3章:出会いは、USネイビー軍艦の前で

            

          あの船、何か、うどんみたいだな。


 ツバキはそう思う。彼は7階の窓から巨大な船を見下ろしていた。港に停泊したその船は、5月の柔らかな日差しの中、流線型の丸っこいボディを乳白色ニュウハクショクに染めていた。その正体はアメリカ海軍の軍艦だった。


『VICTORIA』という勝利を意味する名前だが、実際は海中にある機雷キライを取り除くだけの非戦闘船だった。

 機雷とは海の中に仕掛けられた地雷のようなものであり、そばを通った船や潜水艦を爆破することができる。それは主に金属に反応して爆発するため、機雷除去の任務に当たる『VICTORIA』はすべて木で作られていた。だが、木造船では貧弱に見られるため、そのボディ全体は光沢のあるナマリ色にペイントされていた。


 ツバキは、先のアメリカ海軍の艦長の講演でそういった事を知った。

 その艦長は今、機雷ならぬ針の山とにらめっこしていた。室内には他にも軍服を着たUSネイビーが10人ほどいる。艦長を始め全員が女性で、ブロンドやブルネットやアフロの髪を振り乱しながら、さまざまな切花キリバナを剣山に突き刺していた。部屋正面になる長机には、ガラス細工のようにキラキラした海軍の制帽がズラリと並べられていた。

「こら、何しょんや、ちゃんと仕事せんか」

 ツバキにそう言ったのは、寒椿カンツバキ模様の前掛けをつけた彼の父、清造だった。ツバキはその言葉にうなずき、窓際から離れた。


 高松のランドマーク――ショッピングエリアや広場などがある港の一帯――サンポート高松のビルの中にその部屋はあった。ホール棟7階の一室、その正面のホワイトボードには、こんな文字が書かれてある。


        〖JAPANESE FLOWER ARRANGEMENT〗


 アメリカ艦船『VICTORIA』は、母港である長崎県の佐世保港を出発し、昨日、高松港に寄航したばかりだ。日本の地方都市と友好関係を築くのが目的で、香川県内では数日間の滞在中に多くの交流イベントが予定されていた。

 その一環としてこのホールの一室で〖生け花教室〗が催されていた。参加者は艦長を始め女性のみで、彼女たちは部屋に入るなり県庁職員や県会議員などを前に整列して軍隊式のあいさつをし、次に艦長が職務や航海中のエピソードなどについてのスピーチをした。それからは艦員全員、制帽を取って日本伝統芸の良き生徒になった。


                 *


 オーク材のフローリングの中、幾つもの円卓が置かれ、その上に花器や花瓶、様々な道具が置かれている。

 部屋には、ざっと50人ほどがいる。

 USネイビーや役所職員の他に、数人の年配の華道家の姿もあり、いかにも大家といった立派な着物や袴をまとっているが、大柄な女性ネイビーたちに混じれば子供のように見える。それでも指導は厳格であり、彼らは合言葉のようにこの言葉を口にしていた。

「Between the Space」

 意味は間。つまり、要は枝や花ではなく、その間をどう創るかにあるということだった。


「あの、この枝は切ってもいいものでしょうか?」

 部屋をウロチョロしていたツバキに、そんな英語の声がかかった。

 見ると、アメリカ艦船『VICTORIA』の女艦長、まさにその人がいて、彼は一瞬で凍りついた。

 間近に見るとアラサーくらいの若い白人娘で、先の講演中のタフな表情からは想像もつかない程のキュートな笑みを浮かべていた。

 ツバキがアタフタしていると、清造が慌ててやって来た。

 彼を押しのけて、アイシー、アイシーと艦長に言って、花器を回しながら切り花の手本を見せ始める。

「オヤジ、俺が頼まれたんだけどな」

 そう言ったツバキに、父は顔を向けずに言う。

「バカ野郎、日本の恥さらしになるわ。お前は向こうで、女子高生の相手やっとれ」


                 *


                白谷椿シラタニツバキ


 彼は高松まで米海軍の生け花イベントのために花を届けにやってきた。共にやって来た父、清造は園芸家だ。香川の最西端、観音寺市で花畑を先祖代々受け継ぎ、近所の国営公園の庭師を勤めたり、妻と共に花屋を営んでいたりもいる。ツバキはそんな家の1人息子、23才、実家で両親と3人で暮らしながら家業の手伝いを続けてきた。


