第2話:オーストラリアへ
修学旅行当日。オーストラリア組は1度学校に集まってから、成田へは電車で移動した。成田・シドニー便は、基本夜発朝着だ。日程とホテル代も浮く。
だが。
「おらお前ら、機内食喰ったらさっさと寝ろっ」
先程から大竹・森田・大場の3人は、飛行機のシートベルト解除マークが付くなり席を離れて、くっちゃべっている生徒達の間を歩き廻っている。
飛行機の中とはいえ、修学旅行最初の夜だ。期待と興奮で生徒達が早々に寝るはずもなく、コソコソコソコソとお喋りに花を咲かせている様子は「貴様ら女子か!」と怒鳴りたくなるのだろう、教師連中の額には青筋が立っている。それでも20代ギリギリの大竹と最年少の森田はまだ良いとして、50代の大場などは「頼むから寝かせてくれよ、明日朝からスケジュール詰まってるんだから!」と初日だといのにもう切れかかっていた。大竹も先程から「時差がないから余計面倒くせぇ」と独りごちながら、 「周りのお客さん達に迷惑だろうがっ」と歩き回り、座席に収まる気はないようだ。
「大竹~。リクライニング、これ以上倒れないの?」
「あぁ?お前飛行機初めてか?」
「いや、毎年乗ってる」
「じゃあ知ってんだろ。いちいち呼ぶなっ」
「だって俺、いっつもビジネスだからさ~。エコノミー、マジ狭いんですけど」
「セレブめっ!」
大竹は、大竹が言うところの「あいつやこいつやそいつ」の1人、嶋村に先程からまとわりつかれている。アレは嶋村の厭がらせだと設楽は自分に納得させようとしているのだが、どう見ても「俺に構って♡」という態度にしか思えない。
「大竹さぁ、寝ないの?」
「お前らが寝たら一秒で寝る」
「にゃはは、じゃあ俺らが起きてたら徹夜?」
「……移動のバスで寝るから、お前らが思ってるほどのダメージはないぞ」
ネクタイを外し、Yシャツのボタンを2つ外している大竹は、設楽の目から見たら「そんな無防備な姿を生徒に見せるな!」という格好で、普段かっちりとしている大竹の崩れた姿は余計にそそる。そのそそる大竹が自分ではなく嶋村なんかといちゃついているのが、どうしても納得いかないのだ。
「明日は7時30分着だから、6時には機内食で起こされるぞ。とっとと寝ろよ」
「え~、寝づらくてさ~。ビジネスに行かせてよ」
「ふざけんな。後10分以内に寝なかったら、俺の隣りに席替えるぞ?」
「げっ。マジかよ……」
大竹が覆い被さるようにして嶋村の耳元に口を寄せて話しているのを、斜め後ろの席から設楽が睨んでいるのに、大竹は気づいているのかいないのか。
「エコノミーに8時間座り続けることも社会勉強の1つだ。新入社員にはビジネスなんて支給されねーぞ」
「ちぇ~。分かりましたよ。大竹の隣なんてぞっとしねぇや。寝るよ。寝りゃ良いんだろ?」
ぶつくさ言いながらブランケットを肩まで引き上げる嶋村に、「寒くないか?」と優しく訊きながら、「じゃ、ぐっすり寝ろよ」と大竹が軽く頭を叩いてやると、嶋村は「うぜぇ」と、それでも台詞に反して満更でもなさそうな声を出した。
そのまま暫くそこに立って嶋村が目を閉じるのを確認した大竹は、その場で大きく伸びをしてから、クキクキと首を動かした。
────────目線は設楽に固定されたままで。
設楽はそんな大竹に唇だけで「お疲れ様」と声をかけると、大竹は小さく肩を竦めて、「ホントお疲れだよ」と、口元だけで笑って見せた。そのまま、大竹が設楽の脇を通って自分の席へ戻っていく。
その途中で設楽が大竹の指をきゅっと握ると、大竹もぎゅっと握り返してくれた。
何となく、その「秘密の行為」が嬉しかった。設楽は指先を唇に持ってきてから、ニヤニヤながらシートの上で目を閉じた。
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