第12話 とある図書館司書の思惑

【視点:三田市のとある図書館司書】




 ジャンル別にきちんと区分された数ある書棚のうちの一つに、昨日返却されたばかりの本を戻していく。図書館独特の渇いた紙の匂い、静かながらにもそれなりに大勢の利用客がいるせいかにぎわいがある心地よい空間。終焉の日ターミネーションズ・デイが発生する以前までは子供の小遣いでも買えるような時代もあったものだが、昨今ではドームからドームへと物や情報の流通にはかなりの負担がかかるため、一般市民では高価なために手を出しづらい本は一種の財力の象徴にもなっている。

 今日もいい天気だ。ガラス窓から差し込んでくる日光が眩しい。

 ここの図書館の設立者はなかなかいい趣味を持っていたようで、この建物全体がそれなりに凝った造りをしている。中でも僕はこの南側の壁がガラス張りでできている上に天井近くはステンドグラスで彩られているといったところに、一種の芸術品としての価値を見出していた。本が日焼けする心配も否めないが、そんなすぐすぐにするものでもないし、そもそも日焼けして困るような重要書物は倉庫に大切に保管されているものだから、気にする必要はない。それよりも日光浴を楽しみながら天候や騒音に邪魔されることなく読書に興じることが出来ることの方が魅力的だ。

 こんな初夏の到来を告げるような晴天の日には是非ともあの子と会話に興じたい気分だ。


(やれやれ、リンらしいといえばそうなんだけど……)


 何も自分からバンパイアに関わるなんてね。ちょっと予想外。


「フフッ……」


 漣のように全身に広がった快見に、思わず人目も憚らず肩を震わせて薄い桜色の唇から控えめな笑声を漏らす。突如独りでに笑い声をあげ始めた僕に、周囲の何人かが怪訝な目でこちらを窺って来る気配があったものの、それに構っていられる余裕はなかった。だってこんな面白いことは過去何十年ぶりだろう?

 特にこれまでは何のアクションもなかったけれども、リンの内に秘めたるものがなせる業を想像するだけで僕の欲望は十分に満たされた。これからあの子がどのような成長を遂げるのか、ずっと傍で見ていたいと心から望んでいるくらいだ。

 貧血で死にかけるなんてどれだけ無鉄砲なんだ、とも思わなくもないけど、そのおかげで僕もおいしい思いをさせてもらっているんだし、今顔を合わせても愉悦に溶けた感情を抑えきれる自信がないから、しばらく顔を見ないで済むのはむしろありがたいんだけどね。


 そういえばあのバンパイア…名前はなんて言うんだっけ?今度従魔に聞いてみよう。あれだけの実力を持っているんだ。僕の情報網にかかっていないわけがない。面白そうな奴らは全員チャック済みだからね。


「面白いことになってきたな~」


 心の底から無邪気に呟く。

 WCDにバンパイア、それとパンドラの一族の生き残りとこの僕。偶然とはいえ、これだけの役者が揃ったんだ。何も起こりませんでしたっていうのはちょっともったいないよね。


(手始めにあの女けしかけてみるか?)


 あの家で唯一リンが無意識下に情を寄せているあの女を弄ったらリンはどんな反応をするだろうか?怒る?悲しむ?それとも悦ぶ?フフフ……あぁ、どの反応を見せてもあの子ならきっと素敵な舞台を披露してくれるに違いない。既に自らの能力を表面化に見せているのだから、ちょっとした弾みで存分にそれを振るってくれることだろう。あのクソガキがこれからを期待している『喧嘩屋』も近くにいることだし、今僕の頭の中で描きつつある筋書き通りに事が運べば、七年前のちょっとした憂さ晴らしにもなるだろう。まぁ、あれはあれで面白い結果になったし、クソガキの心労が逆に増えたくらいだから正直あまり気にしてないんだけどね。でもむかついたのは本当だから別にいいか。


 鼻歌でも歌い出しそうな高揚した気分で書棚に本を戻していると、慣れていることもあってあっという間に仕事が終わってしまった。普段なら今日はリンも来ないだろうし、特に何も面白そうなことが起こりそうにもないと溜め息を吐きたくなるところだけど、今日は違う。これからしばらくはやることが山ほどある。まずはきちんとした台本シナリオを作らなくちゃいけないし、その出来具合によっては下準備に数年単位で時間がかかってしまうかもしれない。でもその間にあのバンパイアがいなくなってしまったらいけないからスケジュールはきちんと調整しなければいけない。今近くに侍らせている僕の従魔では大した役には立たないだろうなぁ……。余計な手を出せば、おそらく勘付かれる。『喧嘩屋』も何か野生の勘が鋭そうだったけれど、それ以上にあのバンパイアには注意しなくちゃいけない。あれは並大抵の実力じゃない。


 ははっ、こんなやりがいのありそうな出来事はほんっとーに久しぶりだ。だからこそ絶対に失敗は許されない。

 さぁ、そうとくれば早速ショーの準備を始めるとしますか。

 待っていてね、リン。ぼくが色褪せることのない夢のような世界ぶたいを君にプレゼントしてあげるから。存分に舞い踊るといいよ。

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