     一方で小学生の頃から10年以上、サーフィンを続けていた。


 最近は英会話に磨きをかけ、この3年、毎年3月になると真夏のオーストラリアの海岸都市で開かれるサーフコンペに出かけては、現地で2週間ほど滞在してきた。

 プロになれるほどに極めてはなかったが、プロになりたいという思いもなくはなかった。その決断はツバキの中で永遠にも続きそうな保留事項となっていて、家業を継ぐかどうかという事もまた同様であった。つまり、彼の現状はまさに宙ぶらりんだった。


 清造の花が米海軍をもてなす生け花イベントに採用されたのは、彼が長年、サンポート高松の会場で催される花のワークショップに参加してきたからだ。ツバキはそんな父と共に今朝は5時起きで、大量の生け花の手入れをし、観音寺から高松までの長い道のりをワゴン車でやって来たのだった。


                  *


「ねぇ見て見て、レディー・ガガの髪型みたいでしょ」

 ツバキに英語でそう言ったのは、12才くらいの黒人の女の子だった。目の前の白い剣山には四方八方デタラメに刺されたユリの花がある。それには、彼も周りの女生徒たちと一緒に笑い声を上げた。

 室内には、県内の国際スクールに通うアメリカ人女子学生も10人程いてフラワーデザインに励んでいた。ツバキの目に、私服の彼女たちは生け花なんかよりもずっと華やかに見える。

 女子学生の多くは、女性ネイビーたちとも気さくに話していた。母国から遥か遠いこの異国で同郷人と交流するのは、やはり感慨深いものなのだろう。誰もが、親しみ溢れる笑顔でペラペラ話している。軍人学生両方共に手バサミよりも口を動かしている。


        ツバキは窓際にいる白人JKに目を止めた。


 レモンイエローのワンピースを着た白人の少女が生け花の絵を描いていた。壁に背中をつけた立ち姿でスケッチブックを持ち、剣山の椿を前にペンを走らせている。

 年は17~18才でかなりの長身、茶髪で品よく整った顔立ちをしている。10代の美しい白人少女に特有の薄っすらとした印象があり、ここにいるようでいないような、どこか妖精めいたミステリアスさを感じさせた。

 耳元にはパールイヤリングがあり、それが彼女の清楚セイソな雰囲気をいっそう引き立てていた。ツバキはその少女に惹かれずにいられなかったが、まもなくその場を離れた。


                  *


 ツバキには数年来のガールフレンドがいた。名前はシノブ。幼なじみで年は2つ上。高校卒業後に看護学校に進み、今では観音寺市内の病院で立派なナースになっている。一方のツバキは地元の工業高校卒業後、家業の手伝いとサーフィンづけの日々を送ってきた。

 つきあい始めたのは3年前、とにかくシノブの思いが強く、彼女が一方的に押しまくる事で2人の恋はスタートした。女に興味のなかったツバキにとって、シノブが初めての彼女だった――つきあい出したのも、単に断る理由がどこにもなかったからだ。


 彼が思うに、シノブは完ぺきな女だった。見た目はお世辞にも美人とは言えないが、中身の方は太陽のようにサンサンと輝いていた。

 優しくて気配り上手、どんなに大変な時でも笑顔を絶やさず頑張り屋で誰よりも自分に厳しい。おまけに男の身勝手さを許す寛大さまで持ち合わせていた。

 そんな地上に舞い降りた天使のような女に押しまくられれば、屈服するしかない。結婚しても幸せになりそうな事はつきあって1週間のうちに確信できた。その上、互いの親も仲良くつきあっていた。何から何までが完璧だった。


