第16話 聞かぬは一生の恥とはいうものの、質問するとキレる人がいるから気を付けて

【視点:リン・ダン】




「え?」


 意味が分からず、思わず、といった調子で間の抜けた声が出る。はて、何か思い当たるあったかしらん?


「あっ、俺は別にWCDの手の者とか、おにーさんを捕まえようとする賞金稼ぎハンターだとか、ましてや警察に密告しようとかは考えてないんで、その辺はご心配なく~。名前とかは……今は勘弁してもらえると嬉しいっす……えへへ……」


 と言って、誤魔化し笑いを浮かべている少年を首を傾げてシカルの背後からつぶさに観察し、記憶のどっかに引っ込んでいないか、その容姿、声の特徴から脳に検索をかけてみる。

 年は十代半ばから後半といったところだろうか。くすんだブロンドのくせっ毛が先ほどの事態のせいで埃を被り、やや乱れている。今は恐怖で引き攣ったものになっているが、人懐っこい笑みを浮かべている。全体的に好青年といった雰囲気を纏った出で立ちだ。だがシカルという圧倒的な強者の蛇に睨まれ、身動きが取れなくなった蛙と化した今では、明るい黄緑の瞳には怯えが走り、半円型に象っている唇は真っ蒼になっている。


 ふむ、多分、初対面だな。タブン。……Maybe。

 仕方ないじゃん。元々、人の名前と顔覚えの悪さには定評あるんだよ。自信だってモチのロンである。


「こいつに?」


 そこでようやく、少年への警戒から疑問が脳内ですり替わったのか、シカルの背中から殺気の色が僅かに薄れた。それを察した少年はこの機を逃すまいとばかりに媚び諂った笑みを顔に張り付け、矢継ぎ早に言葉を並べ立て始める。


「いや~、それがそ~なんすよ!もうお気づきだとは思いますが、今ちょ~っと町が厄介なことになっておりましてね?それを早期解決するために、そこのお嬢さんのお力をお借りしたいな~ってことでお家にお邪魔した次第でして……はい」

「……知り合いか?」


 シカルはこちらを振り返って聞いてくるも、恐らく会ったこともない相手なので首を横に振る。


「アハハ~……おにーさん、怖いよ~……」


 こちらからは背中しか見えないけれど、少年の顔色の変化から、今少年の方に向き直ったシカルがどんな表情をしているのか、安易に想像できた。


 これで知り合いだったらマジでごめん。

 もう脅しはその辺にしてやったら?なんか見ててかわいそうになってきたんですけど?


「用件はそれだけか?」

「無視ですか。……まぁいいや。取りあえず話だけでも聞いてもらません?その様子なら、おにーさんならこの町が一体どういう状況に陥っているのか、ある程度想定できてそうですし」

「…………」


 少年の話に、シカルの態度はだんだんと軟化していった。どうやら少年の言っていることは的を射ていたようだ。


 あのー、こいつわたしに用があるって言ってなかったっけ?何で私だけ会話に置いてけぼりになってんの?


「結論から言いますと、お嬢さんのお力を使って発電所で眠っているある妖精を起こしてドームを再起動させてほしいんですよ~」


 ??????

 ドユコト?さっきから何を言っているんだろうか、この不法侵入者は?


 訳が分からず、シカルの背中越しに少年の話を聞いているわたしはクエスチョンマークを頭の上に大量生産するばかりだ。


「どういうことだ?」


 わたしの思いを代弁するようにシカルが詰問を繰り返す。


 能力?発電所?妖精?こいつは果たして一体何を宣ってんだ?


 頭の中では脳みそがパニックを起こしてぐちゃぐちゃになった状態で湯立ち、ショートを起こす寸前だ。

 とりあえずこの少年はシカルというよりわたしに用があるみたいなので、もっと近くで話を聞こうと隣に立った。が、シカルの右手が、源晶石を握りしめたままの手がそれ以上の接近を拒むようにわたしの前に翳された。


 何をそんなに警戒しているんだろう?

 いや、人の家に勝手に上がり込んでいた時点で警戒はすべきなんだけどさ。どう見てもシカルの方が圧倒的に優位じゃん?別にこっちに害意を持ってる感じでもないじゃん?言っとくけど、シカルだってこの前勝手にわたしの部屋に上がり込んでたからな?


 少年もまた、そんなシカルの挙動を見て取り、全く信用を得られていない現状に苦笑を浮かべて肩を竦めて見せた。


「え~、話すと長くなるんですけど、やっぱ一から話した方がいいのかな、これ?おにーさん、今の状況とそこのお嬢さんについてどの程度知ってます?」


 先ほど、後できちんと話はするとは言っていたものの、結局まだ何の説明も受けていないため、わたしはなぜシカルが電気が急に消えたことにあれほど過敏な反応を示していたのか理解できていない。

 だからわたしはシカルの服の裾を引っ張って、シカルの気を引き、少年に説明を求めるように目で促した。


「一から話せ」


 束の間の逡巡の後に、シカルは端的に命令苦笑で少年に告げた。


「んじゃ、長くなりますけど、順を追って説明していきますね~」


 それから少年は、シカルの言葉から陽光を得た向日葵のような笑みを浮かべ、水を得た魚のようにペラペラと話し始めた。

 さっきまでは壁の隅に追いやられ、厳戒ギリギリのところまで体を折り畳み、コンパクトにさせていた状態だったのに対し、今では全身の力を抜いてその場に胡坐をかいている。


「いくつかお嬢さんに質問なんだけど、お嬢さんってこの家の生まれじゃないでしょ?」

「うん」


 まぁこれくらいは結構みんな知っていることだ。隠しているわけでもないし。


 わたし自身、小さい頃から耳に蛸ができるほど聞かされてきた話のため、わたしは素直にこくりと頷く。


「おとーさん、おかーさんは顔も名前も知らないと」


 もう一度首肯してみせる。


 これも知ってる。


「しょっちゅうお嬢さんの周りでなんか変なこと起こったりしません?えと、例えば何ですけど、こんな風にいきなり停電が起きたり、他人には見えないものが見えたりしたことってありません?」

