2章:チェリー桜田の長きに渡る教師生活

          

           「あの女、うどんみたいやな」

               桜田がそう言う。

  「肌がうどんみたいやろ。何や黄色がかった白い肌で、のっぺりしとって」

  それに水島はユカイそうに笑う。2人は壁にかかった額縁の絵の前でいる。


〖グランド・オダリスク〗

 19世紀のフランス人画家、アングルが描いた肖像画で、全裸の女が顔だけを正面に向けて後ろ向きにベッドに横たわっているものだ。

「先生、これよう見たら変な絵なんやで」

 水島が言う。

「モデルの太ももがありえんくらい太いし、背中もありえんくらい長いやろ」

 それに桜田は、ほんまや!と目を見開いて驚く。

「なかなか気づきにくいんやけどな。そこに注目したらバケモンみたいに見えるやろ。それでも、この画家はこういう女が好みなんよ。こんな胴長ダイコン脚の女がな」


 共に教師の桜田と水島は美術室の一角でそんな立ち話をしていた。そこは坂出市内にある中学校で、時は朝の登校時刻だった。

「それでもジーっと見とると」

 桜田が言う。

「この女、だんだん色っぽく見えてくるな。そう言えば、うどんもそんなもんやないか。あれやってよう見たらグニャグニャしとって気色の悪い食い物やで。それでも食べるごとに味わいが出てきて美味くなってくる。この絵もそれと同じや。全く、うどんみたいにペロっと食べたい女やな」

 水島がアキれ顔で言う。

「先生が当時生きとって、ほんまにペロっと食べとったら、えらい事になってたやろうな。何せ、この絵のモデルはあの皇帝ナポレオンの妹やで」

「桜田先生、火あぶりの刑や!」

 1人の男子生徒がそう声を上げて、美術室が笑い声に包まれた。

 室内には美術部員が大勢いて、来月の県主催の絵画コンクールのために絵筆を握っていた。桜田が「やかましいわ、アホ!」と怒鳴り声を上げる。


                桜田大輔。


 今年52歳になる彼は体育教師で水島は美術教師。2人は幼なじみで生まれも育ちも坂出であり、共に母校の中学に赴任して20年以上になる。家族ぐるみの付き合いがあり、互いの息子も仲良しで同じ地元の高校に通っていた。


「それはそうと、今日やったな。お前のクラスにアメリカ人の女生徒が転入してくるんやろ」

 その桜田の言葉に、水島は気難しそうな顔を見せて腕組みする。

「ああ、そうやな。その子に会うんは今日が初めてなんやけど、3日前に学校までお父さんが来てな。色々話したんやけど、マジメそうな人やったわ。何ヶ月か、この町に住むだけやのに、娘さんを学校に預けたい言うんよ。日本の事、色々学ばせたいそうや」


 さっきと同じ男子生徒が「水島先生、その子、キンパツですか?」と声を上げる。

「やかましいわ、アホ!」

 桜田がまたそう声を上げ、水島は禁煙パイポを口にして言う。

「うちの学校も女性校長になって、だんだん良くなってきたとは思わんか? 

 月一で全クラスに老人福祉センターでの課外授業が入ったりしたやろ。今回の留学生の受け入れも、校長先生がそういう人道教育の一環として決めたんやろな。まぁ、それでも先生にはをした人でもあるけどな」

「アホ、生徒の前で言うな」

 桜田がそう返すと、その事情を知る美術部員の数人がクスクスと笑った。

 水島が言う。

「その子が俺のクラスに入るようになったんは俺が英語しゃべれるやろ。あと、ハワイで生まれ育った新庄言う生徒がおるんよ。それと、その転校生がギター弾ける言うんで、軽音学部に入れるつもりなんやけど、俺のクラスには、3人の軽音部員がおるんよ。まぁそれでもアメリカのお嬢さんと上手くやっていけるかどうか、さっぱり分からんのやけどな」


