第11話 龍洞赤見は失敗をよく重ねている

 昨夜は遅くまでスマホで異世界転生ファンタジーを読んでいたせいで、今朝見た夢もそんな感じのアレだった。おかげで失敗してしまった。

 人の想いを求めて研究を続けた末に、その人々に恐れられ、追いやられ、封じられた先でただ一人。竜や人造生命ホムンクルスと心をつなぎあわせて暮らしていた、悲しき魔王。その名も『妖しの羊飼い』。

 やがて彼は冒険者一行に退治されてしまい、「我、想いを紡ぐこと、叶わず……」と残して息絶えてしまう。

 一気読みしたこの話に感動した俺は、「伝えたい想いは何らかの形で伝えなければいけないな」と心に刻んで、興奮気味にベッドに潜り込んだ。

 夢の中でも無念を訴える『妖しの羊飼い』に出会い、想いというものはいつまでも秘めて相手に伝わるのを待っているようではいけないんだなと、強く強く、勝手に一人で思い込んだんだ。


「俺、せいかが好きなんだ」


 放課後。

 授業が終われば特にやることのない帰宅部の俺が、下校前に幼なじみの剣せいかに出会って、階段の踊り場で、ふと二人きり。

 思わず、告白してしまった。


 ……せいかのことは、好きだ。それは俺にとって、間違いないことだ。

 でも、その想いの大きさとか、伝えるべきタイミングとかについては俺自身も良くわかってなくて、なんかこう、勢い。

 それっぽく言うなれば、『妖しの羊飼い』の人心掌握の秘術に踊らされて、俺はせいかに告白してしまった。

 それっぽく言っただけだ。単に、舞い上がってたんだ!

 ほんの少しのめり込みやすい性質たちで、こんな失敗をよく重ねている俺は、その時……青い顔をしていたか赤い顔をしていたかよくわかんないままに、逃げた。

 黙ったままで不思議な顔で見つめてくるせいかと一緒にいて、いたたまれなくて。

 背後から「えっ」とか「あっちゃん」とか「にゃー」とか聞こえたかもしれない。

 追っかけられてそれ以上追求されるのが怖くなって、なんというか、その場しのぎに? 早足で? 逃げたんだよ?

 そうしたら逃げた先の教室で、TRPGなんてやってる人がいると思わないでしょ。一緒に遊ぶとは思わないでしょ。

 遊んでたら教室がメリメリバタンってダンジョンになるとも思わないし、ましてや、そこにせいかがやってくるとか。

 欠けたメンツの代わりに入るとか!

 いや明日も通学路で顔は合わせるから、この気まずさはゲームの勢いで適度に流したらいいんじゃないかなって、思ってたら! これだよ。

 そんな。俺に。

 今。

 『愛慕』のロールプレイをしろと。せいかに対して。

 もしくは、トントロ先輩の片思いの構図が目の前で展開されている、呼子先輩に対して? ラブラブロールプレイ? するの?

 だって呼子先輩、絶対ハイテンションで俺に抱きついてきたり、フられたら泣いたりするよね。俺その後どうするの。

 こんなことになると、思わないでしょ。本当にもう、どうするの、俺。

 このまま突然走り去ってしまう方法もあるかもしれないよね。だけど、こんなにTRPGが面白いとは思わないでしょ。

 ここでやめたくない……! これ、めちゃめちゃいい展開でしょ……?


「……サイコロで決めてもいいですか。スタンド4と、ターセンの、どっちに向かってロールプレイするか」


 悩んだ末に俺が一旦出した答えを聞いて、先輩一同が身悶えする。えっ、これダメ?

