第7話 メガネッコ世にはばかる

 どういうことだ? 「見つけましたよ先輩たち?」

 俺はせいかの言うことに疑問を感じる。だっておかしいだろ。


「あちゃー、見つかっちゃったか……。あたしが歌ったのはマズかったかねえ」

「仕方ないよ呼子さん。僕らも良い思いしたし。ねえ、部長」

「そうですねえ。あの美声を聞けたなら、交換材料としては仕方のないことかもしれません」

「他人事みたいにのんびり過ごさないでください、先輩たち。それとあなたも」


 ひとりずつ指さし確認しつつ、せいかは教室内を横切って、例の寝床にまっしぐらに向かった。


「ラクロス部エース、神来かみくルンさん。起きて」

「にゃー」

「んあ? なんっか……猫くせえ」

「なんであなたこんなところにいるの。そして寝てるの。今日、試合があるんでしょ? 部の人達みんな探してたわよ」

「おっ、あ……? やべっ、マジだ! せいか、またな!!」


 起こされた神来は、取るものも取りあえずで教室を飛び出し、一目散にいなくなる。

 あ……そうか。神来は部活かけもちだって、呼子先輩が言ってたよな。ラクロス部なのか。


「そして演劇部、頓田とんだ瀞隧とろすい先輩」

「にゃー」

「いやー、ははは。ご紹介に預かっちゃった」


 えっ、トントロ先輩? 演劇部?


「その髪、校則違反はなはだしいですから。銀髪って、もう……」

「いやほら、せいかちゃん。僕は役作りとかあるから仕方なくね? 一時的に染めてるだけであってさ」

「役作りとか言うなら、ちゃんと自分の部活動に邁進なさってください。ていうかその目もカラコン、違反です。外してくださいね」


 これ染髪とカラコンだったのか!? いや、言われてみればそれもそうか。さすがにビジュアルが二次元化し過ぎだもんな。

 役作り……だったのか……。どうりで、演技がやたら上手いと思ったら……。


「更には軽音楽部ボーカル、九頭竜坂くずりゅうざか呼子よぶこ先輩」

「にゃー」

「あたしの歌、どうだった? せいかちゃん? やっぱりすぐバレた?」

「当然のようにバレます。見つけてくれと言わんばかりで大変見つけやすかったですけどね。ほら各自、自分の部に戻ってください」

「まあまあそう言わずに。今はまだ我々、ゲーム中なんですよ」

「そうやって我部がぶ先輩が、各部のエース級集めて学校内で隠れてゲームしてるから、わたしが出向いて怒ってるんです。実態のない部の部活動はやめてください」


 待て待て待て。呼子先輩は軽音楽部で、いやそもそも、実態のない部の部活動……?


「それはつまりつるぎさん、色々と手を回してTRPG部を正式に部として認めさせるべきだということですかねえ」

「違います! 部として認められるのはいいことでしょうが、そうやって謎の交渉手腕で先生たちを丸め込むのはやめてください。おかげでわたし一人がTRPG部の横暴に声を上げてる感じになってて、若干肩身が狭いんですからね?」

「それは申し訳ないことをしました。剣さんは悪くないということを周知させるべく、後ほど取り計らっておきます」

「そういうことをしれっとやるのをやめてくださいと言ってるんです……! あと帽子、室内では脱いでください。そもそも校則違反です」

「これは部のGMに連綿と受け継がれるものなんですけどねえ……」

「自称・部活動じゃないですか。同好会ですらないのにどうしてOBがいるんですかTRPG部は!」


 驚きの連続だった。

 TRPG部なんてものはこの学校にはなくて、各部のエースを勝手に集めて活動してるだけで、それをせいかが咎めに来た……ってのか?