 そこで言葉を切ると、水島はセキをし始めた。桜田の顔つきが変わる。異様に乾いたセキで、その響きは低く重い。桜田は、なおも咳き込む水島の背中をさすった。


                  *


 水島は3ヶ月ほど前に体を壊していた。長年の喫煙がたたって40半ばで喉頭炎を悪化させて結核を患った。

 市立病院で手術を受け、冬の1ヶ月入院した。それでも新学期までには回復し中学2年のクラス担任を任されたが、5月に入ってまた病状が悪化し始めた。以来、桜田は幼なじみを心配して毎日、早朝の美術室に行っては様子をうかがっていた。


 水島がセキこんだ後、桜田は彼の手を引いて美術準備室に連れて行った。やせこけた美術教師は長椅子に横たわりセキが落ち着いてから、かかりつけの先生によればと言う。

「このセキは快復に向かってる印でな。カラダを治そうとするセキなんよ。いや、ホンマの話やで、大ちゃん」

 ちなみに水島は2人きりになると桜田の事を大ちゃんと呼ぶ。妻や子供の前では大輔と呼び、学校の生徒たちの前では先生となる。


「そうや、ちょっと相撲取ってみるか。お前、誰とでもがっぷり四つになったら、その男の体調から性格まで何でも分かるって、よう言うとるやろ」

 桜田はその言葉に笑う。

「お前、自分の体の事、ほんま分かってないわ」

 2人とも同じくらい背が高かったが体重が40㎏は違った。桜田は締まりのあるダルマ体型であり、一方の水島はやせきったパスタ体型。桜田は大学まで柔道を続け、教師になってからは柔道部と相撲部の掛け持ち顧問をし、さらに教え子たちを何度か県大会で優勝させた事もある。

 「ええから、やるで」

 水島はポマードでなでつけた長髪をかき上げて、スペースを作るべく美術準備室の中を整理した。桜田はその姿に愛嬌を感じ、引き受ける事にした。

 「はっけよ~い、のこった!」

 水島がそう言って、2人は部屋の真ん中で組み合った。

 と同時に桜田は背後の壁まで押し寄せられた。

 水島は野太い声で言う。

「ほら言うたやろ。俺は前より強うなっとるで。病は人を強くするんや」

 彼は勢いに任せて、桜田を右に左に振り回す。巨漢の柔道部顧問は歯を食いしばって耐えたが、あえなく背中が壁に押しつけられた。

「俺の完敗や。まぁ、それでも病み上がりなんやから、ムチャするなよ」

 そう言った桜田に、水島は勝ち誇った笑顔で「分かっとる」と返す。


 そうして、桜田が再び美術室に戻った直後の事だった。

 元いた準備室から大きな音が響いた。

 何かが激しく倒れる音だった。

 彼は、もう一度ドアを開けて中を見た。室内の床にイーゼルとキャンバスが倒れている。そして、その上にポマード髪のやせた男が倒れていた。H型のイーゼルの脚は全て折れ曲がり、キャンバスの上に黄色い唾液が流れ落ちていた。突っ伏した水島は咳き込みながら全身をケイレンさせていた。


 桜田の頭はマッシロになったが、まもなくそばに転がったものに目を止めた。

 それは、灰皿とタバコの吸殻だった。

 おそらくイーゼルの裏側に隠していたのだろうと、彼は思う。

 水島は入院以来、禁煙を誓っていた。しかし実際、そこに散らばった吸殻は少なく見積もっても50本はあり、そしてどれもが赤ちゃんのオチンチン程に縮んでいた。




                 ✿




 登校時刻の中学校にサイレンを響かせながら救急車が来た事で、校内は一時騒然となった。朝の美術室で水島先生が倒れた。そのニュースはスマホのLINEも手伝って瞬く間に学校中に知れ渡り、生徒も教師も口々にそれを話題にした。


 119番通報した桜田は、校長の指示に従って学校に残った。水島が担任を務めるクラスに代理教師として行き、朝のHRで生徒たちに何があったのか説明するよう頼まれたのだ。

 桜田に現在、持ちクラスはなかった。担任歴は豊富にあったが、を起こして以来この3年、クラスを受け持つ事はなかった――それでも辛うじて、生徒指導部の主任の座は守っていたが。


 そしてもう1つ、新たなニュースがやって来た。

 職員室で、桜田が同僚の教師たちに美術室で何があったのかを話している最中、廊下から生徒たちのざわめきが聞こえてきた。騒ぎがどんどん大きくなるので、桜田は話を中断して職員室を出た。

