第9話 どこまでが俺の妄想なんだっけ……?

 試練を超えた後、研究資料を読み解くための知恵の判定に、ゲイルとハンドレは成功した。

 GMこと我部がぶ先輩が、この部屋に満ち溢れた書類から得られた情報を、語って聞かせてくれる。

 それは『妖しの羊飼い』がその昔、命を賭して突き詰めた、人心掌握の秘術についての話だった。

 心を支配する方法をこの魔道士は追い求め、人造生命ホムンクルスの作成や精神の分離実験などを経て、ついには竜の心をつなぎ留めて従えるまでに至ったという。

 もとはといえばこの研究は、魔物を恐れて逃げ惑う、迷える子羊の如き人々を安心させるための研究だったはずらしいが……。

 どこでボタンをかけ間違えたのか、やがて魔道士は人間に蔑まれ、城の地下に追いやられ、得た力とともに封じられてしまったのだ。


「えっ、これ……? その魔道士は人の想いを追い求めた末に、閉じ込められたんですよね……? そんなことって、ある……? 嘘……だろ……??」

「どした龍洞。あんたが入り込みやすいタイプだってのはわかってるけど、にしても顔が真っ青だぞ。さすがに感情移入し過ぎじゃない?」

「だって、呼子先輩……! この話に出てくる『妖しの羊飼い』って、俺が昨日読んだ話に出てきた魔王と、名前も、設定も、全部一緒なんですよ……! なんだかおかしくないですか……?」

「えっ……? そっ……! そんなこと、あるの……?」


 呼子先輩が驚くのも無理はない。こんなにピタリと符合する偶然の一致、空想と現実の混ざり合い……充分なホラーだ。背筋にがぜん、ぞっとしたものが走る。

 いや、しかしだよ……? こうも考えられないだろうか。俺がこうして話を聞いてサイコロを振って、異世界に身も心も移動することが、可能なんだから。

 逆にゲーム中の『妖しの羊飼い』の心が現実に染みだして、俺のもとに届いたなんていうことも……。もしかしたらありうるのかもしれない……!

 昨日読んだ話に出てきた『妖しの羊飼い』は、異世界に転生した現代人に倒されていた。まさかその役割を、今度は俺が担うことになるっていうのか?


「あ、でもね? このシナリオを作ったOBはその後プロの物書きになって、ネットで作品を発表してるみたいだから」

「やめておきましょう、頓田くん。どうやら彼には無粋な話のようです。このまま入り込んでいただいていたほうが、より楽しんで頂けるのではないでしょうか」

「……そうだね、部長」


 だんだん周囲の先輩たちの声がノイズのようになってきて、俺は本当にギャックス・ゲイルと一体になりつつあった。

 まじないの言葉を紡いで風の魔法をあやつり、想いを寄せてくれる猫耳くノ一に力を与える、冒険者駆け出しの魔法使い……。

 神の使徒として輝きを放つ右腕ハンドレから放たれる、回復スキル『治癒光』の波動が、ゲイルの失われた生命力を蘇らせてくれる。

 よし、前に進もう。ふたつの試練は終えた。これで最後の扉は開き、その先にあった階段を降り、俺たちはついに、最深部にたどり着く――。


GM:あなたたちが階段を下って行くと、岩がむき出しの地下道に足を踏み入れます。本来ここは、城が襲われた際の脱出経路として残されていた、逃げ道なのでしょう。しかし今やこの城も地下室も、魔道士が封じられたダンジョンでしかありません。長年誰も入り込まなかった、悪意と瘴気が溜まったよどみ。そんな空間と化しています。

ターセン:誰かいる?

GM:ええ、いますよ。先ほどあなた達が出会ったドラゴンと、新品の人造生命ホムンクルスたち。更には『妖しの羊飼い』の亡霊です。彼は自らの研究をまとめた書物をパタリと閉じ、あなたたちに襲いかかってきます。

ハンドレ:クライマックス戦闘、かな?

ゲイル:クライマックス戦闘?

GM:これでこのシナリオが終わる、最後の戦闘という意味です。いかにもハンドレの言う通り、これがクライマックスとなります。皆さん全力で来てください。


 気を引き締めて杖を握る俺と、クナイを構えるターセンに、踊って自分を鼓舞するハンドレ。

 そこに満を持して現れたのは、剣と鎧の重戦士、スタンド4だった。


スタンド4:データ把握、大体終わりました。早速ですがGMに質問があります。そちらの『妖しの羊飼い』は亡霊ということですが、宙に浮いているのでしょうか。そしてハンドレも宙に浮いているということで構いませんよね?