 そういや俺が最初に教室に入った時、この人達ここに隠れてる感じだったよな。「見つかった」だの、「嗅ぎつけられたか」だの。こっそりやってたのかな、これ。


「で……なんであっちゃんがここにいるの」


 せいかの追求はだいたい終わったかと思ったけれど、最後に俺のところに来た。

 そうだよな。俺もそう思う。俺がどうしてここにいるのか、気になるはずだよな。

 でもその前に、先輩たちの疑問に応えてあげないといけないかもしれない。

 みんな今ので俺とせいかを見比べて、「あっちゃん?」「あっちゃんって言った……?」と不思議そうだからだ。


「あ、あのー……先輩たちとこいつの関係はよく知りませんけど、俺とせいかは、あの、幼なじみなんで」

「幼なじみ!! せいかちゃんが、龍洞と!? やばい何それお姉さんムズムズしちゃう!」

「ムズムズしなくていいです、九頭竜坂先輩」

「にゃー」

「なんかどうも、せいかは、アレか……? この人たちと以前からつながりがあったみたいだな。俺はさっき巻き込まれた感じで、初対面なんだけど、なんとなく一緒に遊んでるんだよ」

「へー……そうなんだ。ダメだよあっちゃん、この先輩たちは何かって言うと生徒を巻き込んで、放課後に校内のどこかでゲリラ的に遊んでるの。妙に居心地がいいから気をつけてよ」

「にゃー」


 合間に鳴いている猫のロードスがうるさい。

 この猫は、生徒会で保護された猫で、せいかに懐きすぎたおかげでよくくっついて一緒に歩きまわっている。飼い主は常に募集中。

 他にもせいかの子供の頃の話や、好きな食べ物とかは俺も詳しいけど、放課後に得体のしれない部活を追い回しているだなんて知らなかった。

 まあしかし、そうだな……。これは状況的に、ゲームはお開きか。

 ……楽しかった。もう少し続けたかったけど、こうなったら……しょうがないよな。


「せいかちゃんが龍洞と知り合いなら話は早いね? んじゃ、これがくるるんのキャラクターシートだから」

「……は? 何をしてますか、九頭竜坂先輩?」

「にゃー」

「良いから席、座んなって。あたしもトントロも、部に行っても今日は暇なんだよ。ていうかまだこっちのセッションが終わってないし。くるるんが一人欠けたけど、その分せいかちゃんが入れば人数足りるでしょ?」

「わたしをTRPG部の活動に巻き込むつもりですか? そうは行きませんからね。ロードスを連れて帰りますので」

「にゃー」

「でもロードスは、いたくあそこがお気に入りみたいだけどねえ……?」


 ニヤリと笑って呼子先輩が示す先は、神来が寝ていた教室の端のマットの上、通称『くるるんのねどこ』だ。

 夕暮れの日差しを浴びて毛をぽやぽやさせながら、猫のロードスが気持ちよさそうに寝ている。


「えっ? だってさっきまでその辺で鳴いてたのに……?」

「にゃー。僕の声真似でした」


 言われるまで俺も気づかなかった。いつからトントロ先輩にすり替わってたんだ! さすが演劇部……とかいう芸当じゃないな。何この声帯模写。

 イケメンはもう一度「にゃー」と鳴きながら、椅子を引いて、せいかを席にエスコートする。神来がさっき座っていた席だった。

 卓に置かれたスタンド4のキャラクターシートには、さっき慌てて出て行った神来の走り書きで、「せいか任せた」と。いつの間にか伝言が、書き記されている。


「……ロードスが起きるまで、ですからね」

「さすがは剣さん、なんだかんだで話がわかる方です。では巻きで進めてまいりましょうか」


 は?

 え、いいの? このままやるの?

 予想外だ。せいかが突然現れて、先輩たちを叱ったかと思ったら、席についた。

 俺の初TRPG、開始のきっかけからここに至るまで、波乱しかない。だけど楽しい。楽しい……のは、いいことだ……。ど、どうしようかな……?

 流れに飲まれて、タイミングを失った。いや、まあ、いいか?

 結局俺も席についたまま、続きを楽しむ形になっている。


「いやー、お姉さんはせいかちゃんと一度一緒に遊びたいと思ってたんだよねうひひひひ」

「わからないことは僕らが教えてあげるから、なんでも聞いてね、せいかちゃん。龍洞くんも今日が初TRPGだし、二人とも戸惑うことは多いだろうし」

「気にしないでくれていいです。大体の感じは、いつも先輩たち追い掛け回してわたしも知ってますんで。あっちゃんにだけ教えて下さい」


 「そのあっちゃんって言うの、やめろよせいか」と言おうとしたけどやめた。なんか先輩ズがニヤニヤしているからだ。これ恐らく、俺が言う「せいか」もキーになってるな。

 そのまませいかはルールブックを手に取って、黙々と読み始める。せいかはそうだよな。まずはなんでも、人に聞かずに憶えるタイプだ。

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