そして僕らは手をつなぐ(結晶シリーズⅦ)

イヌ吉

第1話:修学旅行

「お前、修学旅行どうする?」


 土曜日、いつもの通り大竹の部屋でゴロゴロしていたら、資料に目を通していた大竹が突然そんな事を投げかけてきた。


 大竹が勤務し、設楽が生徒として通う私立藤光学園は進学校として有名だが、修学旅行がステキなことでも有名だ。

 受験本番の3年を避けるために、2年生の2月末に行く修学旅行の行き先は3つ。イギリス、カナダ、オーストラリアの中から好きな行き先をチョイスできる。行った先での行動は、決して間違いが起きないように、男子と女子は逆コースを周り、当然ホテルは別々だ。3つの旅行先を男女別に廻るので、2年生を6つのグループに割ることになる。1学年のクラスは6つ。正副の担任と、担任を持たない教師や教職以外の職員も組み合わせて、一グループ45人弱を3人で引率していくこととなる。


 日本からツアコンが一人ついてきてくれるとはいえ、何とかして教師の目を盗んで「異国の地で楽しい思い出を作りたい」生徒45人を3人の職員で引率するというのは、教師の立場からするとえらい苦労だ。何しろどこかに消えられちゃったら、国内と違って探し出すのが死ぬほど大変なのだから。「どうせなら目的地は1つで、男子と女子だけ別にして、135人を9人で引率した方が、何かあったときに動きやすいんですけど!」と毎回みんなで愚痴るのだが、修学旅行のステキ度は、進学率や、制服のステキ度程ではないが、それでも出願数を上げる重要な要素なので、改められる兆しは全くない。


「先生って、引率どこ?」

「俺はいっつもオーストラリアだ」

「なら俺もオーストラリアで」

 何を当たり前のことを言うのだ、という顔で設楽が答えると、大竹は「おーい」と眉を顰めた。


「お前なぁ、学園生活最後のお楽しみ、修学旅行だぞ?1週間だぞ、1週間。少人数行動だから、友達とガッツリ組んで組み分け決めないと超つまんねぇことになるぞ?佐藤とか大宮とかとよく相談して決めろよ」


「修学旅行、2月でしょ?だったら北半球のイギリスやカナダより、南半球のオーストラリアの方がベストシーズンじゃん。それに先輩に聞いたよ?イギリスやカナダは飛行機代だけでも金がかかるから、滞在費ケチってるって。オーストラリアは時差もないし、食事もホテルもアクティビティも豪華で良いぞって。まぁ、そう言ってみんなを説得する」


 大竹がどこに行くと言っても対応できるように、予め設楽は事前調査をしていたようだ。設楽。プレゼンの腕を上げたな……。


「あのな、オーストラリア、引率が俺と森田先生と、大場先生でな?」

「何?森田一緒なの!?行く。絶対オーストラリア俺も行く!」


 設楽は1年の時に聞いた、「大竹と森田は水泳仲間で学生時代からの知り合いだ」という話を未だに根に持ち、大竹と森田がちょっとでも仲良くしていると文句を言ってくるのだ。学生時代ちょっと顔見知りだった程度だと何度言っても理解しようとしてくれない設楽に、大竹は少し苛ついて声を尖らせた。


「だから森田とは何でもないって……いや、ちょっとその問題はこっちに置いておけ。そうじゃなくて、俺と森田先生と大場先生って聞いて、何か気づくだろ?」


 何か気づく?どういうこと?

