちた本を拾い、床に視線を張り付けたままわたしに手渡した。
「あ……」
「へ?……えっ!?ダ、ダンさん!?」
予想だにしていなかった遭遇にわたし自身も軽く驚きはしたが、目の前に立つエバンネはそれ以上に目をまん丸くさせ、声を張り上げた。つーか、名乗った覚えないのに、なんでわたしの名前知ってんだ?クラスの誰かから聞いたのか?
「どうしてここに!?」
「別にこの町に住んでんだから、居てもおかしくないだろ?」
「あ、そか……」
「カリナ―、もう帰るよー?」
「あ、はーい!あ、あの、ダンさん……」
母親らしき人物の呼び掛けに答えた後、エバンネは上目遣いにわたしを見上げる。とは言っても、こいつとわたしの身長は変わらないけどな。何をそんなに縮こまってんだか。
「何?」
言いたいことがあるなら早く言えとばかりに、素っ気無い口調で先を促すと、エバンネは一瞬怯えるようにビクッと肩を揺らしたが、やがて意を決したように口を開いた。
「……今日は、その……ありがとう」
「は?」
思わず本心からの疑問の声が漏れ出た。何に対する礼なのか、さっぱり見当がつかない。
「え、あ、その……今日、カリナ、怪我してたでしょう?保健室の場所、教えてもらったから、それで……」
「あぁ」
ゴニョゴニョと口ごもりながら軽くスカートの裾をめくり、湿布を張り付けた箇所を見せるエバンネは弱々しくわたしに向かってはにかむ。
一応は合点がいったので、わたしは理解したと意思表示のために頷いておいた。
「別に。もう平気なのか?」
「う、うん。しばらくは痛いかもしれないけど、思ってたよりも痛くはないし、平気だよ」
「あっそ」
「…………」
「…………」
沈黙がハラハラと舞い降りてくる。次に紡ぐ言葉を無くし、かと言って無暗に行動を起こすことも憚られた。まるで、見えない糸で二人共々拘束されているかのようだった。
「カリナ―?」
「あ……えと…また明日からよろしく!」
「う、うん」
エバンネの母親の声によって呪縛から解放されたかのように、わたしたち二人は互いの目的地に向かって踵を返した。
* * * * * *
【視点カリナ・エバンネ】
ダンさんと別れた後、カリナは待たせているママのところへ急いで駆けて行く。
手をつなぎながら、この三田市唯一の市立図書館から出るとき、やたらママの機嫌が良さそうなのを綻ぶ口元から察し、何かいいことでもあったのかと問うと、先ほどのダンさんの話を持ち出された。
「学校の子?もう友達出来たの?あんたにしては頑張ったじゃな~い」
一言余計だよ。失敬な。全く、ママは身内にだけは毒舌なんだから。
悪意なく茨を吐くママの言い草に不貞腐れ、カリナは道に広がる夕暮れ時の二人分の長い影を睨みつけた。
「べ、別にまだ友達になれたわけじゃないよ。席が隣なの、あの子」
むぅ、と頬を膨らましてママの発言に抗議するようにぶっきらぼうに答える。けれどママはその光景を思い浮かべて何を思ったのか、余計に鼻息を荒くした。
「えらく綺麗な子ね。あんたと席くっつけてるところ見てみたいわ~。良い眼福になりそう」
「馬鹿じゃないの?」
「あら、だってあの子可愛くない?あれは絶対将来美人になるわよ、きっと」
それはカリナも思った。一目見た瞬間に思った。不愛想で目つき悪くて負のオーラをムンムンに出しまくってるとこさえ除けばね!そしてそれを補って余りあるほどの美形なんだから、そりゃ隣にカリナがいるおかげでその可愛さ余計に際立ちますよ!
「うーん、タイプの違う美人が並んで揃ってるとこ、パパ見せてあげたかったわ。そうだ!席も近いんだし、ぜひお友達になりなさいよ!」
「冗談やめて」
「あら、どうして?」
そう言って屈託ない、子供のような笑みで小首を傾げるママに頭を抱えたくなる。
これだからうちのママは……!!
まぁ、カリナと違ってこの無邪気さがあるからこそ、パパがいなくなっても、アメリカから親戚も伝手も何一つない、まさに新天地ともいえる日本に引っ越してきても、笑顔を忘れないでいられたわけだけど。カリナ自身、この笑顔に何度も救われた。
「絶対あの子の方が可愛いもん……。ていうか、そもそも仲良くなれる自信が何一つないし!」
「さっき普通に話してたじゃない?あれ見てママ安心したわー」
どこが!?終始カリナびくびくしてたし、最後の方とかお互い固まってたよね!?どの場面をどう見たらそういう解釈になんの!?
