人間レベル

橋本ツカサ

プロローグ


「やあどうも。神です」


 目の前の女の人は僕にそう言った。

 真っ白な所だった。まるで雲の中にいるようなぼんやりとした景色。そこには僕と、僕のお姉ちゃんと同じ歳くらいの綺麗な女の人だけがいた。

「……夢?」

「そう、夢だよ平野雄一君。でもこれをただの夢だと思っちゃだめだよ。今からとっても大事なお話をするからね」

「お姉さん誰?」

「私は神だよ」

 お姉さんは自慢げに、ふふん、と鼻を鳴らした。


「お姉さん神様なんだ! すごーい!」

「うんうん。すごいでしょ? 君はとってもいい子だね」

「神様はここで何をしてるの?」

「私はここで、死んだ人が天国に行くか地獄に行くかを決めるお仕事をしてるんだ」

「すごーい!」

「うんうん。そうでしょそうでしょ?」


「あれ、じゃあ……僕、死んじゃったの?」

「ううん。君は今ベッドですやすや寝てるよ。ちょっと君の夢の中にお邪魔してるだけ」

「そうなんだ。よかったぁ」

「うんうん。生きててよかった」

「どうして僕の夢の中に出てきたの?」

「そうそう、実は君たちに伝えたいことがあってね」

 お姉さんはそこで、こほん、と咳払いをして話を続けた。


「人間って死んだ後も天国か地獄で第二の人生があるんだけど、死ぬ前にどれだけ善いことをしたかで天国か地獄か、どっちに行けるかが決まるんだ」

「へー、知らなかった」

「で、みんな死んでから思うのね。『あーこんなことならもっと善行を積んでおけばよかった』って。だから私ね、考えました。この死後のシステムのことを皆に教えちゃいます! で、生きてる内にたっぷり善行を積んでくださいな。そしたら皆ハッピー。どう、グッドアイデアでしょ?」

「善行……ってなに?」

「いい子にしてると、死んだあとでご褒美があるよってこと」

「おもちゃとかもらえる?」

「もっともっと。おもちゃ遊び放題、お菓子食べ放題、週休五日で休み放題、福利厚生受け放題!」

「すごーい!」

「君は何にでも驚いてかわいいなぁ。まあそんなわけでね、私は人類全てに『人間レベル』を設定することにしました。善行には加点を。悪行には減点を。死ぬまでに自分のレベルを上げて、死後で第二の人生をエンジョイしてね!」

「はーい!」

「よし、いいお返事。じゃあ私は帰るけど、雄一君もこれからいい子にするんだよ?」

「はーい!」

 お姉さんは最後に「じゃあねー」と手を振った。




 気がつくと僕は目を覚ましていた。

 急いで一階へ降りると、お父さんとお母さんが朝ごはんの準備をしていた。

「おや雄一、今日はずいぶん早いんだな」

「本当。いつもはお寝坊さんなのに」

「うん。僕ね、今日すっごい夢見たんだ!」

「あら、どんな夢?」

 お母さんはニコニコ笑いながら僕の顔を覗き込んだ。

「あのね、神様が僕の夢の中にきてね、いい子にしてるとおもちゃ遊び放題だよ、って!」


 ぴた、と、お父さんとお母さんの動きが止まった。

 二人はお互いの顔を見つめて、少しの間黙ったままだった。しばらくするとお父さんがゆっくりと口を開いた。

「――俺も見たぞ。死後の世界での待遇を決めるために、人間レベルを設定するとか」

「……私も見ました。善行は加点して、悪行は減点するって……」

「……?」

 不思議そうな顔をするお父さんとお母さん。何がそんなに不思議なのか分からなくて、僕は首を傾げた。




 二○○八年四月一日。その日、全人類が同じ日に同じ夢を見た。


 その話は世界中で爆発的に広がり、人類はあまりにも唐突に、死後の世界の存在を現実のものとして受け入れるに至った。

 ――『人間レベル』。

 その人間の価値を測定する基準が定められ、人々はその在り方を迫られた。

 

 ――そうして、神による観測が始まった。



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