第15話 2次元ではクールで強い、ちょい悪イケメンが一部の女子にモテる
【視点:リン・ダン】
わたしが用意した、
控えめに言って、すっげーカッコいい。それに着こなしもうまい。
あの馬鹿力はどこから発揮されているのか到底理解できないほどスレンダーかつモデル顔負けの、大人の女の人たちがキャーキャー言って何やら興奮してそうなくらいナイスなバディをしているせいで、ズボンは丈が短すぎて履くのを断念せざる負えず、前のままだ。しかも今着ているシャツやジャケットも少しばかりサイズが余るという体たらくだ。だけど、そんな有り様であるにも関わらず、シカルは見事なまでに着こなしている。
全体的にクールな印象を受けるシカルには黒がよく似合っている気がする。服のことなんか意識したこともないから何となく、感覚的なことでしか言えないけど。今着ているのも今まで着ていたものもそうだ。
横幅が余っているのを利用してけだるげな感じを演出しているが、それを逆手にとって優雅で大人っぽい印象も受ける。ボタンを全部閉めると、息苦しさを感じてしまうらしく、敢えて上二つをはずし、胸襟をちらつかせている様は色っぽくもあった。
そういや、着替える前まで来ていたトレンチコートやズボンなんかも全身真っ黒だったな。あれもよく似合ってた。
あれもあれでいいと思ってたんだけど、残念ながらボロボロで、腹部に大きな穴も開いていたから、ずっとタンスの中にしまってあったかび臭いおじさんの服に着替えたのを機会に、シカルの用事が終わった後で捨てることに決まった。今は誰にも見つからないよう、わたしのベッドの下に隠してある。
……おじさんに服をかっぱらったことがばれたらどーしよ……。
なんて考えが一瞬脳裏を過ぎったけど、まぁ、この先おじさんがこのジャケットを身に着けることはないだろうし、服当人としてもあんな奴よりもシカルにうまく着こなしてもらう方が万倍喜ばしいだろう。
わたしが率直に「似合っている」と伝えると、シカルはどうでもよさげに「あっそ」と答えるだけだった。
耳がちょっと赤くなっていることに関しては伏せといてやろう。言ったら言ったでそれはそれで面白そうだけど。
と、そこへシカルが急に首をグリンとわたしの部屋の扉の方へ向け、険しい顔つきでその方向に向かって怒鳴った。
「誰だ!?出てこい!」
シカルは同じ方向をじっと睨みつけながら、何かからわたしを庇うように私の前に出る。シカルが何を感じ取ったのか、状況が今一つ理解できていないわたしは、みっともなくおろおろしながらドアとシカルの後姿を代わる代わる見やるしかなかった。
こんなシカルは初めてだ。
確かに、わたしとシカルはまだ出会って一週間と六日。ほぼほぼ二週間しか経っていない。そう考えればわたしの知らないシカルがいても当然なんだけど、何というか、今のシカルは少し怖かった。
今のシカルはわたしの知っているシカルとは全くの別人で、姿を見せていない相手に向かって今にも飛び掛からんばかりに敵意を全身から滾らせている。見たことも感じたこともない殺気とも闘気ともかつかない気配に、わたしは思わず戦慄を覚えた。
シンと、辺りが静まり返る。
何らかの反応が、いるかどうかも分からない相手から帰ってくる気配はまるでない。わたしからは異変があるようには全く見受けられず、シカルの勘違いなんじゃないかって考えるけれど、未だに警戒Maxの状態の彼にそう呼びかけるのも憚られた。
もしかして、家の誰かが訳あって帰ってきたとかなんじゃないだろうな?だとしたら、シカルのことがばれて、相当マズいことに……。
「シカッ……!」
そこまで思い至った私が焦って「隠れろ」とか、そんな感じの言葉を投げかけようとした時、突然、シカルがわたしの机の上に置いてあった源晶石がつまった袋を乱暴に掴み、中身を無造作にいくつかつかみ取ると、目にも止まらぬ速さで源晶石の小粒を一つ、指先で弾いた。
カッと音がしたけれど、シカルの指から飛び出した源晶石がどこに行ったのか、全く分からない。いや、どこに向かって飛ばしたのかはシカルの動きとか云々で把握できるけど、シカルの指から弾き出された後のスピードが速すぎて、どこまで飛んでいったのか全く見て確認することが出来なかったのだ。学校の奴らがお遊びでおはじきを弾いているのとは全く次元が違った。
いや待て、シカルの指が向いている方に視線を辿って行ったら、なんかドアに小石台の大きさの穴が開いてんじゃん。
……さっきまであんなのなかったよな?しかもちょい煙り上げてるし……。
カッ、ともう一度音がした。ドアにもう一つ、同じくらいの大きさの穴が増えた。
オーケー。なんとなーく、シカルが何をしてくれやがったせいでドアが虫食いみたいに可哀想なことになっていってんのかは分かった。
やれやれ、わたしはシカルに何を期待してこんな夢を見てんだ?
