第12話 あちら異世界冒険終了、こちら

「おお……! おおおおおおお……! いい……!! そうです完璧にそれは、ロールプレイです、つるぎさん……!! いや、龍洞りゅうどうくんも、いい……!!」

「部長、よだれよだれ。マジでよだれが」

「そういう頓田とんだくんだって、脳内はよだれでびっしょびしょでしょう! 君も本当は同志のくせに!」

「そりゃあ……僕だってびしょびしょだよ! 録音……機材っ……! なんでこんな時にないんだっ……! 部費で、部費で買いたいブヒィ……!」

「あーもう、何このターセンが入り込めない感じー! あたし完全敗北じゃないか! くっそー……こんなんじゃあたし、せいかちゃんに勝てるところ一個もないじゃん」

「嫌味に聞こえますよ、九頭竜坂くずりゅうざか先輩。あらゆる点で全勝ちじゃないですか。せめて身長だけでも分けて欲しいぐらいです」

「はあ? こんなの分けられるならいくらでも分けるわ!! ちっちゃいほうが可愛くていいじゃないか!! そうだせいかちゃん、名案だよ。あたしの身長とせいかちゃんの胸を20センチずつトレードしよ」

「っしゃああああオラァアアアアア!!!」


 ごっそり、まとめて、いっぺんに。様々なドラマとか起きて、飛びかいまくるリアクション。

 俺もドッキドキなんだけど、つとめて平静を装って、なんかこう、間で笑ってた。

 そしてそれらを全部ふっ飛ばしたのは、嵐のような突入の声。

 壊れそうな勢いで教室のドアを開いて、汗だくスパッツギャルがダッシュで飛び込んできた。

 勢いで床を転がって教室の端のマットに激突、安置されてたロードスが「ふにゃっ?」と宙を舞う。


「試合終わったぜ!! セッションはどうなった、おめーら!!」

「かっ、神来かみく? もう終わったのかよ?」

「おう、龍洞! だって駆けつけたらとっくに試合やってんだもんよー、ダハハハ! 途中参加してブチ勝って来たぜオラァ! てか結構時間たっただろ、アレから?」


 窓の外を指さされてわかる。すっかり日が暮れてる。

 明るい教室の中と違って、外はもう、真っ暗だ。


「……皆さんも、あまり長く学校内にとどまらないようにしてください。そろそろ終わると思いますので、強引な撤収は強要いたしませんが」


 自分の筆記用具をカバンに仕舞いこみ、せいかが立ち上がる。


「えっ……? せいか、まさかここで、帰るのか?」

「わたしは神来さんの代理で残っていただけだし。ロードスも今ので起きたし。生徒会室に寄って帰るね」

「いやいやいやいやいや。せいかちゃん主役だよ今! 帰っちゃやだー!」

「主役などではありません。離してください九頭竜坂先輩」

「確実に今、主役だったって! キャラも全員頷いてる!」


 呼子先輩がキャラクターシートを、ザアッと広げてせいかに見せつける。

 一方異世界、ダンジョンの中で、告白後&戦闘中の皆さん。

 ゲイル、ターセン、ハンドレ、スタンド4、トテッキに『妖しの羊飼い』に村人のスティーブまで、全員並んで頷いて、せいかを招いている。

 状況がわかっていないのは、今到着したばかりの神来だけだ。


「何? せいかが何か、やりやがったのか? 主役的な一発、ブチかましたのか?」

「ブチかましたんだよー。くるるんがあと一分早く来れば、一緒に見れたんだけどね。あーでも、くるるんが来てたら今のシーンはそもそも無かったのかな……? 僕、再現しようか?」

「やめて!? トントロ先輩再放送やめてください!」

「じゃあ龍洞くん。本人同士がもう一回やってみるっていうのはどうかな?」

「それもなんかダメでしょ!? 何言ってんのこの人?」

「第一、わたしはもう帰ると言っているじゃないですか。では皆さん、さようなら」

「お待ち下さい、剣さん」


 盛り上がるセッション会場こと、夜の静けさに足を突っ込もうかというこの教室内で、部長から一声。

 帽子を脱いで、ルールブックをぱたんと閉じて、GMは言った。


「……今日はお開きにしましょう。続きはまた、後日にします」


 この言葉で一瞬、場はしんと収まる。

 しかし即座にまたガヤガヤと、プレイヤーの声が右へ左へ、大騒ぎだ。


「えー、ここでオシマイー? もうすぐシナリオ終わりそうじゃない、部長!」

「主役不在でこのまま終えるのと、主役を招いて後日続きを遊ぶのとでは、九頭竜坂くんはどちらがお好みですか?」

「断然、後者だね!」

「でしょう?」

「ですから、先輩たち。仕切り直されても困ります! わたしは神来さんの代理でスタンド4を借りて、参加していただけですし。自分のキャラもいないのに、どうやって続けて参加をするんですか」

