第10話 ダメだ
GM:さてここで、ドラゴンに近接したスタンド4に、こちらも準備行動として特殊なスキルを発動させていただきますね。
スタンド4:なんでしょうGM、どうぞ。
GM:『噛みはがし』という
ゲイル:えっ。っていうことはガチムチのおっさんが出てくる!
スタンド4の中から姿を現す、髭面筋肉のナイスおっさん。親指を立てて「よう」なんて言ってる。
『愛慕』の感情を抱いている俺ことゲイル、目があって複雑な気分。
スタンド4:おっさんじゃないよ、あっちゃん。
ゲイル:え? でもガチムチでしょ? もっと若い感じなのかな。
スタンド4:キャラクターの外見説明には『ガチムチ』しか書いてないけど、これって鎧を着た時の見た目の話なんじゃない? データ的には小人族の女の子だよ。
ゲイル:小人族の女の子??
名前と戦闘データ以外は『ガチムチ』しか情報がないかと思ったスタンド4だが、よく見ると種族と性別は書いてある。
ということで、破れた装甲の下から急にちんまりとした女子が出てきた。思いの外……せいかに似てる。
ハンドレ:小人族は魔法防御力が高いし、データ重視のくるるんが選択するのも、わからなくはないね。
ターセン:さすが、データをじっくり見る子は気づくねえ、いろいろと!
スタンド4:皆さんが無頓着すぎるのではないでしょうか。
ターセン:だって先代までは全員男だったからさー。
ゲイル:先代……?
GM:ルンさんが今までに作った、盾キャラの戦士のことです。今回は四代目なんですよ。
ゲイル:この4って数字、ナンバーだったんすか!?
ハンドレ:あっ、やったねゲイル。これで君のスタンド4への『愛慕』も、だいぶ無理がなくなってきたんじゃない?
ターセン:キーッ!! ゲイルがスタンド4を見る目が変わったよ! あたしのゲイルを! この泥棒猫っ!
スタンド4:猫はそちらではなかったでしたっけ。
ゲイル:あ、あのー。これでみんな準備行動終わって、俺は落ちてる本のところにまで移動したんですよね。それ、読んでみたいかなーって。
GM:ええ、そうですね。そちらの処理を進めましょうか。
ゲーム中の関係性表で作られた、ヤブヘビ三角関係のことは置いておいて、俺は重要そうな情報についてまずはGMに聞くことにする。
なんか俺も建設的な進行役が板についてきたな。先輩たちが引っ掻き回したがりなので、しょうがないことなんだけど。
GM:書物に記された情報は、先ほどの研究室の話の続きですね。肉体や精神の研究によって、『妖しの羊飼い』は心と体を引き剥がす秘術を得ました。その結果ドラゴンを従えるまでに至ったものの、この術にはいくつかの致命的な欠陥があるということが、書かれています。
ゲイル:欠陥? っていうと?
GM:不自然な方法で失ってしまった心と体について、被験体は常にこれを求めています。故に心を揺り動かし、肉体を目覚めさせるようなことがあった場合、被験体は正気に戻ってしまうのだそうです。
ゲイル:……? 話がいまいち飲み込めないんですけど……?
GM:ご安心ください。要はどういうことなのかを、これから説明いたしますので。あなた達がふたつの条件を満たすことで、このドラゴンは『妖しの羊飼い』の支配から逃れて、敵ではなくなります。その条件のうちのひとつが、失われた肉体の目覚めです。
そこまで聞いて思い至って、ぽんと手を打つ空飛ぶ右腕。
片手なので、打ち下ろしても受け止める手のひらがない。でもひらめいたのは事実だ。
ハンドレ:……これ、ひょっとして。途中で拾った竜の鱗が関係してるんじゃない? 『積み重ねの試練』の部屋で、瓦礫の下から出てきたやつ。
GM:ご名答です。攻撃判定でそれをドラゴンにぶつけると、条件がひとつクリアされますね。
ターセン:あたしが持ってる! これ当てればいいのね?
GM:一発勝負なので、全力で当ててくださいね。
ターセン:……外すとどうなんの?
GM:条件クリアならずで、ドラゴンは正気に戻らず、真剣勝負で戦っていただきます。
ターセン:まじかー。なんかこの子も操られてるのかって思うと不憫になってきたから、あんまり戦いたくないなあ。『必中魂』残しときゃ良かったか……。
だんだんゲームに慣れてきてから振り返ると、シナリオ中一回しか使えない絶対命中スキルを、最初のザコで使ったのは、やっぱり良くなかった気はする。
俺もあれは気持ちよかったですけどね?