 そこには、キンパツの少女がいた。

 髪を染めた不良ではない。正真正銘、天然キンパツの少女が職員室前の廊下の長椅子に座って、ギターを弾いている。

 白シャツにネクタイ、黄色いタータンチェックのミニスカにハイソックスという格好。アンプ抜きエレキのシャリシャリ音が、廊下に響き渡っている。

 大勢の生徒が取り囲んで騒いでいたが、桜田に気づくなり白熊を見つけた北極アザラシの群れのようにオドオドと逃げて行った。

 一方の少女は全く動じなかった。熊のような巨体の桜田を見ても、「HELLO」と言うだけで、エレキをシャリシャリさせ続ける。さすがの桜田もそれにはボーゼンとなった。


          朝の職員室前で、天然キンパツの少女が

           楽しそうにエレキ・ギターを弾き続ける。

            地元香川での教師生活20余年

        彼はそれほどシュールな光景を見た事はなかった。


「ああ、桜田先生、転校生よ。ほら、今日水島さんのクラスに入る子」

 職員室の窓からそう声をかけたのは、英語教師の和田だった。彼女は廊下に出てきて、少女に英語で話しかけた。そうして、彼女の担任になるハズだった教師がさっき突然病に倒れ、代わりに桜田がそれを引き継ぐ事になった事を伝えた。一方、古ぼけたポロシャツ姿の大柄教師はキンパツ転校生に近づき、苦い顔つきをした。


「お前、化粧してんのか?」

 その言葉を和田が訳すと、少女は、イエスと少しも悪びれずに返す。彼女の目は黒く縁取られ、まぶたには紫のアイシャドウが塗られていた。

「いかん、それじゃ教室には連れていけん。化粧は校則違反。顔洗うて来い」

 その桜田の言葉に、タータンミニスカの少女はカチンときた。

「アメリカじゃ小学生の女の子でもメイクして学校に行く」

 和田がそう訳すと、桜田もカチンときた。 

「ここは日本や。ゴウに入ればゴウに従え」

 英語教師をはさみ、しばらく2人は言い争いを続けた。桜田は一発張り飛ばしたろかと思いながらも、どうにか説得の道を探った。

「どう言うたらエエかな」

 彼は腕組みする。

「先生は、この学校の生徒指導の責任者で、校則違反した生徒がおったら正す立場にある。それが誰であっても例外はなしや。そやから、アメリカからの転校生でも化粧は認められん。もしそれを許したら、他の女生徒全員に顔向けできんようになるんや」

 少女はその通訳を聞いたとたん、青い瞳を輝かせて言った。

「I Got it!!!」

 和田にトイレの場所を聞くと風のように走り去った。そうして数分後に戻ってきた彼女の顔からはメイクが綺麗に落とされていた。桜田は、それにもまたボーゼンとさせられた。


                 *


 桜田と英語教師の和田、ギターケースを背負った少女は並んで廊下を歩いた。始業ベルが鳴った後、3人で水島が受け持つクラスに向かっている。キンパツ転校生は校内の様子を珍しがる事もなく、堂々と歩いていた。

「お前、何でさっきギターなんか弾いてたんや」

 途中、桜田がそう聞く。

「私、ロックスターになりたいの。だから、いつもヒマがあると練習してるんだ」

 和田がそう訳し、彼はアキれ顔で少女を見る。


 背はこの学校の同学年の女子と比べても低い方で、背負ったギターケースが棺おけのように大きく見える。肩までバサバサに垂らした金髪。眠そうなタレ目にバラのトゲのようにトガった鼻。いつも吊り上ったクチビルからはフテキな自信がうかがえる。

 最も目を引くのは、その白さだ。

 メイクを洗い流しても、顔は透き通るようにマッシロだった。首筋や腕も同じ白さでなければ、ファンデーションと誤解して、また「化粧落とせ」と怒鳴っていたことだろう。

 フイに、彼の頭に先の美術室で見た額縁の絵が浮かんだ。

 ナポレオンの妹のヌード画。

 よく見ると、目の前の少女はあの女とほとんど同じ肌つやをしていた。少し黄身がかった柔和な白。

 ほんま、白人いうんは、うどんみたいな皮膚しとるんやな。彼はそう思いながら、うどんみたいにペロっと食べたい誘惑にも駆られる。だが、それこそにも関わるものであり、彼は、いかんいかんと頭を振った。


