第5話 あなたとわたしのコネクション

 神来かみくを寝床に置いて帰ってきた、銀髪オッドアイイケメンが、中折れ帽の部長に意外そうに話しかける。


「関係性とか決めるんだ! このシステムだとあんまり使わないルールですね。あれあれ~? これはこの後のシナリオの展開に関係するとかかな~?」

「頓田くんがメタい読みをかましてきますね。どう転ぶかはお楽しみに」

「ていうか部長、あたしらがどういう経緯でダンジョンに来たかも、結局ちゃんと聞いてないんだけど。村人の依頼だったよね? 具体的に何頼まれたの? さっきの竜、何?」

「おお、そうでした。戦闘後に話すつもりでしたので、そこも合わせて説明しましょう。ついでに関係性も決めておけば、どういう成り行きでこのパーティーがダンジョンに来たかもわかりやすく、全てが丸く収まります」

「やり忘れていたことをうまく繋げて回収する、部長のGMポテンシャル素敵! キャー抱いて!」

「では皆さん、座りの順で関係性を、サイコロでランダムに決めてまいります。時計回りに、四人の関係をぐるりと一周繋げる形です」


 目をハートにしているトントロ先輩を放置し、部長はルールブックの『関係性表』と書かれたページを開き、俺たちにサイコロを振らせた。

 まずはトントロ先輩の右腕こと、セント・ライト・ハンドレが、くノ一のターセンをどう思っているかだ。


GM:関係性は『忠義』ですね。

ターセン:実際の関係性に近いねこりゃ。

ハンドレ:ターセン殿、この右腕めに、なんなりとご命令を……!


 続いてターセンが、俺のゲイルをどう思っているか。


ターセン:『愛慕』だってさ。

ゲイル:えっ?

ターセン:ねえ、ゲイル……! あんたのことを思うとわたし、胸がキュンと来ちゃうわ……!

ゲイル:わっ、あのっ、やめてください脱がないでください先輩!

ターセン:脱いでないけど。

GM:龍洞くんはほら、思い込みが強いタチのようですから……。くノ一から勝手に連想したんでしょう。

ハンドレ:ターセンからの愛慕いいなあ! イーナー!!

ターセン:お黙れハンドレ。

ハンドレ:かしこまりましてございます。


 どこまでがボケでツッコミでロールプレイで本心なのかわからない状態のまま、続いては俺の番だ。

 ギャックス・ゲイルがスタンド4をどう思っているか。


ゲイル:本体プレイヤーが寝てるんすけど。

GM:悪習ではありますが、我々にはいつものことです。出目は……先程と同じですね。ということはつまり。

ゲイル:俺、スタンド4に『愛慕』の感情を抱いてるって言うことですか!??

ターセン:仲間内に複雑な三角関係が渦巻いてきたね。いいよいいよ!

ハンドレ:スタンド4のキャラ説明の欄、『ガチムチ』しか書いてない。これはややこしいことになってきたね、ゲイル!


 楽しそうに俺の肩にぽんと置かれる手は、空飛ぶ右腕だ。

 この右腕はくノ一に忠誠を誓ってて、そのくノ一が俺に惚れてて、俺はといえばガチムチ鎧に恋焦がれてる……?? なんだこりゃ?


GM:では最後、スタンド4がハンドレをどう思っているか。頓田くん、代理でサイコロを振ってください。

ハンドレ:おっとこんなところで6ゾロ出しちゃった。え? 関係性表に『内に秘めた明確なる殺意』って書いてあるよ?

ターセン:急に一人だけ文章じゃないの。良かったね、特別扱いだよハンドレ。

ハンドレ:ターセン殿! このハンドレめがガチムチ鎧に殺されます! お助けくださいターセン殿!

ターセン:うるさいあっち行け! あたしはゲイルとイチャイチャすんのー。


 抱きついたくノ一の胸元が、俺の顔をぎゅむっと埋める。

 これは俺の妄想の異世界の話のはずなので、本当の呼子先輩が抱きついてるはずではないんだから、俺は落ち着け! そもそも呼子先輩にはこんなに恵まれた女の武器は備わっていなかったはずだろ! 落ち着け……!


GM:そんなあなたたちがこのダンジョンに来たのは、村人からの依頼を受けたからでした。

ハンドレ:このカオス感の中でめちゃめちゃ普通に導入を話し始めた。

ゲイル:そんなあなたたちって、どんなあなたたちですか!? 三角関係と殺意と忠誠が複雑に絡んでるんすよ??

ターセン:まあ、ランダムで作った関係のややこしさはあんまり気にしないでもいいよ。TRPGではよくあることだから。

ゲイル:よくあるんだ……。

GM:村人のスティーブは言いました。かつて『妖しの羊飼い』と呼ばれた魔道士が、篭もっていた魔城。その封印が解かれてしまい、魔道士の力が漏れ出して、このままでは世界を破滅に導くと。そこで白羽の矢が立ったのが……。

ゲイル:我々でいいんですか!? 仲間内で揉めまくってそうなこんなメンバーに、世界を救わせます? しかもレベル1ですよ?

