第14話 結局俺たちは
休憩を終えて再び見回りに戻ることになった。
翔子は相変わらず三人で回ろうと言いだすかと思っていたが、意外にも三人で分かれて広範囲を見回りしようと言いだした。当然麻衣は賛成し、俺も特に異論はなかった。
とりわけルートなどは決めず今まで通り適当にドリームランド内を歩くことにした。
三○分ほど歩き回って見たが、迷子の子供は一人も見つからなかった。
途中、一人でいる子供などを見つけたら少し様子を見てみたが、家族と同じ店に入って家族の買い物が終わるのを待っているケースが常だった。
このまま何もないならそれが一番なのだが、何かこう、今までのボランティアと違って何も起きないまま一日が終わるのは少し味気ない気もした。
そのとき、微かに鈍い電子音が聞こえた。
『――あー、あー。テステス。こちら翔子』
無線機から翔子の声が聞こえてきた。俺はイヤホンをつけて正確に声を拾えるようにした。
「どうした」
『D21エリアで迷子を発見。大至急応援求む』
「……応援? 俺じゃなくて迷子センターに連絡しろよ」
『いいから早く――あぁ! まずい! ぐわーー』
ブツンと無線が途切れた。なんだこのウソ臭さは。こちらから無線をかけ直してみても応答はなかった。
嫌な予感がしまくっていたが、無視するわけにもいかないので仕方なくD21エリアへ向かう。幸いさほど遠いわけでもないので、数分で到着できるだろう。人込みをかき分け、小走りで目的地に向かう。
D21はイベントエリアだ。大きな屋外ステージがあり、多くの人垣が出来ていた。行列を隅から巡に確認していくが、翔子の姿はない。
「翔子、ついたぞ。どこだ」
相変わらず翔子からの返答はない。再びエリアを捜索するが、翔子の姿は見つからなかった。まさか本当になにか事件に巻き込まれたのでは、と不安が胸をよぎる。その時。
「雄一さん!」
麻衣がこちらへ駆け寄ってきた。ひどく慌てた様子だった。
「お前も来たのか」
「あの、翔子さんに無線で呼ばれたんですけど」
「俺もだ」
二人で訳が分からず困惑していると、不意に俺の無線のランプが赤く点灯した。
無線をオンにしてイヤホンをつける。翔子の声が聞こえてきた。
『恋に迷う少年を発見。彼の名は平野雄一。これよりエスコートを開始する』
「戻るぞ麻衣。翔子の嫌がらせだ」
あまりのくだらなさに呆れを通り越して脱力してしまった。あいつは本当にどうしようもない奴だな。
俺が来た道を引き返そうとしたそのとき、屋外ステージから大きな炎の柱が幾つも立ち昇った。盛大なファンファーレが鳴り響き、会場に集まっていた客が一気に歓声を上げる。
「あ、サーカスショーが始まったみたいですね」
翔子の奴……時間を合わせやがったな。
ここからでも遠巻きながらサーカスは十分見える位置だ。くそ、手の込んだことしやがって。
『川瀬さんのためだよ雄一。傷心中の川瀬さんを楽しませるのも今日の目的の一つでしょ?』
声に混じって、微かに翔子の喉が鳴る音が聞こえた。無線越しでも、あいつが笑いを必死にこらえているのが分かった。
「……少し見ていくか?」
「いいんでしょうか。サボりになっちゃうんじゃ……」
「いや、翔子が代わりに俺達の分まで見回りしてくれるんだと」
『は?』
「そうだったんですか。じゃあ……ちょっとだけ見ていきましょうか」
麻衣は子供のように目を輝かせながらステージを眺めていた。
舞台裏からピエロが現れ挨拶を始め、そこから玉乗りをしてのジャグリングや輪くぐりなどの軽い演目を終え、虎を使っての曲芸やら空中ブランコやら、様々なパフォーマンスが続いていった。
俺も普通に感心するような迫力で、演者たちが技を決める度に客席からは歓声があがった。麻衣もサーカスに夢中になっているようで、度々「おおー」やら「うひゃあ」やら声をあげていた。
麻衣が誰か他人を喜ばせている姿はいつも目にしているが、こうして麻衣自身が楽しそうしている姿は、思えば珍しい気がした。
こうやって無邪気にはしゃぐ姿は和樹そっくりで、やはり弟姉なんだと思いだしてしまう。
『あんたここで行かないと男じゃないよ』
うるさい女さえいなければ純粋にサーカスを楽しめるのにな。
『いい? まずは右手で川瀬さんの顎をくいっと上げて自分の方に向けるの。そして耳元でこう囁くのよ。麻衣、君の瞳はどんなパフォーマンスよりも俺の目を惹く――』
無線を切る。
「どうかしたんですか雄一さん」
「いや、うるさい蝿がいたから追っ払った」
「そうですか。――? え、あ、はい」
麻衣は何か独り言を呟くと、俺の目をじっと見つめてきた。