 国際スクールのJKたちの生け花を指導しながら、ツバキはスマホの時計表示を見た。

 あと数分で仕事が終わる。今頃は、3人で市内のG地区にでも行ってショッピングしてる事だろう。まったく、早く仕事が終わらないだろうか。

 今日のサンポート高松での仕事に合わせ、ツバキはシノブと高松でWデートする予定を立てていた。すでに彼女は女友達とそのカレシとの3人で電車に乗って観音寺からここまで来ていた。

 

 シノブに早く会いたい。だが、その思いはじょじょに薄らいでいった。ツバキはまた部屋の隅に行き、7階の窓際から港の風景を1人ながめた。

 うどんのように乳白色の丸いボディをした艦船『VICTORIA』

 それを思う。

 シノブといる事以上に幸せな事はない。けれど、それによって何かが失われつつある事も確かだった。彼女と過ごす時間が、俺にとって大切な何かを着実にどこかへ…、それはたぶん、きっと…。


         「すみません、この花は何という名前ですか?」


 突然、ツバキに英語でそんな声がかかった。

 あのパールイヤリングの少女だった。

 彼女は花器に生けていた花を指差して微笑んでいた。彼の心臓は飛び出しかけたが、その勢いに乗って、答えもすぐにノドから出てきた。

「It's CAMELLIA」

「それは分かってます。私が知りたいのは、日本語の名前です」

 彼は精一杯、興奮をおさえながら返す。

「It's TSUBAKI, T-S-U-B-A-K-I」

 パールイヤリングの少女は、ツバ~キと繰り返し、手にしたスケッチブックの角に鉛筆でその英字を走り書きした。横目で見ると、そこには椿の切花が見事に描かれていた。

 少女は彼にコクリとうなずき、お礼の気持ちを示す。

 その仕草には独特のミステリアスさがあり、何か突然、映画の中にでも入り込んだような気持ちになってくる。


 立ち去りかけた彼女の前に、ツバキはひらりと回りこんだ。

「実は、俺の名前もツバキって言うんだよ」

 それに彼女が満面の笑みで言う。

「まぁ何て偶然でしょう。私はマリア、よろしくね」

 2人は握手を交わす。さらに話が弾んでメルアドを交換し、デートの約束までする。おまけに最後の別れ際にはハグハグする。


 というのは、もちろんツバキの妄想だった。実際は、そのままパールイヤリングの少女が立ち去っただけだ。その直後、彼はスマホを手にしてLINEを開く。


     〖シノっぴ、もうすぐ仕事が終わるよ❤ 待っててね!(^^)!〗





                  ✿




 サンポート高松、ホール棟の7階、日米交流イベントの最後は記念写真で締めくくられた。赤茶けたマホガニー材の長机に色とりどりの生け花が並んだ中、それぞれの完成作を前に女性軍人たちが県の職員たちと並んでフラッシュを浴びた。そうして1時間程の生け花イベントが終わったが、ツバキにはもう1つ仕事が残っていた。


         アメリカ艦船『VICTORIA』に花を届ける事だ。


 彼の父、清造は女艦長に生け花を指導するうち、長い航海の心の支えになるのではと花々をプレゼントしたいと申し出た。彼女はそれを快く受け入れ、サプライズなお返しを口にした。数ヶ月前に、艦船でアメリカ北部、アラスカに寄稿した時、地元民族のイヌイットから地酒をもらったそうで極上の味だという。清造は仕事一筋の半面、大酒飲みでもあり、それを大いに喜んだ。一方のツバキは、英語もろくに話せないのに、よくそんな美味しい展開になったもんだと感心するばかりだった。


 イベント終了後、清造はサンポートの地下駐車場に停めてあったワゴン車にツバキと乗り込み、港に向かった。軍艦の手前まで行こうとしたが、波止場の途中で2人の軍人に止められ「テロ対策のため、乗用車はここまでしか進めない」と言われた。