ハンドレ:だんだんツッコミの勢いが良くなってきたね、ゲイル。

ゲイル:だってほら、普通のRPGならスルーして進むような部分でも、この遊びだと直にGMに問いただせるじゃないすか! それがなんかこう、面白くて、つい。


 俺がそう言うと、皆が口をそろえて「うんうん」「いい傾向」と笑って肯定する。

 現実の先輩たちも異世界の仲間たちもまとめて頷いたので、倍の同意を得たような気分だ。


GM:そうした疑問に応えていくのもGMの役割です。何故、適切でないあなた達に頼んだのかというとですね。まだ『妖しの羊飼い』の力が漏れ始めたばかりなので、被害が少ないところだからです。あなたたちでもきっとやれるはずです。スティーブはそう言いました。

ゲイル:スティーブさん、我々を買ってくれてますね……。

ターセン:これ単に、他に頼めるアテがいなかったんじゃないかしら。

GM:まあかくして皆さんが、廃城に足を踏み入れたところ、早速罠で地下室に落とされて敵が襲ってきた、というのが現状です。

ハンドレ:もう罠にかかっている……? スティーブさんの信頼が揺らぐ……!

ゲイル:だ、大丈夫なんすか、こんなんで?

ハンドレ:大丈夫大丈夫。なんていうかこの辺は、帳尻合わせの導入部だからさ。三角関係や殺意で揉めてる間に、罠にかかって全員落ちたのかもね。


 なるほど、決まった設定をそんな風につなぎあわせて、話を組み立てていくのか。

 俺たちは与えられた情報を元に探り探りで、部長さんもシナリオ全体を読み込めていないみたいで、お互いにわからないところもあるみたいだ。

 それにサイコロのランダム要素もあるわけだし、これをくっつけていくのはなんだか、特殊なパズルゲームみたいだな。


ターセン:いや、それでGM。結局ドラゴンは何なの? あれ多分また出てくるよね?

GM:さあ、どうでしょうか。『妖しの羊飼い』の研究内容についてはスティーブを始めとした村人もあまり知らず、ドラゴンについては皆さんも聞かされていません。それを知るのもこのシナリオのキモ……といったところでしょうか。


 GMは状況説明を終えた後、マップを示すタイルを繋ぎ直して、ダンジョンの新たな様相を俺達に提示する。

 火竜の首が引っ込んだ扉の先には、一本道。道の先には更に三つの扉と、二つの試練が待ち構えているという。


GM:ここで皆さんを案内する、人造生命ホムンクルスのNPCが登場します。

ターセン:どんなやつ?

GM:ええと、そうですね。何の変哲もないスティーブという人物です。

ゲイル:さっきの村人じゃないすか!

ターセン:部長の汎用NPCノン・プレイヤー・キャラクターで、どこにでも出てくるのよ、スティーブって。

GM:いやはや、ロールプレイは苦手なもので、引き出しが少なくお恥ずかしいです。スティーブはやめて、いつものアレでいきますかね……。


 そう言うと部長はシナリオの一部をメモって、トントロ先輩に手渡した。流れるようにそれを受け取り、甲高い声でまくし立てるイケメン。


ハンドレ:おほほほほ! グズグズしてんじゃないですわ侵入者ども! わたくしの案内に付いてきなさい!

ゲイル:えっ……? あれ、これなんですか、ハンドレどうしたの??


 異世界から一転して、教室の机の上。部長からもらったメモを皆に見えるように置きながら、「わたくしは今、ハンドレではないの! 謎のお嬢様、トテッキだわ!」と頓田先輩。

 メモには「小憎らしい人造生命ホムンクルスの案内係。名前は適当に」と書かれていた。


「頓田くんは演技力がずば抜けていまして、GMが得意でないNPCのロールプレイに関しては、このようにお任せしているんですよ」

「GMの負担軽減のための、サブGMって感じのアレね。つってもトントロはシナリオ読まずに適当にアドリブでそれっぽいこと言ってるだけだから、あんまり真に受けないようにしな、龍洞」

「いらっしゃい、あなたたち! このダンジョンの試練で全員すりつぶしてあげるわ!」

「いやそこまではいきませんよ。頓田くん、もう少し抑えめでいいです」

「すりつぶしはいたしませんわ。おほほ、わたくしとしたことが……」


 しゃなりと挨拶をするトントロ先輩。

 もともと中性的な顔立ちってのはあったけど、にしてもすごい。身のこなしや声の出し方が本当に女性みたいだ。

 更には声色を使い分けつつ、「あらこんなところに失敗作のはぐれ人造生命ホムンクルスがいるわ」「僕は違うよ! 神聖なる右腕・ハンドレだ!」と、一人二役でかけあいをしてみせる。

 まるでそこに別個のキャラクターがいて、会話しているかのように。

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