 設楽は小さく頭を傾けて、3人の顔を思い浮かべた。


 学園一嫌われ者の割に問題児にはこっそり人気のある大竹。力自慢の森田。生活指導の大場……。そういえば、他の班には教師以外の職員も割り当てられているのに、男子オーストラリア班には、いかつい教師しかいない。


「このメンツが1カ所に集められてるって、どういう意味か分かるな?」

「……なんか、他の奴らから見たら、ちょっと遠慮したい先生ばっかり集められてる……?」


「……オーストラリアはベストシーズンで、第1希望が重なると調整が大変だから、ちょっと遠慮したい俺らがここに配置されてるんだよ……。それに問題のある生徒はオーストラリアに突っ込んどけば、他の先生方は楽になるし、このメンツなら何か問題があっても体張って止められるだろってさ」

 大竹の忌々しそうな顔が、知られざる職員室を物語っている。あぁ、本当に学校の裏側っていうのは覗いちゃいけないなぁと、設楽は冷や汗をかいた。


「えっと、それってつまり、やんちゃな生徒がここに集まる可能性が大ってこと……?」

「可能性が大じゃねぇよ。もう強制的にオーストラリアに集めるんだよ。は~。毎回毎回修学旅行だけは面倒くせぇ……」


 ちなみに、男子の2番人気はカナダで、自然を満喫コースのカナダではスキーが楽しめる。イギリスは女子には人気なのだが、男子には「冬のイギリスなんて博物館と城見る以外何見るのさ!?ナイトクラブとか連れてってくれんの!?」ということになってしまうので、男子には「サッカー観戦」を入れて人気のテコ入れをしている。

 だがやはり、ビーチリゾートやコアラや地底都市での宿泊・探検など、あまりにも美味しいオプションがつきすぎているオーストラリアに、どうしても人気が集中してしまうのだろう。その分ご一緒したくない教師を配置することによって、釣り合いをとっているのだ。生徒は内容と引率の教師を天秤にかけて、行き先を選ぶこととなる。……苦渋の選択だ。


「オーストラリアって、コアラとかリゾートの他にどんなことするの?」

「後は、まぁこれは俺へのご褒美だけど、真中らへんに組まれてる地底都市のクーバー・ペディってのはオパールの町なんだよ。だから、オパール採掘ツアーを毎回入れてもらってる。つうか、それ入れなかったら俺はオーストラリアには行かないって脅してるんだけどさ」


 なに?オパール採掘ツアーだと!?

 設楽の目がきらりと光り、大竹は「やっぱりそれ聞いたらそうなるよな……」と溜息をついた。


「行く!俺絶対オーストラリア行く!!」

「……マジで行くのか……?」

「何だよ!俺と一緒の旅行先で嬉しくないの!?せっかく学年が一緒なんだから、俺ずっと楽しみにしてたのに!!」

「……だってお前……」

 大竹は少し憮然とした顔をして足下に視線を這わせた。


「修学旅行の引率、マジで神経使うんだよ。でもお前、一緒にいたら絶対いらん事するだろ?俺は引率の教師だから、生徒45人全員に責任があるんだよ。お前だけに時間を裂くわけにはいかないし、それこそ俺脱走しそうな奴に貼りついてるけど、お前それでも良いのかよ」


 ヘタに一緒にいない方が、お互いに良いんじゃないかと思うんだけど……と大竹は設楽のオーストラリア行きに消極的だが、自分の見てない所で大竹がやんちゃな奴らに懐かれているとか考えるだけでも腹が立つっての!


「行く!誰が何と言っても行く!!」

「……だから、佐藤とか大宮と相談しろよ」


 設楽と仲の良いメンツの顔を思い出す。佐藤は同じ科学部員で、あまり前に出るタイプではないが、他のメンツはクラスでも目立って明るく、元気の良い奴らばかりだ。設楽は彼らと一緒にいても、いつも穏やかに笑っているイメージがある。友達の間に良い距離感を保っていて、合わせるところは合わせ、かといって引きずられすぎることもない。この距離感は、他の奴らはみんな中学から持ち上がって来た内部生で、その仲間に設楽が途中から入った為に保てているのだろうか。内部生同士の馴れ合いや一体感が、設楽には少々希薄だ。