 車を降り、ツバキは事情を説明した。彼らは理解を示し、花の入った木箱をチェックしてからゴーサインをくれた。

 そうして、親子で木箱を3つずつ肩に担いで軍艦を目指して歩いていった。生け花教室の後、女艦長さんは県庁訪問に出たが、船に残った軍人たちには話をつけているという。


 五月の空は真っ青で、瀬戸の海はダークグリーン。ツバキは間近に艦船『VICTORIA』を見ると、つゆに浮かぶうどんを連想した。

 艦船の前には、守衛らしい軍服姿の大男が2人立っていた。そこに着いたツバキが話すと、彼らは艦長から話を聞いていると返し、やがてハンマー投げの五輪選手のような体格の女性軍人たちが船のタラップから降りてきた。ツバキと清造が木箱に入った花を見せると、彼女たちは目を輝かせてお礼を言った。ツバキの通訳で清造が世話の仕方をカンタンに教えたが、どうも花の綺麗さに目を奪われているだけのようだった。彼女たちは恐るべき怪力で木箱を軽々と中に運び込んでいった。


 車には後6箱あり、ツバキは父に続いてまた港に停めたワゴン車まで引き返す。

 フイに女が目に入った。埠頭のベンチに座り、艦船『VICTORIA』を見ながら絵を描いている。彼はハっと息を飲んだ。


          それは、パールイヤリングの少女だった。


 麦わら帽子をかぶり、レモンイエローのワンピースのひざの上にスケッチブックを広げていた。ツバキが横を通り過ぎても、まったく気づく事はなかった。

 ワゴン車に着き、父と共にまた3つに重ねた木箱を肩に担いで、艦船に向かう。途中、彼女に近づいたがまた気づく事はなかった。『VICTORIA』に着いて女性軍人に木箱を渡し、それが戻ってくるのを父と待った。彼は遠目でベンチの方を見る。


 パールイヤリングの少女。フイにまた彼女と話したくなり、その思いは一瞬にして彼の中で花のようにポンポンと咲き乱れた。そのうち艦船のタラップから男性軍人が1人、6つの空の木箱と共に大きなビンを2本抱えて降りてきた。

 まさにそれこそが艦長お勧め、イヌイットの地酒だった。清造はそれを両手で受け取ると、軍人たちにサンキュー、サンキューと何度も頭を下げたが、それは息子のツバキの目にも卑屈で恥ずかしい仕草だった。

「どうや、日米交流も悪ぅないやろ」

 そう清造が言う。

「ほんだら俺は先に帰るぞ、お前はシノブちゃんと仲良うしてこい」

 彼は酒を入れた空の木箱を抱えて立ち去った。

 ツバキは再びベンチの少女を見つめる。

 もし、もう一度目の前を通っても気づかれなかったら、すんなりあきらめよう。そういう事にした。彼は、元来た道をたどった。

 依然、少女はスケッチブックに絵を描いていた。時に目を上げて船を見るが、彼にピントを合わせる事はない。あっと言う間に目の前に着き、あっと言う間に通り過ぎてしまった。これで良かったんだ。ツバキは、そうため息をついた。そして、シノブと連絡を取ろうとスマホでLINEを開こうとした。


      その時、背後から上空に何かが舞い上がったのが見えた。


 一瞬、奇妙な鳥のように見えた。それは頭上でクルクル回ると、突然目の前に――急降下と言っていい程の勢いで――落ちてきた。彼は反射的に手を伸ばしてキャッチしたが、その拍子にスマホを落としてしまった。代わりに手にしたものは、麦わら帽子だった。