信じられない思いで両頬をムニムニと抓りながらシカルにまた目を向ければ、またもう一度、シカルが小石を指で弾いた。
「あいてっ!」
「!!?」
本当に誰かいた!?
驚いて瞠目しつつ、まだ精悍な顔を険しくさせ、無言のままその場にとどまっているシカルと悲鳴が上がった方向を交互に見比べる。
え?何?今の声?泥棒?タニーナに……いや、この場合はシカルか。に殺されんぞ。
「…………」
ユラリ、と頭の後ろで小さな束になって括られたシカルの艶やかな黒髪が揺れた。とわたしの脳がそう認識したその刹那、シカルの姿がわたしの視界から消えた。
「ひいぃぃぃぃ!?」
甲高い悲鳴と、ピシッとかバキッとかドゴンッとか、色んな音が一斉にわたしの耳の鼓膜を打ち据えた。
目をパチクリとさせながら、わたしはいつの間にか廊下に立ち、右腕を無造作に薙いでわたしの部屋のドアっぽい木の板を振り落とした。その陰から、まさに袋のネズミといった言葉がお似合いの状態で、見たこともない変わった出で立ちの少年がいた。
生まれたての小鹿並みに震える少年の顔の横の壁には大きな穴が開いていて、外がよく見えた。あー、さっきまで晴れてたのに曇ってきてるぅー。
(今……素手でやった……?)
理解の範疇からぶっ飛びすぎていて俄かに信じられないことだが、シカルはものの一瞬でドアとの距離を詰めると、左腕でドアを吹き飛ばした挙句、そのまま廊下の壁をも破壊したのだ。シカルの左腕の餌食になったドアは木っ端微塵になって辺りに散乱し、その中にはコンクリートの欠片も入り混じっている。
おーい、家壊すなー。
「何してくれてんだ、コノヤロー」とでも一言物申してやろうかと思ったが、さっきから表情筋がヒクヒクと痙攣していて、上手く声が出せなかった。
「わ~!ちょっ、ストップ、ストップ!!もう隠れたりしないって!マジで!」
少年と青年の中間くらいの、子供っぽい大人の人って感じの慌てたような怯えたような声が聞こえてきた。
「なら、なぜコソコソするような真似をした?」
シカルは怯える相手に向かって質問をしながらにじり寄る。その際、脅しのつもりなのか、足元に転がっていたドアの残骸を踏みつけて、大きな音を立てて粉砕し、その勢い余ってフローリングの床にまでヒビを入れやがった。
…………うん。もう知らん。好きにしてくれ。わたしは何も知りません。
「い、いや~……。だって……ねぇ?おにーさん、バンパイアの上にくそ強いし、あんな風に殺気向けられたら怖いじゃん?君もそう思うよね?」
そう言ってわたしに同意を求めるように、少年は体を傾けてわたしの方へと視線を送った。「うん」と一言頷いてやりたいのは山々だし、少年に激しく同意するものの、だからこそシカルの放つ威圧感に気圧されて、返事を返しづらかった。
シカルさん、気を静めてください。怖いです。確かにこいつの怪しさ半端ないですけど、あんたのおかげで今はそれどころじゃないです。
訂正。さっきまでは滅茶苦茶カッコいいボディーガードなんて言ってたけど、今のシカルはどっから見ても滅茶苦茶怖い殺し屋です。
「そっ、そそそそそう殺気立たんでくださいって!!ちびりそうになるじゃないですかぁ~」
少年は目の前に立つシカルに向かって両手を上げて敵意がないことを示しているが、当のシカルは完全に臨戦態勢に入り、警戒色に染め上げたままのダークレッドの鋭い瞳で睥睨するばかりだ。男が腰に刀、背にロングボウやその他諸々の武具を身に着けていることも、シカルの警戒心をより一層煽っているのだろう。
「この家に……いや、用があるのは俺か?」
聞いたこともない、背筋が泡立つほどの低く、絶対零度の冷たさを誇る声。まるでシカルとは違う誰かが喋っているかのようだ。
わたしに向けられた言葉でないにも拘らず、胃の辺りから冷たい血が全身に広がっていく。何の関係がないのに学校の先生が生徒をえらい剣幕で叱り飛ばしている時のよく分からないドキドキと似ている。うへぇ。
おそらく、シカルはこいつのことを神郷町でのバンパイア騒動を聞きつけておこぼれを狙いに来た
「一体何の用だ?お前は何者だ?」
指の関節を子気味良く鳴らしながらシカルは少年を尋問する。返答次第、いやちょっとでも疑わしい動きを見せれば即座に自慢の鋭い爪で少年の喉笛をかき切らんばかりの勢いだ。
「アハハ……。そ、それがですね~、残念ながら俺の用があるのはおにーさんじゃなくて後ろの女の子の方なんですよ~」
…………ホワッツ?何でわたし?
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