第6話 芸は身を助ける時とそうでない時が
GM:お嬢様の姿をした案内役、トテッキに導かれるようにして、あなたたちは竜の首が消えた先へと進みます。一本道の先には三つの扉があると、先ほども説明いたしましたが……この右と左の扉の先にある試練を乗り越えると、中心の扉が開く仕組みです。そのようにトテッキが、説明してくれます。
トテッキ:ええそうよ。そういった試練であなたたちをすりつぶすのですわ!
GM:すりつぶしません。
この二人のボケと否定の流れ、阿吽の呼吸を感じる。
ターセン:それぞれの扉の先って、どんな感じの試練が待ち構えてんの?
トテッキ:それはGMからいただいたメモに書かれておりましたので、わたくしがご説明いたしましょう! 右側は『積み重ねの試練』、左側は『同調の試練』ですわ。試練の判定役は、わたくしが行います!
GM:ゲーム的には、単に何らかの判定を行って成否を決める形となります。トテッキの存在は、場を盛り上げるフレーバー的なものとお考えください。
ターセン:信用できるのかなこの女。バステで動けなくしてやろうかな。
トテッキ:おやめになって!
ハンドレ:やめましょうターセン殿!
ゲイル:トントロ先輩が一人二役でターセンをなだめてる……!
ターセン:ハンドレはあたしに忠誠誓ってるんでしょ? お黙れハンドレ!
ハンドレ:うぐっ、ターセン殿……!
GM:なお、トテッキを問いただしても特に情報や、財宝・アイテムなどは出ないものとします。
この話を聞いてようやくターセンは、クナイをしまった。でも今「ちっ」って言った。
ターセン:まあいいや。試練とやらを突破してやろうじゃないの。積み重ねのほうが向いてる気がする! 右行こう!
ハンドレ:ちまちました作業は好きだもんね呼子さん。
ターセン:うるさいな、今決めたのはあたしじゃなくて、ターセンだからね?
ゲイル:でも呼子先輩、同調も苦手そうな気が……。
ターセン:言ったね一年坊、ああん?
ハンドレ:これツッコまれて喜んでる時の呼子さんのキレ顔だから、安心するといいよ、龍洞くん。
GM:右の扉を開けるということでよろしいでしょうか。では扉の先は、無数の芸術用品が散らばっている部屋です。絵筆とキャンバス、彫刻刀と丸太、羊皮紙と羽ペンなどが、所狭しと並んでいます。
GMの説明に応じるようにして、俺の目の前に展開して生まれゆく新たな部屋。
教室のロッカーから転げ出てきた芸術用品が、ダンジョンの所定の位置に配置されていく。
GM:ここで皆さんは、人の感情を奮い立たせるような何かを作り上げてください。絵画でも詩歌でも、モノはなんでも構いません。要は芸術系の行為判定を、全員が行うという形です。
ターセン:芸術系のスキルなんて何にもないなー。ゲイルも取ってないはず……。
ハンドレ:僕は踊り子だから踊れるよ☆
GM:この判定は難易度が松・竹・梅・特上とありまして、それぞれ判定の難しさが変わります。難易度をいくつ超えられたかを全員分合計し、その数字が規定値を超えたらクリアとなりますので。
ターセン:なるほどね。能力があるやつもないやつも判定に成功さえすれば、試練の突破に貢献できるわけだ。『積み重ねの試練』ねえ……。
相談の結果、特上難易度はハンドレが担当、残りは俺たち三人で分け合うことになった。スタンド4はプレイヤーが寝てるので、GMが代理でサイコロを振る。
こうしてともに協力し合い、各々の出来る限りの力を尽くして、舞踏や演奏や彫刻をトテッキに見せつけたんだ。全員判定失敗したけど。
ゲイル:……? 出目が悪くて、全員微妙に失敗……なんすけど……?
ターセン:あちゃー……。一人ぐらい失敗しても、誰かがリカバリー出来るタイプの仕掛けかと思ったのに……。全員失敗って。
トテッキ:寄せ集められた微妙な失敗作を見て、トテッキもリアクションに困りますわ。
GM:こ、これは……?? 誰か一人ぐらいは何とかするんじゃないかと気を抜いてたらセッション中盤で起きるタイプの事故ですね……??