「Oh, SORRY」

 あの女、パールイヤリングの少女だった。

 駆け寄るなり、地面に落ちた彼のスマホを拾い上げて注意深く見た。幸いハードケース入りだったそれは無傷で、少女はホっと一息ついたが瞬時に顔色を変えた。

「ツバキ、あなたツバキね」

 彼女はそう言ったが、顔を赤らめて手を前ではらった。

「分かってる。アナタはツバキじゃないわよね。さっき、私にカメリアの日本名がツバキだって教えてくれた人でしょ」

「あの、それでいいんだよ」

 彼はゆっくりと丁寧テイネイな英語で言う。

「実は、俺の名前もツバキって言うんだ。Camelliaの日本名と同じなんだよ。ちょっとした偶然なんだけど」


 彼は、何か夢を見ているような気分になった。何しろ、さっき妄想した展開と同じように現実が動いているのだ。いったい、何がどうなってるんだ。

「ワオ、私の名前も花の名前なのよ。家族の名前がフラウリーって言うの。私の父や妹のファーストネームも、花の名前なの」

 彼は一瞬戸惑ったが、胸の中に押し寄せる波のような感情に心を任せた。

「君の名前が知りたいな。俺はツバキ、ツバキ・シラタニ」

「私はローズマリー、ローズマリー・フラウリー」

 ツバキが片手を差し出すと、彼女はおどけた表情でその手を取った。か細い手だったが、驚くほど力強く握手した。


 彼は彼女を間近で見つめる。白人にしては目鼻立ちが小さく、見ようによってはハーフのようにも見える。そして、目の前にいてもミステリアスな空気をかもしだしていた。サンサンと陽光をあびているのに、カメラのソフトフォーカスで見ているような――夜空の月の表面にでも浮かんでいるような――顔つきだった。それでも、ただ1つだけ難点があった――彼よりも背が3㎝ほど高かったのだ。ベンチを見ると、スケッチブックが風にあおられてペラペラめくれていた。


「君は絵を描くのが好きなんだね。ねぇ、どうだろう」

 彼はまた胸の中の流れにこころをまかせた。

「君の絵を見せてくれないかな? どこか別の場所で。時間はある?」 

 彼女はマユをひそめて言う。

「Are you ask me out?」

 彼はこのアメリカ英語特有のフレーズを知らなかったが、そのからかい口調で何となく意味が分かった。

 私とデートしたいの?きっとそう言ったのだろう。

「Sure i do!!!」

 彼は晴れやかな顔でそう返した。彼女は笑い声を上げ、OKと言ってベンチまで駆けていった。そして、大きなカバンの中にスケッチブックや筆記具を入れ始めた。


 ツバキは一体、今、自分に何が起こっているのだろうと思う。

 ただ、潮風が上手い具合に吹いてくれて、その後にほんのちょっとした勇気とユーモアを見せただけだというのに。

 けれど、多分その〝ほんのちょっと〟が違いを生み出すのだろう。それこそが人生のちょっとした偶然を意味のあるものにして、新しい未来のドアを開くのだ。


 港には艦船『VICTORIA』が横づけされている。実際は木造船だが、ハクをつけるべく金属製のように鉛色にペイントされたボディは、陽光の照り返しで乳白色に輝いていた。それは依然ツバキの目に、つゆに浮かぶうどんみたいだった。


 平らなデッキには大きなブリッジが乗っかり、中央のマストは空高く伸び上がっている。武器らしい装備は、ほとんど見当たらない。一切ムダのない極めてシンプルな造り。その姿に、彼は好感を覚えた。


       海の機雷を除去するためだけに造られた〝平和の船〟。


 そう言えば、うどんもまた、平和を感じさせるものだ。ぽっちゃりしたメンで、それをすする人を見ても心が和む。香川でうどん巡りする人は大勢いるが、皆んな本当に味だけを求めてやってくるのだろうか。そう疑いたくなる程、うどんの食感は薄い。

 もしかすれば、と彼は思う。

 彼らは第一に心の平和を求めてるんじゃないか。となると、うどんの使命もあの軍艦と重なってくる。『ヴィクトリア』が海の中の爆弾を撤去しているように、うどんもまた、人の心の底に潜む何か危険なものを取り除くために存在しているのではないだろうか。

 

 大きなカバンを抱えたローズマリーが再びツバキの元に現れた。何がおかしいのか、彼女はケラケラと陽気に笑っていた。

「OK, Sweet Rosemary, Here we go!」

 彼はそう言って、少しエスコートするように彼女の前で片手を泳がせ、連れ立って歩いた。そうして一瞬だけ振り向き、唇だけで投げキッスをした。その先には、港に停泊した勝利を意味するUSネイビーの軍艦があった。

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