第3話:オーストラリアに到着
通常通りなら3年に1度、多い時では3年に2度修学旅行の引率をする教師連中は、さすがにこの旅行に馴れている。だが、人生で最初の、そして大抵の奴には最後の「高校の修学旅行」に来た生徒の方には、その過酷さはイマイチ伝わっていなかった。
「おら、着いたぞ。とっとと降りろ」
「何だ何だだらしないぞ!しゃっきりしろ、しゃっきり!」
6時に機内灯が灯り、強制的に機内食を詰め込まれ、あっという間に着陸態勢に入ると、飛行機は定刻通りにシドニーのキングスフォード・スミス国際空港に着陸した。
日本の寒い冬に馴れた身に、真夏のオーストラリアのきつい日差しは強烈だ。それが寝不足であるならなおさらである。
この時点で、生徒達は「眠ぃ」だの「ダメだ、朝飯食えなかった」だのごにょごにょ言っているが、引率3人に引っ立てられるように荷物を受け取り、イミグレを通ってバス乗り場に連れて行かれる。ツアコンの町田さんは異様に快活な男で、朝っぱらから旗を振り回しながら、どんどん先に進んでいく。生徒達はその後ろで、「先生待って……」「ジュース買わせて……」などと情けない声が上げている。
「バスの中にミネラルウォーターとクラッカーがありますから、早く移動して下さーい!」
町田さんの旗を見失わないように、それでも重い足取りで歩く生徒達を、教師3人は人数の確認や荷物のチェックをしながらバスに詰め込んでいく。
「全員乗ったか。班長、報告しろ」
「うぃーっす…」
生徒達は5~6人ずつの班に分けられている。オーストラリア組は46人だから、9班だ。その9班を勝手に3グループに分け、教師1人ずつが1グループ毎に張り付くことになっている。逃走の恐れのある生徒のいる班が、1グループに1班ずつになるように組み分けしていることは、当然生徒達には内緒だ。
大竹は1班から3班を受け持っているが、残念ながら設楽は5班、森田のグループだ。
そんな仕組みがあるとは知らない生徒達が、素直にバスの座席に座っている。従順な羊の群れ達よ。頼むから日本に帰るまで、大人しい羊でいてくれ!!
「先生達、何で寝てないのにそんな元気なのかな……」
「アドレナリン出てんだろ。ほら、しおり開け。今日はこれから姉妹校のレンダム・カレッジスクールに行って、14時までディスカッションや交流会だ。各自流れは把握してるな?TOEIC850点以上の奴は日本語クラスで日本語で交流してもらうから、俺について行動してくれ。他の奴らは大場先生と森田先生について、英語クラスだ。そっちは日本語禁止だからな。どっちのコースかは説明会の時の振り分けに従ってくれ。ランチはカレッジのカフェで用意されてるから、向こうの生徒と楽しくランチだ。ランチ中も日本語は禁止。自分達だけで固まるな。カレッジの生徒と仲良くやれ。ただし、向こうの女子生徒ナンパすんのは禁止だ。14時以降はしおりの通りにシドニー観光して、夕食はホテルのレストラン。その後レセプションルームに集合してミーティング。ミーティング終了後は21時半までセレプションルーム解放しておくけど、22時消灯以降各自の部屋からの外出は禁止。22時に各部屋に点呼を取りに行くから、寝る支度をして待っててくれ。22時以降に出歩いてる奴らは翌日のミーティング後に反省文を書いてもらう。悪質な場合は今後の自由行動削られてホテルに缶詰の刑が待っているから、そのつもりでいてくれ。今日の流れはこんな感じだ。それと、説明会でも言ったが、オゾンホールの関係で、オーストラリアは日焼け止め必須だ。紫外線対策しっかりしろ。今日明日はカレッジで交流会の関係があるから制服だが、ブレザー着ない奴は腕も日焼け止めしろよ。他に質問ある奴いるか?」
大竹がバスのマイクを借りてアナウンスするのを聞きながら、大宮が「何で大竹って朝っぱらからあんなにいつも通りなんだろ……。ホテル寄らずにすぐ学校とか……鬼か……」と設楽に耳打ちしてきた。
「先生達は馴れてんだろ。俺は飛行機の中で割と眠れる方だから大丈夫だけど、何?お前眠れなかった?」
「眠ったつもりなんだけど、何かかったりいよ。つうか、俺朝はいつもこんなだけどさ」
「はは、向こう着くまで少し寝てろよ」
見ると、アナウンスを済ませた大竹も、さっさと自分の席に座って目を閉じている。バスの中で生徒が多少羽目を外すのはOKなのか、生徒が騒いでも知らん振りで大場と大竹は仮眠を取っているようだ。一番若手の森田が1人で「ミネラルウォーターとクラッカー、みんな受け取ったかー」などと生徒に声をかけている。
まだ27歳の森田は今年4年目だが、実は毎年修学旅行の引率に借り出されて、修学旅行には馴れているのだ。やはり体力自慢の若い教師は、生徒の押さえ込みに有効だ。
だがそんな先生方の事情より、設楽には切実な問題がある。
……先生達の部屋割りってどうなってるんだろう。
はっきり言って、森田の体力よりも、今日のスケジュールよりも、設楽にとっての関心事は大竹の部屋割りに占められている。
生徒の部屋は全部ツインだから、班を跨って部屋割りされてる奴らもいる。基本的には班が優先されていて、一応「部屋割り希望」を提出してある。設楽は同じ科学部仲間の佐藤との同室を希望している。大宮や里田は良い奴だが、賑やかすぎてノリが合わないときもあるのだ。
先生達はどうやって部屋割りをしてるんだろう。生徒がツインなんだから、先生達が3人部屋って事はないだろう。ツアコンの町田さんは別企業の人だから、先生達と一緒の部屋って事はないんじゃないか。そしたら、ツイン1部屋、シングル1部屋か。
だったら、ベテランの大場がシングルで、年の近い先生と森田が一緒ってことだよな!?やだよそんなの!あの2人が一緒の部屋で寝起きとかすごいやだ!!仕事だろうと何だろうと、絶対やだ!!
設楽は、1年の時に聞いた「大竹と森田は学生時代から水泳の大会で顔を合わせ、あの大竹が森田とは親しそうに話していたから」という理由で女子が森田×大竹の妄想話で盛り上がっていたことをまだ根に持っている。それを信じているわけでは決してないが、森田が大竹に下心を持っているのではないかと、疑ってしまうのはしょうがないと思う。
時々、森田が大竹を揺すって何かを耳元に囁くと、目を閉じたまま、大竹が返事をしている。
くそ~!俺の目の前で先生といちゃつくんじゃねーよ、森田ぁあぁぁぁぁあぁ!!!
悶々としながら、一行のバスはレンダム・カレッジスクールに到着したのだった。
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