スタンド4:GM。しかももうひとつ条件があるように、先ほどお話していましたが。
GM:そうなんですよ、もうひとつあります。心を動かすような出来事……の方ですね。
スタンド4:そちらの条件の難しさによっては、竜を正気に戻すことを諦めて、戦うほうを選択するのが最善かもしれませんので。ご説明をお願いします。
GM:わかりました、説明しましょう。おお、なんだか興奮してきましたね。さて面白いことになってきましたよ……! こういう形になるとは想像していなかったので、いやはやTRPGは本当にどう転ぶかわからない……!
ハンドレ:あー。部長のこの感じ、なんか僕、見えてきたよ……? エモい?
GM:エモいかもしれませんねえ?
視線を交わし合って笑う、トントロ先輩と部長。なんだ?
エモいってあれだっけ。
GM:代表者一名は、シナリオ中に決めたPC間の関係性を元にして、ロールプレイを行ってください。これには特に判定は必要ありません。いかに竜の心を揺り動かすようなシーンを演出するか、それだけです。
スタンド4:判定が必要ないとなると、こちらの条件はクリアしたも同然ですね。
GM:自由にできるからこそ難しい、という側面はありますけれどね。具体的なロールプレイの内容はまあ、代表者に……お任せしますが……? うふふふふ……? 面白い分にはいくらでも面白くしてもらえれば、皆さん盛り上がって、良いのではないでしょうか?
ハンドレ:ああもう、この人こういうの好きだなあ……!
ターセン:ねー。あたしは嫌いじゃないよ、部長のそういうとこ。
ハンドレ:僕もだけどね。セッションが盛り上がる、見せ場ではあるわけだし。
GM:まあそんなわけなので、あまり気負わなくていいですから。関係性のある相手に向かって、何かこう、ロールプレイを。やってみていただけませんかね。
ゲイル:……待って。もしかして、俺がやるんですか?
GM:はい。ここで言う代表者とは、この書物を読んだあなたです、ゲイル。
いや、ダメだ。
それは……ダメなんじゃないだろうか。ダメだろう。
面白いか面白く無いかで言えばとてつもなく面白いことが起きているのはわかるけど、ダメだ。
何このゲーム……! すごい面白いぞ。サイコロのせいと、ここまでのプレイのせいと、メンツのせいで、すごいことが今、起きている。
でも、ダメだ。ああ待て待て、表情に出しちゃダメだ。また失敗しちゃうだろ!
ゲイル:へー……。なるほど、俺が……。そんな大役を。
GM:迫真の演技をしてくださいとか、そういうわけではないので。あくまでゲームで作られた関係性に応じて、一言二言でもロールプレイをしてくださいというだけですから。それに相手が軽く返してくれればいいので。いやあ、とはいえプレイヤーの負担が大きいシナリオですねえ、これは。
ハンドレ:……ホントはこのシナリオ、部長が書いたんじゃなくて?
GM:滅相もないですよ、ははは。さて、ゲイルが関係性を結んでいるのは二人。ターセンから受けている『愛慕』、そしてスタンド4に対して向けている『愛慕』です。見事に三角関係に挟まれてしまいましたねえ、なんという運命の悪戯でしょうか!
ハンドレ:部長よだれ垂れてない? 垂涎すぎるでしょ、ちょっと!
ターセン:あたしはゲイルに、どんなフラレ方をしても平気。それともあたしのアタックを受け止めて、抱きしめてくれても……? 喜んで受け止めるからっ……!
もう既にロールプレイスイッチが、がっちり入ったターセンこと、呼子先輩。
九頭竜坂呼子。デカくてエキセントリックで先生にも生徒にも目をつけられてる学内の有名人。
話してみると面白くてやっぱり変な人で、スラっとしててモデルみたいで美人で、今日一日ちょっかいを出され続けて、俺は正直、何回かドキドキしている。
そしてさすがにわかる。トントロ先輩は、この人のことを好きなんだと思う。セッション中、ずっとそんな感じだもの。
呼子先輩には完全にスルーされてるけど、あの好意を前にしたら、俺は。
フリでも、冗談でも、うまいこと……ここで恋愛めいた何かをやり取りするなんて……。
とても出来やしない。どうしよう。
どうしよう。頭がうまく回らない。
そんなに焦って緊張しなくていいやつなんだよな。
先輩たちの表情が、俺への哀れみに変わってきている気がする。それはダメだ。せっかく楽しいのにここで水を差すのはダメだ。
これ、面白いよ。それはとてもわかるよ。だからここでひとつ、このオモシロ先輩たちの度肝を抜くような一言でガツンといいところを持って行きたい。折角のチャンスだし。
ああでも、ダメだ。もっとダメだ。一番ダメ。
剣せいか。俺の幼なじみ。小柄でメガネでポニテで生徒会会計で一年で、猫を連れてる女子。
なりゆきでこのセッションに混ざって、すぐそこに座ってなんとなく一緒に、わいわいがやがや、ゲームしてる。
俺はさっき、こいつに告白してから逃げ出して、この教室にたどり着いたんだよ……。
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