 まぁ、1年の頃からクラスの連中から離れて美術準備室やら科学準備室やらに入り浸っていたのだから、設楽が少々フラフラしていても、気にしないような奴らしか友達にはならないだろう。それでも、設楽はクラスの中で別に浮いているわけでもないし、逆に人望は厚い方だ。他の外部生のように、友達の輪に入れてもらおうと焦ったり必死だったりする様子が無いのが逆に良かったのだろうか。


 それでも、そういう設楽の距離感は、他の友達が「オーストラリアはイヤだ」と言ったときに、「じゃあ俺だけオーストラリアにするから、お前ら別のとこにしたら?」と簡単に言い出しそうな、またそれを許されそうな距離感でもある。大竹は、そこが心配なのだ。

 設楽ならあまり親しくない奴らに囲まれても1週間の修学旅行を楽しめてしまうのだろうが、高校最大の山場である修学旅行がそんな思い出に終わってしまうなんて、教師としての大竹にはやるせないのだ。


「お前、恋愛体質過ぎるんだよ。俺のことを優先してくれるのは嬉しいけど、でも高校時代には高校時代にしかできない事があるだろう?他のことを全て投げ出して恋愛一直線ってのは男子的にどうなんだよ。俺、とにかくお前のそういうとこが心配で堪んねーんだけど……」

 大竹としては出来るだけ真摯に、できるだけ真面目に言ったつもりなのだが、大竹のそういった苦悩が設楽に通じるわけもなく。 


「え?この時期の男子が欲望に忠実じゃなくて、いつ忠実になれと?」

「……いや、だから」

「大人になったら恋愛より優先しなきゃいけないことがたくさん出てくるんだから、今くらい恋愛一直線でも良いじゃん!」


 だからその恋愛一直線過ぎるせいで、去年山中達とあんな事になってたんじゃないのかよ!!少しは自分の行動を振り返ってくれよ!!我が道を行き過ぎなんだよ、お前!!


 そりゃ俺だって、本当は設楽とオーストラリア行きたいよ?

 設楽と一緒に見るウルルの広大な景色やクーバー・ペディのSFじみた風景、グレートバリアリーフの美しい海は、いつもの年よりも素晴らしい物になるだろうとは思うよ?


 でも考えてもみてくれよ?

 恋愛体質がどうの、学生としての本分がこうのはこの際こっちに置いておいたとしてもだぞ?どうせ2人きりの旅行じゃないんだし、自分は(教師として個人名を出すことは控えるが)あいつやこいつやそいつの面倒を見て走り回らせられることを考えれば、もう設楽はいっそ俺のいないところで友情を深めてくれた方が良いんじゃないのか!?って考えても仕方ないだろう!?


 っていうか、絶対揉めるよな?俺が設楽放ったらかしてあいつやこいつやそいつの面倒ばっかり見てたら設楽は絶対変な気を回すし、俺だってあいつやこいつやそいつの面倒ばっかり見てる脇で設楽が佐藤や大宮達と楽しそうにしてるの見たら、面白くないのは必至だよな?


 だったら本当に、カナダでスキー三昧&凍てついたナイアガラに驚嘆してくるなり、イギリスで歴史と伝統と博物館とミュージカルとサッカーを堪能してもらってきた方が、俺の気が楽なんだよ!!


 などと悶々とする大竹の気持ちが設楽に通じる筈もなく。


「やっぱりビーチで水着のお姉ちゃんナンパしたいよな~!」

「寒い日本から寒い外国なんて行きたくないでしょ!」

「つーか俺、マッド・マックスのロケ地見たい。ロケで使った宇宙船とか乗り捨ててあるらしいよ?」

 などと暢気なこと言って、設楽の友人連中は意外とあっさりオーストラリア行きを決めてしまったのだが。


 くそう!お前ら!!

 こっちの苦労も少しは酌みやがれ……!!!



 そんな大竹の嘆きも届かず、嬉し楽しい修学旅行は当日を迎えたのだった。



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※大竹先生と森田先生の話に関しましては、「汝、女子に恨まれる事なかれ(結晶シリーズⅥ)」をご覧下さいませ。


  イヌ吉拝

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