さすがに一言物申してやろうと声を上げようとすると、それを遮るようにしてまたママが口を開いた。
「それに、なんかあの子、パパに似てる気がするのよねー」
「パパに?」
学校で抱いた感想でいうのなら、カリナとしては物静かだけど、どんな時でも穏やかな雰囲気を崩さないパパというよりも、外見最恐のゲンおじさんたちの方が近い気が……。
それをママに言えば「それは見た目だけの話ね」と苦笑した。
「ママが言いたいのはもっと別のことよ。ま、言ってもまだあんたには分からないでしょうから、また明日話しかけてみればいいわよ。なんにせよ、席が隣なんだから、一番話しかけやすいでしょうし」
「どうせあんたのことだから誰に話しかけてもさっきよりも酷いことになるだろうし」と最後に今日一番の大ダメージを食らわせてきたママに、言い返す気力も削がれ、カリナは為す術もなく撃沈した。
* * * * * *
【視点:リン・ダン】
「っ……!!」
まだ陽も昇りきっていない中、ガバッとわたしは勢い良く飛び起きた。
何だか、長い夢を見ていたような気がする。とても怖くて、とても悲しい、そんな夢を。
夢は毎晩見ている。だけど、今日の夢はいつもと少し違う気がした。
薄暗闇の中、わたしは荒い息を吐きながらベッドから静かに降り立つ。
背筋から這い上がってくるような悪寒に襲われ、とてもじゃないが、もう寝ていられそうにもなかった。だからいつもよりもちょっとばかり早いけど、外に出ようと思った。
衣服を着替え、外に出てみると、いいあんばいに空気が澄み渡っていて、夢のせいで先程まで沸々と湧き上がってきていた、腹の底からせり上がってくるような恐怖を全て払拭してくれた。
わたしは既に記憶の奥深くに埋もれている夢の余韻を消し去ろうとでもするかのように、両手を広げ、思いっきり深呼吸を繰り返す。
「よしっ!」
独りでに呟くと、わたしは寝静まった家を背後に駆け出した。
今日はどこに行こうか。太陽の昇ってくる方?それともその逆?
誰にも制限されることのない、自由な時間。
わたしは大して面白味の欠片もない日常の中で唯一と言ってもいい、この至福の一時を大切に噛み締める。
(今日は川沿いを歩こうか)
もしかしたらなんか面白いもんでも流れ着いてるかもな。
人気のない森の中にまで入って行くと、わたしはようやく走るスピードを落としてのんびりと、頭の後ろで手を組みつつ、手入れのされていない獣道を慣れた足取りで進んでいく。
暫くすると、チョロチョロとささやかながらに川のせせらぎが聞こえてくる。
さて、どっちに行こうか。
上流の方に行けば滝壺があるし、魚とかもたくさんいる上にその周囲を取り囲んでいる木々は甘くて美味しい木の実が年中豊富に実っている。だがその代わり、川の流れも早くなっている上に足の踏み場の悪い岩場になっているため、危険だ。何より、人が寄り付かないからどんな生き物が現れるか分からない。流石にそんな命を脅かすような真似まではするつもりもねーしな。何度か上流の方に行ってみたことはあるけど、一度デッカイ熊に追っ掛けられて危うく食い殺されかけたことに懲りてから一度も訪れていない。
いやー、あれは普通に怖かった。慌てて近くの木に登ってやり過ごしたから良かったものの、あれほどの恐怖体験は過去にも味わったことがなかった。おかげで森の恐ろしさってもんがよく分かったからな。
じゃ、下流の方に行くか?いや、それも却下だな。この川沿いに歩いていけば、すぐにダン家の家の近くに出る。まだ帰るにはちょっとばかり早いだろう。
という事で、結局、わたしはその場に踏み止まることに決定した。
ここしばらくは快晴が続いていたためか、普段は流れが早くてあまり近づくことが出来ない川も、今日は穏やかだ。だからギリギリまで近づいてみようと思う。
(……ん?)
何だ、あれ?
「光る石でも落ちてねぇかな~」とウキウキとした心地で辺りを見回し、ラッキーなことに一つだけ川の縁にコロンと転がっているのを見つけてそれを拾っていると、ふと川向こうで何か、得たいの知れない黒い物体が岩と岩との間に引っ掛かっているのが見えた。
「なっ……!?」
その正体を察したとき、わたしは驚愕のあまり、間抜けにもポカンと呆けた顔付きのままその場に凍りついた。
人だ!