ターセン:難易度が全体的に低めだったから、甘く見たのが裏目に出ちゃったね。逆に簡単なのをハンドレにやらせて、成功度を稼ぐべきだったかー。
GM:えっ、待ってください。救済策を何も考えてませんでした……! 読み込み不足のシナリオはこういうことがあるから怖い!
ハンドレ:稀にこうやって、どうでもいい部分で詰むことがあるんだよ。TRPGあるあるとして覚えておこう、ゲイル。
ゲイル:嫌げなあるあるですね……。
ターセン:まあ部長ならなんとかしてくれるっていう、安心感はあるんだけどね?
GM:全幅の信頼感が産んだ悲劇でもあるわけですが……あった! シナリオにちゃんと救済策が載っていました!
帽子でパタパタと自分に風を送りながら、部長さんはシナリオに記載されていた、救済策を提示する。
GM:このシナリオを残したOBのメモが、ページの端に記載されていました。『難易度的に全員失敗してクリアならずというのは無いと思うけど、もしもの場合は実際にプレイヤーが芸術行為を行ってもクリアとして良い』と。例として、キャラクターシートのイラスト等が挙げられていますが……。
ターセン:絵かー……。割と多芸なあたしらの、穴よね。穴。
ゲイル:そう言われてみると、みんなキャラ絵は描いてないんすね。
そう、色々と一芸に秀でた人の集まりだけど、俺以外はキャラクターシートのイラスト欄が空欄だ。
でも絵とかでいいなら、呼子先輩のフィギュアとか、トントロ先輩の演技力とか、十分に芸術行為だと思うけど……。
なんて考えていると、ニコニコ顔の呼子先輩が、俺の手をふいに上げさせる。
よくわからないままにそれに従うと、バチンと一発、じんじんするぐらいのハイタッチをかまされた。
「やるじゃん、龍洞! あんたいつ描いてたのこれ! プレイ中に描いてたのか?」
「え、俺のキャラ絵……ですか?」
「そうだよ! お前ツッコミ行けるだけじゃなくて絵も描けるなんて、この……! しかもこのタイミングでご披露とかホント、PC1野郎めー」
「いや、大したことないですよこんなの? ただの趣味なんで」
「なんだと趣味だったらダメだっていうのか! ええ、GMどうなんだいこの!」
「いや、一切問題無いですので、こちらに謎のケンカを売るのはやめてください九頭竜坂くん」
「よっし、じゃあこれで試練はクリアだよね部長? クリアじゃないとか言うなら、あたしダメ押しするかんね?」
「おっ」
話を聞いていたトントロ先輩が、なんだか嬉しそうに反応する。
そんなイケメンと目配せをした部長が、腕組みしながらわざとらしく、こんなことを言うのだ。
「そうですねえ……。やはりここは『積み重ねの試練』でもありますし、もう一人分ぐらいのダメ押しが合ったほうが、よりスッキリと試練突破のカタルシスが……? モチベーションが? イノベーションが? ありますかね?」
「なんかよくわかんない言葉で言いくるめられてる気がする! しまった、まんまと自分からエサまいちゃったよ、あたし」
「……??」
「ああもういいよ、不思議な顔するな龍洞。歓迎も兼ねてひとつ、あたしもやるからさ」
「いよっ、呼子さん!」
俺だけが理解できないままに突如訪れた、教室内の静寂。
その静けさを打ち破る、アカペラのハイトーンボイス。
これは俺の妄想じゃない。異世界のターセンのスキルじゃない。
現実味のないクリアな歌声が、現実に教室にいる呼子先輩の口から、喉から、大声量で流れているのだ。
俺は目を疑った。そして聞き入った。ほんのワンコーラスの歌唱だったが、心をつかむには充分すぎる出来事だった。
「……部長とトントロに乗せられただけな気もするけど。これで文句ないだろ?」
「ええ。久しぶりに目の前で生歌が聞けて我々は満足です」
「やっぱり呼子さんはかっこいいなあ! 龍洞くん、いいもの聞けてよかっただろ?」
「あ、は、はい。え? 呼子先輩って、その……プロの歌い手さん……とかなんかなんですか……?」
その質問をぶち壊すようにして、教室のドアが外部からガラッと開けられる。
ドアを開けたのは、小柄でメガネでポニテで生徒会会計で一年で、猫を連れてる女子。
「見つけましたよ、先輩たち……」
「にゃー」
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