第6話:2日目
生徒達の様子を見守りながら、大竹は欠伸を殺した。
今日も朝からレンダム・カレッジスクールで交流会だった。昨日、結局アデルがホテルに顔を出すことはなかった。いくら何でもそんな危ない橋をそうそう渡ることはないだろう。嶋村にしてもアデルにしても、たった2日だけの短い時間だからこその駆け引きなのだ。
ランチの時にはアデルのグループは嶋村とくっついていたが、特別のやりとりがあるようには見えなかった。相変わらずアデルは嶋村の気を引こうとしているようだが、嶋村は昨日ほど気乗りしているようには見えなかった。イギリスの矢沢とメールなりスカイプなりでやりとりでもあったのだろうか。なんにしても、嶋村が大人しくしててくれれば教師陣も息がつけるというものだ。
嶋村始め、生徒に問題がなければ、次の問題はユアンだ。ユアンは今日も大竹に張り付いて、何事かこそこそ話しかけている。ユアンなどは別に適当にあしらっていれば良いのだが、それを目の当たりにしている設楽の視線が怖い。グループトークをしているはずなのに、チラチラと大竹に視線をやり、ユアンを睨みつけてくるが、大竹もソコに構っている訳にもいかないのだ。
日豪の生徒達はもう大分うち解け、手書きのメアドやスカイプの交換をしている。昨日のアデルのようにあからさまなことを言わない限り、教師達も大目に見る事にはしている。ここで友達を作り、日本に帰ってからも良い友人関係を保ってくれることはこちらの狙いでもある。が、それはあくまでも「良い友人関係」であって、ナンパ目的では困るのだ。
たった2日の交流だが、特に日本語クラス組はランチの時には英語で話していることもあって、気の合う友達も見つけられたようだ。最も、嶋村ほどあからさまではないが、女子と交流を深めた奴らもいるようで、これは今夜も眠れないなぁと、教師3人は溜息をついた。
設楽の班に目を向けると、ワーキングホリデー希望の里田が、仲良くなった生徒に「ワーホリ来たらおじさんのホテルで働けよ」などと勧められ、必ず来ると約束しているようだ。
いや、大竹的には、昨日は里田と話していた女子達が、今日も設楽にばかり話しかけているのもメチャクチャ気になる。それを設楽に言っても、設楽は「俺ゲイだけど?」と言っていつも相手にしないのだが、考えないようにしようとすればするほど、女子の手が設楽にボディダッチしているシーンばかり目撃してしまい、あまり設楽を見ないようにしようと心を落ち着かせる。
つうか、男の太ももに手を置くとか、明らさま過ぎんだろ!その太ももに触って良いのは俺だけなんだよ!!設楽も振り払えよ!!
大竹はブルブルっと頭を振って心を落ち着けた。ダメだ。俺はもう設楽は見ない。設楽見てたら仕事にならん!!
他にもチェックしておかなければいけない生徒に強引に視線を向けて、他の生徒がちゃんと交流できているかに気を配る。
藤光に来るような子供のいる家は教育に関心が高く、今の時代、教育に関心のある家というのは、大抵英語に力を入れている。レンダムカレッジでの日本語クラス振り分けの規定に達していなくても、ほとんどの生徒はそこそこには喋れるのだ。後は馴れの問題で、ネイティブと喋る機会が増えれば良いのだが、ネイティブ並に喋れるクラスメイトに気後れして口を開かなくなる奴が多くいる。「そんくらいしか喋れないの?」と思われたらどうしようと、勝手に自分を追いつめてしまうのだ。引率の教師は、そういう生徒のケツを引っぱたくのも仕事の1つだ。
『おい、話は弾んでるか?』
いきなり英語で大竹に話しかけられた生徒が、苦笑して頭を掻く。
「今、日本のマンガの話を訊かれてて」
『英語で話せって』
『あ、すいません』
日本人だからといって、みんながみんなマンガやアニメに詳しいわけではないが、大抵の生徒達はマンガの話になると口が回るようになる。大竹自身はマンガにはたいして興味もないのだが、教師などという職業をしていると生徒の間で流行っている話には詳しくなるし、もちろんどの生徒が何に興味を持っているのかはインプットされている。
