あちら異世界冒険中、こちらTRPG部セッション中

一石楠耳

第1話 出会いは殺人者と死体、それと不審人物

「因縁を欲す。情念を欲す。有りもせぬ繋がりが産み落とす、心のざわめきを。我、欲す……。集え羊よ、集え……!」


 荒城に満ち渡った『妖しの羊飼い』の欲望は、廃墟を沁み出し夜を渡り、世界の果ての垣根を超えて、こちら側へと解き放たれようとしていた。

 剣と魔法に満ちる国。だがどちらの力も、為すは全て人の手なり。

 想いの歪みが人々に与えるのは、創世か、はたまた破滅か――。



 昨夜は遅くまでスマホで異世界転生ファンタジーを読んでいたせいで、今朝見た夢もそんな感じのアレだった。おかげで失敗してしまった。

 学校、放課後、日の陰り始める廊下、早足でうろつく俺。

 名前は龍洞りゅうどう赤見あかみ、高校一年生だ。ほんの少しのめり込みやすい性質たちで、こんな失敗をよく重ねている。

 もう追ってこないかな、いや追ってくるかもしれないな。それとも最初から追ってきてなんていなかったのかもしれない。

 そう思いながらも隠れる場所を探して、教室のドアを開けたのが、俺たちの異世界創世の始まりだった。


「アーハハハハハ! お命頂戴とつかまつるわァーっ」


 教室には狂人がいた。

 叫びとともに両拳を振り上げる女は、俺と同じくこの遊鳥沢ゆとりざわ高校の制服を着ている。もちろん男子と女子のデザインの違いはあったけど、性別服装、この際どうでもいい。

 長身にして長髪、ぱっつん前髪の下でギョロリとこちらを睨みつけた目は、薄れた正気をぞわぞわと瞳の奥から訴えかける。

 驚くことにそこには、椅子の上に力なくもたれかかった、顔面蒼白にして白髪頭の被害者までいて、なんだこれは劇的にヤバイ。


「さっ、殺人現っ……場……?」

「ここを嗅ぎつけるか、一年坊……ッ! キィイイエエエエ!!」


 女の気迫と奇声を前に、後ずさりの速度が衰える俺に向かって、クレイジーサイコ女子高生は両拳を振り下ろす。

 互いの距離は教室の端と中心。拳が当たるはずもなかったのに、何故だか俺の頭には、ビシビシと小さな痛みが降りかかった。

 ヤバイ。平和な学園生活が全面的にヤバくなる事態が、何かしら俺に襲ってきている。殺人犯か怪奇現象か異能バトルか学園転生かわからないけど、俺は別にどれも望んでない。逃げよう!

 積極的な下半身の判断は、だけどどうして、即座に却下された。俺が入ってきた教室のドアに待ち構える、不審な中年男性がいたからだ。


「おや、これはまた。見つかって……しまいましたかね」


 中折れハットにスーツ姿。丁寧な言葉と物腰が、むしろその男の迫力を増している。


「あっ、ちょっとまって部長。そいつクリティカル出した。捕まえて!」

「君は何かと見境無いですね」

「いいじゃん、反応もいいし。PC1向きだよその子。あんたも遊んでんじゃないよトントロ! 行け!」

「あ゛あ~~~~~。う゛あ゛~あぁあ゛~~~~~」


 中年男性と長身少女の不可解なやり取りの後、ドアは塞がれ退路は絶たれ、俺は逃げ場を失った。

 ましてや死んだはずの白髪の男子生徒がうめき声を発して立ち上がり、どさりと覆いかぶさってくる。

 ゾンビ映画さながら、俺もこいつの仲間入りか……! ギャーッ。ゲームオーバー!!

 いいや、ゲームはここから始まった。


「いいよいいよー、変な状況に対するあんたの素直な反応。しかも頭にぶっつけたダイスの出目がきっちりクリティカルなんて、こりゃ将来有望だねえ。ほら、お姉さんの隣に座んな」

「え? は、はあ」

「ビビらせて悪かったね。ちょいとPCの練習してたら熱が入っちゃったもんでさ」

「PC? パ、パソコン……に熱が入っちゃって? 熱暴走とかフリーズとかそういう……?」

「違うって、そういうのじゃないよ。PCってのはプレイヤーキャラクターのこと。あんたTRPGって知らない? てかあんた名前なんて言うの? あたしは二年の九頭竜坂くずりゅうざか呼子よぶこって言うの」

「え、て、てぃー……あーるぴーじー? ただのRPGなら、知ってますけど。あと俺は一年の龍洞赤見って言います。九頭竜坂先輩のことは……」


 そうだ、俺知ってる。この人知ってる。うわっ、あの九頭竜坂先輩だ!