GM:……これはまた、これからの戦闘に重要そうな部分を、ルールブックでピンポイントに熟読されましたね、剣さん。答えはどちらもイエスです。

スタンド4:では皆さんに提案させていただきます。空を飛ぶ敵の相手は厄介ですので、動きを封じる意味で『妖しの羊飼い』にはハンドレにあたってもらいましょう。範囲攻撃持ちのターセンは一箇所に集まった複数ザコの掃討に回り、スタンド4はドラゴンとの肉弾戦で足止めを。ゲイルはかばいやすくするためにわたしと一緒にいるか、誰からも距離をとって遊撃ポジションを担うのがいいのではと。

ハンドレ:戦場指示のスタンド4が戻ってきた……!? くるるんいないのに……!

ターセン:おおお……! いいよいいよ、せいかちゃん! あんたやっぱりやる子だよ!

スタンド4:ちょっ……子供扱いしないでください。頭なでないで!

ターセン:現実だとせいかちゃんの頭はなでやすいのにねー。スタンド4はでっかいからなー。


 本当に見事な指示だ。これは完全にあの、戦上手の司令塔、スタンド4の再来じゃないか。

 こうしてクライマックス戦闘、第一ラウンドに突入。俺たちの動きは、最初の戦闘の時と似て非なるものだった。ゲイルがターセンに魔法をかけるところまでは同じだけれど、各自の移動アクションの散らばり方が全く違う。

 適切な相手に適切なダメージを与え、適切な位置取りで相手の動きを阻害する。神来かみくが本来やりたかったであろうことが、まさかせいか主導で実現するなんて。


GM:これはまた、意外な伏兵が生まれましたね……。欠員を埋めるために入ってもらったつるぎさんが、皆に指示を飛ばすようになるとは。

スタンド4:見たままの情報による最善策をわたしは提示しただけです。

ハンドレ:かっこいい!! どうしよう僕、スタンド4にも惚れちゃいそう!

ターセン:向こうはお前を殺そうと思ってるけどね。

ハンドレ:そういえばそんな設定があった……。

ゲイル:あのー、GM。これはなにか意味があるんですか?


 ふと気になって俺が尋ねたのは、この決戦場の中心にぽつんと落ちた、一冊の書物だ。

 これは『妖しの羊飼い』が戦闘前に読んでいた本で、卓の上に置かれた戦闘用マップにも、わざわざ本のミニチュアが一冊置かれている。


GM:これは喜ばしい。初心者のお二方が実に目の付け所が良くて、GM冥利につきます。はい、これには意味があるんですよ。この本が落ちているマスにまで移動していただければ、読むことが可能です。

ターセン:なーにーこーれー。あたしも嬉しくなっちゃうんだけど! 二人とも成長著しいねえ、よしよし。明日からも一緒に遊ぼうねえ、よしよし。

ゲイル:なっ、撫でないでくださいって、呼子先輩!

スタンド4:同じくです。ていうかわたし、明日は参加しませんよ? 今日だけ、今だけですからね?

ハンドレ:二人ともそっけないなあ、じゃあ僕がその役代わるよ。ねえ、頭ナデテー。

ターセン:お前は頭ないじゃん。

GM:さて、第二ラウンドです。準備行動は、ありますか?

スタンド4:『行進言』のスキルで、あっちゃ……じゃなくてゲイルを、本のところにまで移動させます。他は全員、何かしらの敵とぶつかっていて動けませんし。


 ここでもせいかの当初の指示が功を奏した格好だ。

 それぞれが自分の利点を活かして敵に接触し、俺を遊撃役としてフリーにしたおかげで、一人だけ移動がしやすくなっている。

 準備段階で誰かを移動させることが出来る、スタンド4の『行進言』のスキル判定は成功。ゲイルは司令塔の指示で一目散に本のところに駆け寄った。


GM:だいぶPC有利で戦闘が進行していますね。

ターセン:えー、そうでもないよー。スキルポイントかっつかつでみんな倒れそうだし。薬草もあらかた食っちゃって回復手段ないから、戦闘終わる前に全員ガス欠しそうじゃない。

スタンド4:……わたしが筋肉判定に失敗した時に、皆さんに無駄に攻撃スキルを使わせたからですね。すみませんでした。

ターセン:いやいや、いいのいいの気にしなくっても! そういうことは良くあるし! さっきの攻撃判定に失敗したのもしょうがないんだからさ?

スタンド4:すみませんでした……。


 うん、実はせいかは一ラウンド目の攻撃もダイス目が悪くて外してるし、しかも攻撃スキルいっぱい載せたうえで空振ったんだけど、呼子先輩はそういうところも悪気なく拾ってくる。

 場の空気が一瞬、しんと冷えた。すぐにトントロ先輩が「ははは、まあまあ」とゆるやかに場をつなぎ、部長が進行に戻ったので、さくっとゲームは再開した。

 空気を読む能力……みたいなのもTRPGでは養われるのかもしれないな。とはいえ呼子先輩は、その辺全然無視してそうではある。長所や短所、補い合ってるんだなー、みんな。

 なんていうかこう、コミュニケーションのゲームなのかもね、これ。

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