『そのマンガだったら大野が詳しいだろ。おい、大野!今週のワン○ース読んできたか?』
『読んだ読んだ!何?語って良いの!?』
ワン○ースという名前に、オージー組の大半が反応した。これで当分は場が盛り上がるだろう。「英語が喋れない」生徒のほとんどは、「何を喋ったらいいのか分からない」のだ。話す内容さえマッチすれば、片言でも会話は続いていく。
よし、ここはこれで良いか、と大竹が回遊を続けていると、クンッとシャツの裾を引っ張られた。
「ん?」
振り向くと、女子生徒が『日本のアイドルの話教えてよ』と、ウィンクを寄こしてきた。大竹は小さく溜息をつくと、『おい、高橋。お前アイドル詳しかったよな。こちらの美女がご所望だ』と声をかけ、さっさと素通りした。
設楽の脇を通り過ぎようとすると、設楽がハンドタオルを床に落とした。すぐに拾ってやろうとかがむと、「ごめん、先生。大丈夫、俺が拾うから」と設楽もかがみこみ、大竹の耳元で囁いた。
「先生、あんまりもてないでよ」
「そりゃお前だろ。何女子に囲まれてんだよ。太ももに手を置かれるのはやり過ぎだろ」
「俺はゲイだっつってんだろ」
「だったら俺も同じだろ」
「あんたはまだまだノンケだよ」
ひそひそと早口で言葉を交わすと、2人ともむっつりと体を起こし、それからお互いに目を合わせて「くくく」と笑った。
「何だよ、設楽。何笑ってんの?」
大宮がめざとく見つけて不思議そうに声をかけると、設楽はにっこりと笑って「いや~、これ終わったらコアラ抱っこだな~と思って」と適当なことを言ってお茶を濁した。
ランチが終り、最後にスピーチ大会をして、ようやくレンダム・カレッジスクールでのカリキュラムは修了だ。大竹は「これで設楽が女子にもてるところを見なくてもすむな」と思い、設楽は設楽で「これでユアンともお別れだ」と思うと、2人ともニヤニヤ笑いが止まらない。
またぞろぞろとバスに詰め込まれた。次の行き先はワイルドライフパークだ。ツアコンの町田からパークの説明を聞くが、その中で「シドニーは州の法律で、コアラを抱っこできません」と聞くなり、バスの中は「えぇ~!?」と叫ぶ男子の野太い叫び声でいっぱいになった。
「俺すっげぇ楽しみにしてたのに~!」
「オーストラリアっつったらコアラの抱っこだろ!?」
なんだなんだお前ら、可愛いことを……。普段とんがっている嶋村達のグループまでぶうたれている。こういうところは可愛いものだ。生徒のこうしたギャップを目の当たりにすると、微笑ましくなってやっぱり教師は辞められないなぁと思ったりする。
「だ、大丈夫です!抱っこはできませんが、触ったり餌をあげたりはできます!コアラの他にもカンガルーやワラビー、ウォンバットやエミューなどの固有種がほぼ放し飼いになっていますので、ツーショット写真は撮り放題です!ただし、オヤツなどを食べ歩くと、動物に追われるので気をつけてください!」
「おぉ~!!」
動物に追われる、という言葉に、何故か生徒達は反応している。動物に追われることの、何が嬉しいのか……。
ワイルドライフパークに着くと、生徒達は大喜びで動物を追い回したり、動物に追い回されたりしていた。そんな生徒達を、動物を見守るように、教師が見守る。
「あいつら、元気有り余ってるな……」
「ここでごっそり搾り取っておきましょう」
「夏休みにガキをプールに漬け込んで、昼寝させるのと同じ理屈だな?」
教師達の頭にあるのは今夜の安らかな休息である。
「せんせ~い!写真撮ってよ~!」
「あいつら、教師をなんだと思ってやがる」
そう言いながら、森田や大竹はフットワークを軽くして声をかけてきた生徒達に走り寄っていく。
「あれじゃあどっちが生徒だか分かんねぇな」
1人50代の大場は、自分から見ればまだまだ若造の教師2人に向かって、にやりと独りごちた。
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