第17話:ケアンズの夜-3

「あ!嶋村!」


 大宮達がほら見ろ、という顔で教師を見る。嶋村なんて、こういうとき一番最初に脱走しそうな奴だ。それでなければ、教師達の不在に気づいて、ラウンジリザードよろしく、女性に声を掛けていたのではないのか。10時以降部屋の外にいれば反省文の上明日は缶詰だ。大場が嶋村に向かって近づいていくのを4人の生徒達はじっと見つめていた。


 だが、大場の顔は穏やかで、嶋村に向かって手なども振っている。その様子に4人が違和感を覚えるて見ていると。


「おう、嶋村。見張りご苦労さん」

 大場のその台詞に、4人は意外そうな声を挙げた。

「え?見張り?」

 まさか、自分達が不在の間の見張りを、嶋村なんかに頼んだのか?そんなの、一番頼んじゃいけない相手じゃないのか!?


 嶋村は大宮達を見るとニヤニヤ笑いながらソファから立ち上がった。

「へ~?誰か脱走したみたいだと思ったら、大宮達か~。何だよ、お前ら普段良い子にやってんのに、修学旅行マジックか?」

「う、うるせぇな!」

 からかうような嶋村の顔に、大宮達の顔が悔しそうに歪む。なんだよ、嶋村だって、チャンスがあったら逃げようとしてたくせに!!


「こら、ケンカすんな。嶋村、なんか変わったことあったか?」

 大竹が大宮の前に体を入れて間に立ち塞がると、嶋村はまだニヤニヤしながら小さく肩を竦めた。


「何人か先生達いないことに気づいた奴らいたから、うちの班の奴らで部屋に送り届けといたぜ?せんせー達も、ああいうときはもっと静かにしなきゃダメでしょ~?あんなバタバタ廊下走ってたら、何かあったってすぐばれるっつうの」

「悪かったな。おい、今日のことアレコレ言いふらすなよ」

「分かってるよ。1つ貸しだぞ、先生?」

 嶋村が大竹の胸をつんつんとつつくと、大竹のシャツが切れていることに気づいて眉を顰めた。


「何、先生、大丈夫なの?病院は?」

「いや、かすり傷だ」


 明るい所で見ると、2人の怪我は思ったよりもひどかった。大竹の左頬は赤くなっているし、切れた唇にはどす黒い血が固まっている。こめかみの傷は、まだ血がてらてらと光っていた。森田の方は顔に結構喰らったのか右頬に結構でかい痣と、左の頬骨と眉の脇が切れて血が流れたのを拭った跡がある。この分だと、森田は明日顔が腫れるかもしれない。

 その2人の顔を見て、嶋村が顔を歪めて大宮を睨みつけた。


「……お前ら、何やってんの?バカなんじゃねぇの?」

「お前に言われたくねぇよ!」

 自分達を睨みつけてくる嶋村に、大宮が思わず喰ってかかった。この修学旅行の最中に、いつもふざけた態度で教師をおちょくったり、問題を起こしていたのは嶋村の方だ。それなのに、何故こんな奴になんで偉そうなことを言われなければならないのだ。


 だが嶋村は、そんな大宮の顔を睨み飛ばした。

「大宮さぁ、お前ガキの頃アメリカ住んでたんだろ?里田もさぁ、将来ワーホリでオーストラリア来たいんだろ?だったら知ってるよな?ここ日本じゃないんだぜ?どうせ女に呼び出されて行ったら、仲間が待ち伏せしてたんだろ?初対面でホテルの裏口に呼び出してくるような奴なんか、危ない奴に決まってんじゃん!危機意識無さ過ぎなんだよ!!そんで先生達に怪我させて、バカなんじゃねぇの?」

「そ、そんな事言ったって、お前だって……」

 正論過ぎて何も言えない。それでも大宮が何か言い返そうとするが、嶋村は聞く耳を持たないようだ。


「はぁ?俺?俺はさぁ、修学旅行の醍醐味は、先生からかって駆け引きを楽しむもんだって思ってるだけで、バカなことする気は最初からありませんが?はっきり言って、そんなバカだと思われただけでも不愉快だわ。これで殺されるケースだってあるんだって分かってんの?そんで修学旅行、今後中止にさせたいの?後輩達から未来永劫72期生のせいでって言われ続けたいわけ?お前らホント、バカなの?死ぬの?」