 廊下を歩く途中、若い教師とすれ違った。ループタイを締めた一見ホスト風の理科教師、彼は桜田を見るなり、一気に足を速めた。

「フジキ、ちょっと待て!」

 巨漢の大先輩に怒鳴られた彼は、軽く飛び上がった。

「お前、まだメッシュ入れとるやないか!」

 桜田は、ホスト系教師のロン毛に手を入れ、金色に染めた髪の束をつかんだ。

「お譲ちゃん、見てみ」とキンパツ少女に言う。

「これも校則違反や。生徒だけやなく教師でも、俺は見逃さんぞ」

 彼はそう言って、新人教師の頭をはたいた。

「来週までに落としとけ、アホ」

 ホスト系教師は頭をかきながら去っていった。

 和田が彼の言葉を訳すと、彼女は目を輝かせた。

「先生はグッド・ハートの持ち主だ。名前を教えて」

 和田にそう訳されると、さすがに桜田は少し顔を赤らめた。

「サクラダや、何や急に変な親しみ寄せてきて」

 少女が和田に言う。

「彼はサクラと言ったのか? その日本語は知ってる。そういう歌があるから。チェリー・ブラッサムの事でしょ?」

 和田が返す。「そうよ、彼の名前も、その桜なのよ」

 すると彼女は口に手を当てて、興味深そうに桜田を見た。 


            「私の名前も花の名前なの

          アナタの事をチェリーと呼んでいいか?」


 それには、普段めったに笑わない堅物の中年英語教師も吹き出した。まさか、この野暮なオッサン田舎教師がアメリカの転校生からチェリーと呼ばれる日が来るとは…。

「好きに呼べ。お前は何の花の名前なんや?」

 桜田は少し顔を赤くしてそう聞く。

「私はジャスミン、ジャスミン・フラウリー。ジャスと呼んで、チェリー先生」


                  *


 後々、職員室で和田は桜田相手に、なぜ彼がジャスミンに気に入られたのかについて自らの考えを聞かせた。

 きっと桜田先生が少女をフェアに扱ったからだろう。彼女はそう指摘した。最初の化粧への注意の仕方といい若い教師への仕打ちといい、先生は誰に対してもエコひいきせず、同じ基準で判断する姿勢を見せた。ジャスミンは、それが気に入ったに違いない。

 アメリカの若者は、大人に都合のいいダブルスタンダード――二重の基準――を作る大人には1番に反発する。

 だが、そんな指摘にも、当の桜田は「はぁ、そうですか」とただ聞き流すだけだった。





                  ✿




 全校生徒3百人弱の中学校、その2階校舎の一角に、2年1組の教室があった。机につく32人の生徒たちは皆、今朝、担任教師、水島の身に何が起こったのかを知っていた。その多くは既に彼の病状の悪化について知ってはいたが、まさか学校で倒れるとは思ってもいなかった。私語をする者はなく、教室は重い空気に包まれていた。だが、それが一変した。巨漢の中年教師とギターケースを背負った天然キンパツ少女が現れたからだ。

「1組の皆んな、水島先生の事は聞いとるやろ」

 アイサツの後、桜田は教壇でそう言う。

「いきなり倒れたんや。美術室で先生と相撲取った後にな。ほんまビックリしたわ」

 そこで、クラスの中の何人かが小さな笑い声を上げた。

「笑うたヤツ7人おったな。後で水島先生に報告するぞ。内申に響くやろうな」

 それにはクラスの誰もが笑った。


 それから桜田は現状について話した。水島は卒倒したが意識はあり、搬送先の病院からも命に別状はないとの報告を受けた。それでも、おそらく長期的な治療が必要なので今学期中の復帰は難しく、当分このクラスの担任は自分が受け持つ事になる。