「それならせいかちゃん、トテッキをNPCからPCに繰り上げるのはどう? すりつぶす役割は、これからあなたにお任せいたしますわ!」

「頓田くん、いいアイデアですねえ。すりつぶしませんけどね」


 ゲーム中もそうじゃないときも、何かとやかましいTRPG部(仮)の部員のみんな。

 その手は既に、各自のサイコロやキャラクターシートに伸びて、ゲームの後片付けを開始していた。

 本当にこの人達、ここでやめて、後日に仕切り直しをするつもりだ。

 ここでセッションが終わるのか、もったいない!

 この続きをまた今度、遊べるの? それは、とても楽しみだ……!


「……外ももう暗いので、ここで終わりにして全員下校すること自体には、賛成します。では皆さん、わたしはロードスを生徒会室に返さなければいけないので。失礼いたします」

「にゃー」


 猫を抱えてぺこりと頭を下げて、せいかは教室を去っていく。

 すると一転、先輩たちの興味と賞賛は、俺の方へと矛先を変えた。


「いやあしかし、龍洞くんも実に素晴らしかったですよ!」

「ホントもー! あたしの目に狂いはなかったでしょ、部長! こっから先もよろしくね、龍洞! クライマックス戦闘に勝ったら、お姉さんが撫でくりまわしてやるから」

「なになに、こいつも一発ブチかましたの?」

「かましたんだよー。くるるんがいない間に、せいかちゃんと龍洞くんが二人ともすごくってね。僕、再現するね」

「再放送するなって言ってんでしょうが!?」


 俺からの厳し目のツッコミに喜びの笑みを浮かべながら、このイケメン、実にイケメンらしいことを言う。


「外、暗いんだし。せいかちゃん送って行ってあげなよ。片付けは僕らでしておくからさ」

「うぐぅっ……!? なんすかその、“女の子の扱い慣れてますよ”的なイケメン圧は……?」

「なー。あたしこいつの、こういうところ苦手だわー」

「えっ、そうなの呼子さん!? 僕のこういうのダメ??」


 今まで受けた肉体攻撃のどれよりも大ダメージの何かを食らって、トントロ先輩が崩れ落ちた。

 大変そうですけど、せっかくなのでお言葉に甘えます。俺はせいかの後を追いかけて、帰り道を送ってやることにした。

 というか追いついてさえしまえば、帰宅ルートはほとんど一緒だ。

 猫を手放して学校を出て一人になって、夜道でポニテを揺らす制服の背中に、「おーい」と声をかける。


「暗い道だしさ、ほら。一緒に帰ろう、せいか」

「……あっちゃんが、そんなことを言うかなあ……? 頓田先輩の気配を感じる……」

「すっ、するどい。よくわかったな?」

「頓田先輩のことは、あまりよく知らないけど。あっちゃんとは、付き合い長いからね」

「そ、そうだな。ははは。はははは……。あのさあ、せいか。楽しかったな、TRPG!」

「同意を求めないでよ。あっちゃんは相当楽しかったみたいだね」


 帰りの通学路、行き交う人とか、車とか。野良猫と会って、せいかが撫でたりとか。

 そんな中で、俺はずっと、さっきまでの楽しかったセッションの話をしている。

 二人で遊んだ、あの異世界のダンジョンでの思い出を、学校の帰りに話せるのがうれしくって。

 ゲームの間も楽しかったけど、思い返してるこの瞬間も、俺はすごくウキウキしていた。


「俺さあ、思うんだよ。『妖しの羊飼い』はきっとあのダンジョンで、自分なりに楽しく過ごせてたんじゃないかな? 追いやられた理由は悲しかったけど、従ってくれてた竜はいたわけだし。トテッキもいたんだろ? だったらそれはそれで完結した生活だったっていうかさ」