 ああでも、体をよじってる先輩たちが「ダイスで決めることを選択……!」「TRPGゲーマーの誕生に立ち会ってるよ僕ら……!」「垂涎……!!」とか言ってるから、間違ってないのかも。


「し、失礼。歓びのあまりに全員のたうち回ってしまいました。もちろん構いませんよ。いやあゲーマーですねえ、龍洞くんは。ここで運を天に任せますか!」


 GMの許可が下り、やんやと先輩方から喝采が飛ぶ。せいかはクールに俺をじっと見つめている。

 うん、やる。俺はやる。せっかくだからやろう。どうなるかは、サイコロ任せだ。


「振った目が偶数だったら、スタンド4に。奇数だったらターセンに……ロールプレイします」


 そう宣言してサイコロを両手に握り、手のひらの中でコロコロと振る。

 えいっと卓の上に投げると、サイコロはくるんくるん回り、偶数なのか奇数なのか、なかなか結果が出ずに踊り続けた。

 俺もみんなも固唾を呑んで一点集中。出目を見守る。


「にゃー!」

「あっ!」


 すっごい邪魔が入った。猫の手だ。

 みんながサイコロの動向に目を奪われていたおかげで、ロードスがいつの間にか起きてきて、じゃれつこうとしっぽを振って待ち構えてただなんて、その時、誰一人気づきもしなかった。

 そのままサイコロを前足でぱしんぱしん叩いて転がして、出た目が偶数なのか奇数なのかわからないままに廊下に飛び出していく、ロードス。

 観測結果をなしくずしにしてしまうシュレディンガーの猫……!


「あーっ!! いつの間にかこいつ、あたしのお道具箱も引っ張りだして、ぐちゃぐちゃにしてるじゃないか! 紙粘土が! ピンセットが! 装飾用の小物も……! 散らばってるー!」

「……すみません、九頭竜坂先輩。ロードスがこんな悪さを……。わたし、捕まえてきます」

「いいよ、せいか。俺が行くから。せいかは呼子先輩の片付け手伝ってて」


 すっくと立ち上がって、教室を出る俺。運命の行く末をわからなくした、ロードスを捕まえに。

 せいかはこの猫に超なつかれてるけど、基本的にどんくさいので、捕まえるのは俺のほうが慣れてる。高いところに登られたら、せいかじゃ手が届かないし。

 それに……頭を冷やしたかった。

 よく考えたら俺、このまま廊下を抜けて帰っちゃったほうが良いんじゃないかなあ?? それが正解じゃない? この場合??

 ……いや、そうじゃないのかな。サイコロで決めるべきところじゃないのかも、しれない……。

 ロードスはすぐに見つかったし、すぐに捕まった。隣の教室のドアの溝にサイコロがはまったらしくて、一箇所をずっと叩いている。サイコロと猫をまとめて手に入れた俺。

 斜めになって止まっていたサイコロは、出目がいくつなのか、わからなかった。


「あのさ、龍洞くん。平気?」


 背後からそっと声をかけてきたのは、トントロ先輩だった。どうやらこの人、教室から俺の後を追って来ていたらしい。

 他のみんなはおそらく、ロードスが散らばらせた呼子先輩のミニチュア作成キットを、手分けして拾ってる。

 なので、廊下で二人きり。声を潜めた抑えめのトーンで、トントロ先輩はこんなことを言ってきた。


「僕の勝手な思い違いだったら、悪いんだけど。気を遣ってるんじゃないかな……って思ってさ」

「えっ……! え? あ、そんなふうに見えました? 俺?」

「見えないこともない、っていう感じ。僕に対してなのか、せいかちゃんに対してなのか、その辺は僕の知らない事情もあるかもしれないけどさ……。気になっちゃってね。それが聞きたくて、追ってきちゃった」

「いや、そんな! す、すみません。なんか」

「ううん、謝ることないって! むしろこっちが悪い気がしてるんだ。ほら、呼子さんはあの通りニブめの人だし、部長はゲームの事になると見境なくなることあるから……。この後のロールプレイ、やりにくかったら断ってもいいんだよ?」


 うわあこの人。いっぱい察してる。

 ニコニコしながらボケ続けて場を繋いでばかりだけど、それだけじゃない。

 えー、もう……! 性格までイケメンかよ、こいつめ……!