 それには生徒たちの多くがユーモラスな悲鳴を上げた。それもそのはず、桜田は学校一の名物教師であり、賛否両論あるものの多くの生徒たちから大いに好かれていた。

「ああ、それと見ての通り、転校生がおる」

 桜田が手招きすると、タータンチェックのミニスカ少女が、和田を伴って教壇に上がった。多くの女子が、カワイイーと言って目を輝かせる一方、多くの男子はまるで火星人を見るような目つきをするだけだった。


「ハロー、皆さん、私はジャスミン、ジャスミン・フラウリーです」

 転校生が英語でペラペラ続ける。

「ユタ州から来ました。アメリカです。ソルトレイク・シティーを知ってますか? 昔、冬のオリンピックがあった場所です。父の仕事の関係で、私はそこからこの町に来ました」

 和田がそれを訳したが、生徒たちの反応は薄い。

 そこで、ジャスミンは赤いチョークを取って黒板に書き始めた。

 野球のホームベース状の図形を大きく書き、真ん中にUSAと書く。次にベースの左側部分に三角形を書く。上の角にはシアトル、左下の角にはLA、右下にソルトレイク・シティーと書いた。彼女はその3点をチョークで叩いて3つの都市名を明瞭に言い、LAの近くに1点を加えた。

「This is HOLLYWOOD!」

 そう言っても生徒たちは黙ったままだった。どうも一発目のあいさつから猛アピールするアメリカン・ガールに引いている様子だった。

 桜田が口をはさむ。

「ハリウッド言うたら、映画の街やろ。皆んなロッキーやロッキー」

 そう言って彼はパンチを繰り出したが、ありえないほど映画が古すぎたため教室はさらに冷え込んだ。


「夏の終わりに父の仕事は終わり、私はアメリカに帰ります」

 ジャスミンが言う。

「それまで数ヶ月間、このクラスに参加します。大勢の学生に英語を教えるつもりです。だから、皆さんは私に日本語や日本について教えて下さい」

「ジャスミンは週3日、学校に来るそうや」

 桜田が口をはさむ。

「ホームルームや休み時間、給食はここで過ごす事になる。他にも英語の授業はもちろん、美術や体育や音楽にも参加する。皆んな、色々話しかけるんやぞ。友好な日米関係を築け。それと、何でこのクラスにジャスミンが転入して来たかは、皆んな知っとるな」


 1番前の席に座ったその理由が手を挙げて、笑いが起こった。それは新庄という男子生徒だった。色白でスリム、カマキリのようにスっとした顔つきの彼は、長い前髪をかきあげてジャスミンにあいさつする。日本人の両親の元、11才までハワイで過ごし、ホノルルの日本人学校に通っていた。

 そういった事をペラペラ英語でキンパツ転校生に伝えると、何人かの体育会系男子から冷やかしの声が上がった。


「ジャスミンがこのクラスに来たんは、新庄が英語しゃべれるからや。しかしや」

 桜田は、教団から生徒たちにニラミをきかせる。

「同じクラスになった以上、皆んな毎日必ずジャスミンに話しかけること。英会話も上達するし、日米関係の友好にも大いにつながるやろ。先生もしゃべれんけど精一杯トライするぞ。特に男子はしっかりやれ。

 そう、話しかけるだけやなくて、ちゃんとした会話にならんといかん。そうやな、誰でも毎日1分以上はジャスミンと会話すること。毎日、帰りの会でジャスに、お前らがちゃんと話しかけたかどうか聞くからな。してない奴は居残りや。皆んな、分かったな」


 男子生徒たちは、そろって牛の鳴き声のような鈍い返事をした。

 教壇に立った転校生が、恥ずかしそうな顔つきで口を開いた。

「ワ、ワ、ワラシ…」

 それを受けて桜田が「皆んな静かに!」と言う。

 ワヤシ…、ワワシワは…、彼女は口をモゴモゴさせながら言う。


          「Watashi, UDON, Suki, desu」


 そこでちょうどチャイムが鳴ったが、クラスメイトの誰もがそれよりも大きな拍手で転校生の勇気ある日本語スピーチを称えた。

 ジャスミンは1番前の席、新庄の隣に座り、ギターケースを机の横に立て掛けた。すると、後ろの席から仲良し3人組の女子が陽気なステップでやってきた。軽音学部に誘うべく、さっそく声をかけようとしているのだ。

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