「……そんな情報、GMがどこかで言ってたっけ」

「言ってないよ、部長さんは! だから俺が自分で考えたんだ。『妖しの羊飼い』もたぶん、本当は幽霊じゃなくって、研究の末に自力で肉体から引き剥がした精神体でさ」

「思いついた設定を付け足すの好きだよね、あっちゃん。漫画とか読んでてもそう。自分なりの設定を増やすじゃない」

「こういうの楽しいんだよなー。だから俺、今日すごく面白かった」

「それはさっきも聞いたってば」

「あ、そうだ。あの『妖しの羊飼い』が自らの研究による精神体だとしたらさ、鱗の一撃で竜が正気に戻れるように、ゲイルの『血騰呪』の魔法で人間の血肉を分け与えれば、あいつも正気に戻れるはずだよね? だからさ」

「ねえ、あっちゃん。あっちゃんはさ……そういうの、悪い癖だよ」


 小柄なせいで俺より幾分低くなった目線から、せいかがこちらに、咎める目を向けてくる。


「悪い癖……って、何が?」

「それでしょっちゅう失敗してるでしょ。勝手に一人でのめり込んで、思い込んで、変なことするから。今日だってさ、びっくりしたんだよ、わたし。急に変なこと言われて……しかも逃げちゃうし」


 そこで目線をそらされて、沈黙が俺たちに訪れる。並んで歩きながら、今日の出来事を思い返して、無言。

 俺の告白のことだ。

 わかってるんだよ。俺もその話はどうしようかなと思いながら、でもTRPGの話が楽しかったのと、話題そらしっぽい感じで、ずっと別の話をしていたところがあって……。


「う、うん。俺、思い込みで突っ走る癖で、失敗しちゃうのは……さ。良くないって思ってるんだよ、自分でも。だけどあの、勢いで口走っちゃったのは、失敗……だったけど。俺、言ったことは……。本気……だから」

「……そう。“変なこと”なんて言って、ごめんね。あっちゃん」

「ま、まあ、そう言われても仕方ないよな! 急すぎたし! ははははは……。あー、でも、まさか一日に二回も告白することになるなんて……さ。はは……」

「……」

「二回繰り返せたことで、けじめがついて良かったとは、思うよ? 二回目の時は、せいかも受け止めてくれたし。思い込みで突っ走るのも、時にはいいことなのかもな? ははは」

「だから、あっちゃん。それが悪い癖」


 とうとうせいかは、俺の前に立ちふさがった。

 なんだかんだでちゃんと現実を見ていない俺の前に、事実を突きつけるように。


「わたし、二回も告白されてないし、受け止めてないよ。また勘違いしてるよ? あれはセッション中の、ロールプレイ。でしょ? ゲイルがスタンド4に『愛慕』の言葉をかけて、わたしがそれをロールプレイで返したの」

「そ、そう……だ。そうだった、そういえば……!」


 想像力を駆使して虚構と現実を入り混じらせるゲーム、TRPGを遊んだのは、今日が初めてだ。

 なのに俺はこういう遊びは、子供の頃からいっつも、ひっきりなしに遊んでいる。

 しばしばその、遊びと実際の出来事が垣根を超えて重なりあって、こうしてせいかに叱られてる。


「ご、ごめん。俺のこの悪い癖、なかなか直らない……よな」

「あっちゃんに直す気がないからでしょ。もう……ちゃんと自分の帰る道わかる? まだ頭の中がダンジョンの中にいそうだよ? わたしはこっち、あっちゃんはあっち」

「わ、わかるよさすがに! じゃあな、せいか」

「うん、またね。ロールプレイの続きは、次のセッションでね」


 別れの手を振りながら、俺は脳内で何度かその台詞を、繰り返して咀嚼した。

 えっ、今なんて言った。「ロールプレイの続きは、次のセッションでね」って、せいかが、言った?

 また勝手に俺の脳内が暴走して、起きてないことまで起きたことにしてごっちゃにしてないよな? 自分に都合よく、相手の言葉を解釈しようとしてるだけ……。

 でもないよ、な?

 あっ。

 せいかの頬って、いつからこんなに赤いんだっけ。

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あちら異世界冒険中、こちらTRPG部セッション中 一石楠耳 @isikusu

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