「雄一さん、これ以上私の心をジャグリングするのはやめてくださ――これどういう意味ですか?」
「無線を切れ」
サーカスは一時間ほどで終了した。惜しみない喝采を送る観客や麻衣と共に、俺も拍手をした。ぞろぞろと会場から人が溢れてくるのを見て、俺たちもその場所から移動することにした。
「凄かったですね、サーカス」
「ああ。俺も見たのは初めてだけど、楽しいもんだな」
「はい!」
麻衣は小さくスキップしながら歩き出した。俺はその光景を微笑ましく見守りながら、今日のボランティアに麻衣を連れてきてよかったと思った。
今まで麻衣にとって休日は和樹のお見舞いかボランティアをする日だっただろうし、たまには麻衣自身が楽しむ休日もないとな。
「ママー、凄かったね!」
「ええ、本当に」
「僕、将来はピエロさんになる!」
「ははは。せっかく目指すんならもっと上を目指しなさい」
ステージから出てきた人の群れの中に、一組の親子がいた。両親に手を引かれ、幼い子供が楽しそうに歩いていた。
「……」
麻衣はそんな親子を物憂い顔で静かに眺めていた。
「……和樹にも見せてあげたかったな」
「……今まで家族でこういう場所に来たことないのか?」
「和樹はもともと身体があまり強くありませんでしたから。あまり遠出とかはしたことないです」
「……そうか」
麻衣はしばしその場に立ちつくしていた。和樹との思い出を思い返しているのだろう。麻衣は俺に見えないように目頭を拭うと、
「天国にも、サーカスとかってあるんでしょうか」
俺にとって何よりも心を抉る一言を発した。
「……さあな」
「天国からはこっちの世界を見たりできないんでしょうか。もし見れるなら、きっと今のサーカスも見てましたよね」
「……さあな」
「雄一さん?」
そのとき、不意に子供の泣き声が聞こえてきた。
俺と麻衣が同時に声の方向へ振り向く。一人の小さな少年が、道端で大声をあげて泣いていた。俺たちは急いでその少年の許へと駆け寄った。
「どうしたのボク? お父さんお母さんは?」
麻衣が優しく声をかける。少年はぐずぐずと鼻をすすりながら、首を横に振った。
「はぐれちゃったの?」
「うん……」
「君、名前は?」
今度は俺が尋ねた。
「……隼人」
「隼人君かぁ、お父さんお母さんとどこではぐれちゃったか分かる?」
麻衣が隼人の相手をしている間に、俺は無線で迷子センターに連絡を入れた。
「――平野です。D21エリアで迷子の男の子を一人発見しました。名前は隼人君です」
『その子の特徴を教えてください』
「小学校低学年で、小さいリュックを背負ってます。服は赤いTシャツに短パン、靴はスニーカー。両親とも園内にいるようです」
『――わかりました。一度こちらまでご案内してください。何か問題が発生した際には連絡をお願いします』
「わかりました」
俺は無線を切ると麻衣に声をかけた。
「迷子センターまで連れていくぞ」
「はい。ほら隼人君、一緒にお父さん達探しに行こうね」
そう言って麻衣が隼人の手を引こうとすると、隼人は身体を揺らしてその手を振りほどいた。
「おなかすいた」
「は?」
思わず気の抜けた声が出てしまった。
「おなかすいたの」
「隼人君、お昼は食べてないの?」
隼人は頷くと地面に座り込んでしまった。麻衣は困り顔で俺の顔を見た。
「隼人、まずはお父さん達を見つけよう。そしたらご飯が食べれるぞ」
隼人は首を横に振って駄々をこね始めた。それから何度か説得をしてみるも、隼人はそこから一歩も動こうとしなかった。
「どうします?」
「迷子センターに連絡してみるか?」
「何か食べ物を買ってきてあげましょうよ」
「別にそれでもいいけど……いや、無理か?」
俺は周囲を見回した。時刻は昼過ぎ。まさに昼食時のピークだ。どこの店も満席で今すぐ買えるようなものはないだろう。
「――あ。あそこはどうですか?」
麻衣が指さした方向には、ドリームレストランという看板のかかった大きなレストランがあった。三階建てで外から窓ガラス越しに店内の様子が窺えるが、少なくとも窓際の席が空いている。あれだけ大きなレストランならすぐに満席にはならないだろうし、少し待てば一席くらいすぐに空くかもしれない。
「隼人君、あそこでご飯食べようか」
麻衣の提案に、隼人は泣きやんで頷いた。麻衣は笑顔で隼人を地面から立たせた。
「私、この子とあのレストランに行ってきます。申し訳ないんですけど、雄一さんは迷子センターの方に連絡をお願いできますか?」
「俺はいいけど……いいのか? そこまでしてやって」