「そ……」


 そのまま大宮は力なく口を閉ざした。大宮達は、嶋村がバカをしたり、設楽が大竹と一緒に逆ナンの女達にキャーキャー言われていたことに対抗意識を起こしたのだろう。あいつらがアレだけやってるんだから、俺達だって……という子供らしい負けん気があったのかもしれない。


 さすがにこういう犯罪に巻き込まれるようなケースは滅多にないが、教師の目を盗んで脱走し、外の店でちょっと酒を飲んだりジュースを買ってきては戦果を見せびらかす生徒は少なからずいる。それでも今回のことはそれと同列には語れないだろう。女の誘いに乗って裏口に呼び出され、ホイホイついていくなど、これが修学旅行でなくても、例え成人済みであったとしても、やっちゃまずい行為だということは分かってもらわなければならない。

 だが、それをこんな風に他の生徒に言われては、大宮達も立つ瀬がない。説教は教師がしてもウザイのに、対抗意識を持っている同級生に言われれば、耳に入る筈の説教も入らなくなって当然だ。


「ほら、嶋村。もう良いから部屋戻れ。対応ありがとな」

「大竹、1つ貸しだって言ったの覚えてる?」

「はいはい。矢沢にはアデルのこと内緒にしといてやるから」

 大竹がおざなりに言うと、嶋村はわざとらしく目を釣り上げた。

「違うだろ!」

「分かったよ。明日のランチ奢ってやるから、適当に声かけてくれ」

 割と無難な提案をしてやったつもりの大竹に、嶋村は不満そうな顔をした。


「俺、日本帰ってから何か見逃してくれる系が良いんだけど」

「それはまた別の問題だろ。ほら、明日たっぷり遊べる様に、今日はもう寝ろ」

「は~い。せんせ、おやすみ」

「おう、おやすみ」

 嶋村がエレベーターに乗り、それがちゃんと宿泊階に停まるのを見届けると、大場が設楽に声を掛けた。


「悪いが、救護室がまだやってるか聞いてきてくれ。やってないようなら応急キットを借りてきて、先生達の部屋で2人の手当をして貰っても良いか。傷の具合を見て、やばそうなら病院に行かせるから俺に報告してくれ。あぁ、それと同室の佐藤に連絡入れておけよ。心配させてると思うから」

「分かりました」

 設楽が返事をしてフロントに向かうと同時に、森田が抗議の声を挙げた。


「どうして設楽に言うんですか!その位、俺らでもできますよ!」

「そりゃあんたらに任せてたら、病院が必要な怪我でも絶対行かないの分かってるからですよ」

「俺らそんなに信用ないですか!」

「まぁ、俺から見たらあんたら2人なんかまだまだ生徒に毛が生えたようなモンですよ。逆ナンされてみたり、嬉々としてケンカしてるようじゃあねぇ」

 しれっと言い放つ大場に、森田は口を尖らし、大竹も口をへの字に曲げた。子供扱いされている教師2人を、その場に残されている大宮達が面白い物を見るように見つめているが、大場の次の標的は、当然この3人だ。


「そんでお前ら3人は、これから俺の部屋で状況説明とか言い訳とか反省とかをして貰おうか」

 大場が大宮達に目を向けると、3人は「え、なんで?」と一斉にフロントにいる設楽に目を向けた。

「設楽は!?あいつだって俺達に合流しようとして抜け出したんじゃないの?」

「あー、その話も俺の部屋でするわ。お、設楽。どうだった?」

 戻ってきた設楽の手に応急セットが握られていることに、大場は軽く溜息をつく。さすがにこの時間では、救護室は閉まっていても仕方がないのだが……。


「じゃあ早く2人の処置をしてやってくれ。設楽、病院行くか行かないかの判断がつかなかったら、すぐ呼んでくれ」

「分かりました。あ、今フロントの人がアイシング用の氷をキッチンに取りに行ってくれてるんで、それ貰ってから移動します」

「お、気が効いてるな。じゃ、頼んだぞ」

「はい」


 大宮達の変な視線に気づいているのかいないのか、設楽は大竹達を振り返って、「それじゃあ移動しますよ?」と、引率の教師のように2人を伴って移動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る