「うん」


 またもう一度。確かに、最近ではめっきりなくなったけれども、今よりもっとガキの頃はしょっちゅう何かしら問題を起こしてはおばさんたちを困らせていた。おばさんが精密検査したり、実際にわたしがやったという証拠がなかったりで結局のところ、真実は霧の中だけど。それでも昔からわたしの周りで妙な噂が絶えなかったのは、そのせいだ。


 これも……ん?でも何で今その話すんの?……嫌な予感がしてきた。


「時々、目が赤くなるとか言う話、聞いたことありません?」

「う……ん……。あるには、あった、けど……」


 再度肯定の頷きを返すも、どうしても歯切れの悪い返事をしてしまう。


 え、ちょい待て。なんかドキドキしてきたんだけど。


「その話、本当だって言ったらどう思います?」

「うん……え……っ!?」


 さっきと同じ単調さで出された一手に、思わずわたしもさっきと同じように頷きかけてしまう。だけど脳にそのあられだと思って食べたら石でした的な驚愕と困惑と拒絶間に、ついぞ身を固めてしまう。

 わたしのそんな反応に気を良くしたのか、少年はニンマリと擬音語が付いてきそうなほどの無邪気な笑みを浮かべた。


「実は本当なんすよね~、それ」

「!!?えっ……でも、おばさんが……ッ!?」


 絶対そんなことはあり得ないって!!


「あ~……あいつね。ほんっと、余計なこと吹き込んでくれてるよな~。あいつのおかげでこ~んな回りくどいことする羽目になるんだから、マジで止めてほしいよ」


 どうやら少年はおばさんのことを知っているらしい。不穏な気配の漂う関係のようで、少年は媚び諂うような笑みから憮然とした面持ちに様変わりした。

 それでもすぐに取り繕うように少年はヘラリとあどけなく笑った。嘘臭いと思いたい笑みだったけど、そう思えない自分がいることも否定できなかった。

 それだけ私は驚いていた。少なくとも、半開きになったままの口を閉じる気にはなれない程度には、少年の言葉はわたしにとって衝撃的なものだった。

 今まで信じてきたことを180度否定され、どういうことか分からず、混乱する。何気ないものだと思って耳に入れてしまったその言葉は、そのままの意味で理解するにはあまりにも受け入れがたく、でもそういうことなのだとしか考えられなかった。

 少年の告白をどう受け止めればいいのか、迷ったわたしは縋るようにシカルにまた問いかけの視線を浴びせるも、その視線を真っ向から受け止めたシカルの暗赤色の瞳には、どこか思い当たることでもあるのか、驚くどころか納得した気色が浮かび上がっていた。


 えっ、本当なの?マジでっ!?


「まっ、今の今までお嬢さんはお嬢さんの育て親によって『普通』として、そうなるように育てられてきたんです。信じられないのも無理はないっすよ~。まぁ、今は信じる信じないは置いといて、説明を続けさせてもらいますね?」


 色々訳が分からなくなってきたところだけど、タニーナのいない今では真実を確かめる術も思い当たらない。思考は混乱の渦中に放り出されたまんまだが、わたしはとりあえずまだ残っている謎を解明するべく、戸惑いがちに首を縦に振った。


「あ、先に言っときますけど、お嬢さんは一応、人間すよ?カテゴリー的にはね。目は血筋のせい」

「血筋?」


 またよく分からんこと言いだしてきたぞ、こいつは。モウ、ワタシ、オナカイッパイデス。


「そう。世間でお嬢さんの血筋は『パンドラの一族』って呼ばれてるんすよ。おにーさんなら、聞いたことくらいはあるんじゃないっすか?」


 少年がそう問うと、シカルは熟考するような面持ちでありながらも、頷いて見せる。


「何?『パンドラの一族』って?」


 ここまで来てしまったら分からないことは素直に聞くに限る。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だ。


「まぁ、おおざっぱに言うと、特殊能力を持った一族のことっすよ。彼らの持つ特徴の一つとして、能力を発現させた際に、瞳の色が真っ赤に変化するんです。まっ、その特殊能力のせいで、WCD総帥に目の敵にされた挙句、9年前に滅ぼされましたけどね」

「その特殊能力とやらとドーム。一体何の関係があるんだ?」


 『パンドラの一族』という単語は知っていても、詳細まではシカルも知らないらしく、興味深げに少年を問い質した。相変わらず、目は冷たい鋭さを保ってはいるが、少年の話には信憑性を見出したようだ。


「まぁ、異能に近いとも言われてるんですけど、根本は全く違うものなんすよね~。でも今はそこ、別に気にしなくてもいいっすよ」


 少年はそこで勿体ぶるように一呼吸置いた。そのせいで次の言葉に対するわたしたちの期待値と疑問値がみるみる押し上げられていく。


「『パンドラの一族』の持つ能力。それは、世界の改変」

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