「はい。私、この子に何かしてあげたいんです」
麻衣はそう言って隼人の頭を撫でた。
「……」
歳の頃は和樹よりも更に幼いくらいだろうか。麻衣は無意識の内にこの子を和樹と重ねているのかもしれない。弟とこうして遊園地を回ることを、心のどこかで夢見ていたのだろうか。
「――よし、じゃあその子は任せた。何かあったら連絡してくれ」
俺はそう言って麻衣の許を離れて迷子センターに向かった。一度だけ振り返ってみると、麻衣と隼人が本物の弟姉のように手をつないでレストランに入っていくのが見えた。
「うーん、あまり勝手なことはしてほしくなかったんだけど……」
中年の男性社員に少し渋い顔をされたが、俺はひたすら頭を下げ続けた。
「申し訳ありませんでした。ただ、子供が空腹でその場から動きたがらなかったので」
「そういう場合はこちらに連絡を……うーん、まあいいか。とりあえずこっちで園内放送流すから、もう一度その子の特徴教えてもらえる?」
俺は隼人の特徴を男性社員に伝え、その後一つ二つ確認をしてから許しを貰って迷子センターの外へ出た。
あとは麻衣の帰りを待つだけだ。何ならこっちから迎えに行ってやってもいいか。
「お、雄一。ここで何してんの?」
そこへ翔子がやってきた。傍らには小さな女の子を連れている。
「迷子か?」
「うん。お化け屋敷から逃げてきて両親とはぐれたんだって」
「ちゃんとボランティアやってるんだな」
「さすがに放置はまずいしね。そっちも迷子? ――あれ、川瀬さんは?」
訝る翔子に俺は「とりあえずその子を預けてこい」と促した。その後、迷子をセンターに預け終えた翔子に事情を説明した。
「なるほどね。さすがというかなんというか。私には真似できないね」
「あいつがしたいことなんだ。させてやればいいさ」
「ほほーう。さすが雄一君は川瀬さんの理解者ですな」
ニヤリと口を歪ませて翔子が俺に擦りよってくる。
「……なんだよ」
「で、どうなったのよ」
「何がだよ」
何を訊きたいのかは察しがついたが、とりあえず確認しておくことにした。
「告った?」
「いいや、普通にサーカス見た」
「その後は?」
「迷子を見つけた」
翔子はこれ見よがしに深いため息を吐くとやれやれと肩をすくめてみせた。
「このヘタレ」
「何度も言ってるけど、俺と麻衣はそういうのじゃねえって。だいたいなんでお前はそこまで俺達をくっつけようとするんだよ」
いい加減こいつの中学生みたいなノリについていけなくなってきた。
「だってさ、あんたって昔は本当に偽善者のこと嫌ってたじゃん。私最初、川瀬さんは絶対その類の人だと思ってたのよ。あー、この人絶対雄一とソリ合わないだろうなーって。そしたらいつの間にか意気投合して一緒にボランティアまでするようになってさ。驚いちゃった」
「……」
「雄一がそういう風に誰かに固執してるところって今まで見たことなかったから、興味沸いちゃって。あんた達の事を観察してたら、私気付いたの。ああ、この二人は似た者同士なんだってね」
似た者同士……そうなのかもしれない。
結局俺たちは同じ事、同じ考え方を、違う視点から話していただけなのだろう。
だから最初は真っ向から衝突して、でもすぐに相手のことを理解できて、そして、こうして同じ道を進んでいけるようになった。
麻衣は人の善意をまっすぐに見て受け止めていた。俺は姉さんの一件ですっかり捻くれてしまって、穿った見方しかできなくなった。もしあいつと出会っていなければ、俺はいつまでもうじうじと悩み続けていただろう。
「お似合いだと思うよ、あんた達。あんただって川瀬さんのこと満更でもないんでしょ?」
「……まあな」
俺の返答に満足したのか、翔子はにんまりと微笑んだ。
「ボランティアが終わったら一緒に観覧車でも乗りなよ」
「気が向いたらな」
それきり翔子は何を言ってくることもなく、俺も黙って麻衣の帰りを待った。
そのとき。
ドン、と腹に響く爆発音が響き渡った。
驚いた俺と翔子がその方角を見ると、遠くで黒煙が上っているのが見えた。騒然となる園内。周囲の来場客も次々と立ち止まって爆発のした方角を見ていた。
「なにあれ、爆発?」
翔子が眉を寄せる。迷子センターの中も何事かと慌ただしくなっていた。
「なんだ! どうした!?」
迷子センターの社員が無線で誰かに呼び掛けていた。
「おう。おう。――なに? 爆発事故!? どこでだ。――ドリームレストラン?」
俺の双眸が見開かれた。
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