その人は遠目から見てもはっきりと分かるほど力なくぐったりとしていて、完全に気を失っているように見えた。だんだんと気温が上がってきているとはいえ、まだ水遊びをするには早い時期だ。放っておくのはかなり不味いだろう。
「何でこんなところに!?」と思う間もなく、気が付けばわたしは大急ぎで川に飛び込み、その人の衣服をひっつかむと、その重さに四苦八苦しながら何とか岸にたどり着く。
ゔ―――、やっぱざぶい。
「へっくしゅっ!!」
一気に冷え切ってしまった体をブルリと震わせ、大きなくしゃみを一つする。
「うぅ……」
わたしの足元で、意識の無いまま仰向けになって倒れているその人が、小さく呻き声を上げながら僅かに身動ぎをした。
体つきからしてこいつは間違いなく男だ。
生きているのかどうかさえ疑ってしまいそうなほどやつれ切った青白い頬。濡れてぐしゃぐしゃになってしまっている、髪の毛と同じ色合いのカラスの羽よりも真っ黒なスーツ。
(こいつ……怪我してる……)
腹部辺りに、上質そうなコートの布に穴が開いていて、そこから生々しい傷口が顔を覗かせている。かなり痛々しく、直視出来なくて思わず目を反らしてしまう。
(どうしよう……)
早く手当てをしてやらないと、間違いなくこの男は死んでしまうだろう。だけど、さっき男をここまで自力で運んでみて分かったけど、先程は水の浮力の力があったからこそここまで運んでこれただけで、陸となればもろに重力の影響を受けて、わたしの力では到底病院まで運べそうにない。
おばさんを呼ぶか?
ああ見えておばさんは医者をしている。しかも町で一番デカい病院の院長をしているから、おばさんがOKを出せば応急処置くらいはしてくれるだろう。私のお願いを聞いてくれるか分からないけど、怪我が治るまでの面倒を見てもらえるかもしれない。
自分でも情けないと思うほどあたふたしながら、最終的におばさんを呼びに行くべきだと判断し、善は急げとばかりに立ち上がろうとする。と、その時、いきなり物凄い力で肩を掴まれ、気が付けば視界が反転して清々しいほど真っ青な空しか見えなくなっていた。
「!!??」
突然のことに、思考が追いつかない。
困惑して目を白黒させていると、血のように真っ赤で、焦点の定まらない虚ろな鮮紅色の瞳とぶつかり合い、首筋に熱い吐息がかかる。
「……を寄越せ……」
そう呟いた男の声はあまりに弱々しく、動揺していたわたしの耳ではすべてを聞き取ることは出来なかった。だが開かれた男の口内にある、血に飢えた残忍な輝きを放つ鋭い犬歯を見て、何をされるかということだけは本能の危機管理能力で悟った。
「……っ!離せっ!!」
反射的に渾身の力で身をよじり、拾ってからずっと手に握り締めたままだった「光る石」を男の胸元に投げつける。
その刹那、視界がいきなり真っ白になったかと思うと、ドオォン!という爆発音と共に爆風が巻き起こり、わたしと男の身体はものの見事に反対方向に吹き飛ばされた。
「ぐっ……!うっ……!」
転がっていたわたしの等身大ほどの岩に体を強かに打ちつけ、一瞬、息が詰まる。
だけど、背中の痛みを無視して何とか立ち上がり、わたしと同様に吹き飛ばされた男の姿を探し、森の茂みの向こうに倒れているのを見つけると、恐る恐る近づいてみた。
(気絶……してんのか?)
男は指先をピクリとも動かす気配もなく、重力に逆らうことなく冷たい地面にぐったりと身を預けている。
(こいつ、バンパイアだったのか……)
今になってようやく気が付いたが、体中のいたるところにその証拠がある。
先程間近で見た鋭い犬歯におばさんがよく好んでんでいる上質な赤ワインよりも真っ赤な瞳、髪の毛の合間からチラチラと見え隠れしているエルフのように尖った耳……。
全て、わたしの知っているバンパイアという生き物の持つ特徴を満たしていた。
(……今のうちに、逃げるか)
弱っていようが、相手はバンパイアだ。助けて何になる?先程のように血を吸われて殺されるのがおちだ。それに、助けたくとも、わたしにできることなんて限られてるし、頼れる相手もいない。
そう自身に言い聞かせつつ、わたしはなぜかチクリと痛む胸の内を押し隠して帰路に着くことにした。
それにしてもやたら体が重い。朝っぱらから色々あったせいか?
バンパイア拾ったと思ったら殺されかけるし、抵抗して石投げつけたかと思うとそれが爆発して吹っ飛ばされるし。まぁ、こんだけあって掠り傷で済んだのは運が良かったかもな。
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