 デカくてエキセントリックで先生にも生徒にも目をつけられてる学内の有名人だ。知らない狂人かと思ったら、よく見りゃ知ってる奇人だ。


「その様子だと、あたしのことは知ってるみたいだね。デカくてエキセントリックで先生にも生徒にも目をつけられてる学内の有名人ってとこかな」

「あっ、いや別にそれは、そんなふうに……あんまり思ってないです」

「少し思ってんじゃん!」


 大げさに平手を横にしてツッコミを入れてきたのは、さっき死んでいた人だ。いや嘘、そもそも死んでなかったんだと思う。

 じゃあこの白髪は何なんだっていうか、白髪じゃなくって銀髪だこの人。

 えっ、ていうかなんだ、オッドアイ? 眼の色が両目で違う? 右目が赤みがあるし、そもそも中性的で、男子……でいいんだよな??

 銀髪オッドアイ制服美少年?? 二次元みたいな男だ。キラキラエフェクトついてそう。


「僕は呼子さんと同じく二年の、頓田とんだ瀞隧とろすい。口で言っても僕の名前は認識しにくいし、ビジュアルイメージが無駄に強いから話も頭に入ってこないだろう? ほら、キラキラキラー」

「顔の周りキラキラしてる! なんすかそれ、どういう理屈で光るんすか先輩!?」

「これはね、ラメダイスを僕の顔の近くで振っているからさ。物理キラキラ」

「お前出てくると話進まないんだよ。引っ込んでなトントロ、これでもくらえ!」


 九頭竜坂先輩の割りとガチめなドロップキックを受けて、ラメ入りサイコロを散らばらせながらイケメン先輩は再び椅子に吹っ飛んで、動かなくなった。


「キラキラを振りまきながら頓田先輩がまた死んだ……」

「あのねえ、龍洞。こいつはトントロでいいから。あたしのことも呼子でいいよ。そういう先輩後輩の壁もゲーマーとしての年季も飛び越えて、今日はこれから、ツッコミ・ツッコまれの関係で遊んじゃおうじゃないか? ええ?」

「俺、相変わらず話が見えないんですけど」

「いやね、メンツ足りなくて困ってたのよあたしたち。でもせっかくTRPG部の卒業生が残したシナリオがあるならそれ遊ぼうかーってなってね。PCプレイヤーキャラクターだけ作って、どういうキャラにしようかなーってロールプレイしてみてたわけ。その迫真のシーンに龍洞が飛び込んできたんだなー」

「九頭竜坂くん。龍洞くんはTRPGを知らないとのことなので、そこをまず説明してあげたらいいんじゃないでしょうか」

「そっか部長! 建設的ダンディー!」

「独創的な褒め言葉やめてください九頭竜坂くん」


 部長と呼ばれた中年男性は、俺の肩にぽんと手を置き、一冊の本を目前に開いた。ルールブック……? とか書いてある。

 いやその前に、この人は中年男性じゃないぞ。中折れ帽と老けた顔立ちで、制服のブレザーがおっさんのスーツに見えてただけだ。俺と同じ制服じゃないか。


「TRPG部の部長、三年の我部がぶ長之助ちょうのすけといいます。我々はTRPGという遊びを研究する部活動をしているわけですが……龍洞くん、RPGはご存知なんですよね?」

「は、はい。携帯ゲームとかネトゲとかで、多少は」

「なら話は早い。それをこのルールブックと、サイコロと、人々の想像力で楽しむのが、TRPGテーブルトークRPGというものです。多少、人と時間が必要な遊びでしてね。メンツがもう一人欲しかったんですよ。龍洞くん、お急ぎでなければ我々を助けると思って、参加してもらえませんか」

「呼子先輩がドロップキックの準備して俺を狙ってるんですけど、ここで断ったらあれ食らうんですよね?」

「九頭竜坂くん、武力行使は頓田くんだけにしておきなさい」

「ちぇっ」


 やたら長くて好戦的な脚をあぐらをかいてしまいこむ、九頭竜坂先輩。眺めるだけなら素敵な脚だけど、飛び込まれたら俺もトントロ先輩と同じくK.O.されてしまう。

 目前の危機を一旦乗り越え、俺は部長さんから立て板に水のトークで語って聞かせてもらった。TRPGという遊びのことを。

 ルールブックの規定に則り進行する、非電源アナログのRPG。GMゲームマスターが用意したシナリオを元に、おのおのが作った自分の分身が如きキャラクターで、別世界を冒険する。


「ルールブックによってゲームシステムと世界観が違いましてね。今回はオーソドックスなファンタジーものです。使うダイス……いわゆるサイコロも、おなじみの六面体となります」

「部長さんの話を聞いてたら俺、なんとなく知ってる感じがしてきました。そういやラノベ売り場とか、動画配信サイトとかで、ちらっとそんなの見たような……。興味はありますよ」

「素養アリアリだねこの子。よしやろう、すぐやろう! キャラはもうあたしらが作ってあるんだ。起きろトントロ!」

「んがっ。はい喜んで」

「九頭竜坂くん、寝かす時も起こす時も頓田くんのHP奪いますよね」

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