「……大丈夫です。ロードスも捕まえたし、早く教室戻りましょう。俺、続きやりたいですし」

「……そっか! ごめんね、変なこと聞いちゃって。龍洞くんがそう言うなら、戻ろうね」


 ということで、俺、龍洞赤見。

 一度告白して自分から逃げたその相手が待ち構える教室に、戻る。二度目の逃げるチャンスをふいにする。

 セッション再開。「廊下まで追っていったら出た目は偶数だったので、スタンド4にロールプレイをします」と、GMに告げた。


「行動宣言をしたところですみませんが、龍洞くん。ダイスが卓の下に転げ落ちた時は、振り直しをするのがマナーなんですよ。それに、GMが出目を確認していませんし」

「あ、でも部長。出目は僕も確認しましたよ。サブGMだし、僕が代理で見たということならいいでしょ?」

「おお、頓田くんがそう言うならば。それに……そもそも、龍洞くんの自由意志で決めていいところを、ダイスに頼っただけですしね。わかりました、認めましょう」


 本当は出目は決まっていなかったので、俺が適当に「偶数でした」と言っただけだ。それにトントロ先輩がアドリブで合わせてくれただけ。

 もー……何だこの人。後でアイス奢ろう。

 そう、出目はわからなかったので、どっちにするかは俺が決めたんだ。頭を冷やして、考えなおして、そう決めた。

 こんな機会がもう二度とあるわけがない。だったらチャンスなんだと思った。

 俺は、スタンド4のプレイヤーであるせいかに向かって、『愛慕』のロールプレイを、する。


「こういう状況だから、あの、言わないといけないと思って。今、この場で、感情を表に出す必要が……あるんだ」


 卓上の魔法使いのフィギュアを手に取って、せいかのほうに向けた。

 今喋っているのは龍洞赤見ではなく、ギャックス・ゲイルなのであり、剣せいかではなくスタンド4に話しかけているのだと、わかりやすくするために。

 だけど見つめている目は、俺の目で、見つめ返すメガネ越しの目は、せいかの目だ。だからもう、どっちがどっちかは正直俺には、わからない。

 魔法使いのフィギュアをつかむ手に力がこもる。

 魔法の杖をつかむギャックス・ゲイルの手にも、同じく力がこもる。

 竜や、霊や、魔物や仲間がいる、ダンジョン内で。見習い魔法使いはたどたどしく喋る。声が洞窟内で反響している。

 覚えたての呪文を口ずさむよりも、もっとつっかえつっかえで、戸惑いながら。でもはっきりと、聞こえる声で。

 大事なことを、ただ一言、告げた。


ゲイル:すっ……好きなんだ。あなたのことが。

スタンド4:……。


 竜に鎧を引き剥がされて、小人族の女の子としての姿を表した、スタンド4。今はその竜とたった一人でぶつかり合って、足止め役を買って出ている。

 そこに突然の告白というのはあまりにも場違い。だけど戦場指揮で場の流れをあらかた把握している彼女は、『妖しの羊飼い』の書物を読むなりゲイルがそんなことを言ったので、この告白には意味があるのだと察したようだった。

 しかも、対峙しているドラゴンが、今の言葉を聞いて様子がおかしい。人と人の想いのぶつかりが、光の筋に視覚化されて、ゲイルとスタンド4を結ぼうとしている。

 この真紅の糸の輝きを見て、竜は目を覚ましかけているのだ。


「……」


 無言のままで卓上にぐいっと伸ばされる、一本の腕。せいかの腕だった。

 せいかの行動を前にして、俺の意識は教室内に引っ張り戻される。

 スタンド4を表している騎士のフィギュアを手に取ったせいかが、俺の方へとそれを向けてきたのだ。

 向き合う俺とせいか。それと、各々の手に持たれた、魔法使いと騎士のミニチュア。


スタンド4:ああ。知ってるぜ。


 俺ことゲイルの告白に対し、一言、そう述べて、せいかはフィギュアを卓上に戻した。

 そのまま先輩たちの顔を、静かに見渡す。


「……と、スタンド4なら、言うのではないでしょうか。これがロールプレイというものなのかは、まだわたしにはわかりかねますが」

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