第4話:レンダム・カレッジスクール
私立藤光学園と私立レンダム・カレッジスクールは姉妹校だ。カナダとイギリスにも姉妹校を持っており、毎年数名の交換留学生の行き来がある。1年間の留学を希望する生徒もいるが、1ヶ月ほどの短期留学を利用する生徒も多い。
藤光学園は英語教育に力を入れているし、帰国子女も多く在籍している。英語以外の教科で英語による授業は行われていないが、日本語が不得意な生徒に英語で補習を行えるだけの英語力が、全ての教師にも求められているのだ。
そんな藤光学園なので、修学旅行中にはどの目的地を選んでも、必ず姉妹校での交流活動が2日間割り当てられている。但し、帰国子女やネイティブスピーカー、それに準ずる英語力を有している生徒には、現地校の日本語選択の生徒と日本語で交流させている。奴らは今更英語で初級会話をすることには大した意義など無いのだから、現地校のニーズに協力してもらっているのだ。日本語と日本文化の普及活動。これも立派な社会勉強である。
ちなみに、46人のオーストラリア組の内、日本語クラスに入ったのは11人。毎週スカイプを通して、クールジャパンオタクだというアメリカ籍の従兄弟達に、英語で情報提供という名のオタ話をしている設楽は、当然ながら日本語クラス組だ。
「じゃあ日本語クラス組はこっちに集まってくれ」
歓迎セレモニーの後すぐに組み分けで行動するために、大竹が声をかける。生徒達は一部の設楽を除いて、すでにげんなりしていた。
「せっかくオーストラリア来たのに、休む間もなく勉強って……」
「しかも大竹かよ……」
「いや、この際もう大竹で良いよ。大場の方が気詰まりじゃん」
勝手なことを言っている生徒を後目に、教師はじゃんじゃんじゃがじゃが流れ作業のように生徒を仕分けて連行していく。その様子がじんわりと疲れていて、設楽が大竹を見てクスリと笑う。大竹はわざと口をへの字に曲げて肩を竦めて見せた。
日本語クラスに割り当てられた生徒達は、設楽を始め、みな日本語での交流なら簡単だと思っていた。だが、いざ始まってみると、正しい日本語を使わないとまるで通じない会話は思ったよりも難しい。曖昧な表現は一切通じないし、語尾を濁すことでもできないのだ。思った以上に討論が進まず、時間ばかりがあっという間に過ぎていった。
気分転換にチラリと盗み見ると、大竹は生徒の苦労などどこ吹く風で、現地校の教師と顔を寄せ合って話をしていた。そうか。毎回オーストラリア引率と言うことは、この学校の教師とも顔見知りということか。
あーチクショ~!先生そんな可愛い顔すんなよ!日本じゃちっとも見せない笑顔を安売りすんな!つーかおかしいだろ!さっきからずっとユアンとかいう教師が先生の肩とか背中とかにタッチしてんだけど!先生未だに男に警戒心なくてマジ困るんですけど……!!
そんな設楽のイライラにも気づかず、大宮達はニヤニヤしながら設楽をつついた。
「ウハ~、設楽ぁ、オーストラリアの女子ってすげー育ってるなぁ!」
大宮達は日本語クラスの女子の辿々しい日本語に鼻の下を伸ばしているが、そばかすだらけの女子の胸が、バ~ンとして腰がキュッとしてようが、そんな事知ったことか!!日本の女子高生ではまず見ることの出来ない「ナイスバディ」だろうとなんだろうと、あんな胸はただの脂肪だ!俺はそんな脂肪の塊なんかより、目の前の筋肉マッチョが俺の先生にボディタッチしやがるので頭がいっぱいなんだよ……!!
結局、ユアンはランチの時も大竹の隣りに陣取りやがった。正直目障りだと思っていると、ランチルームに甲高い声が響いた。
『やだ~!そしたら今夜ホテル抜けてきてよ!一緒にクラブ行かない?』
『そうしたいのはヤマヤマだけど、うちの先生達おっかないからさ~』
『じゃああたしがそっちのホテルに行くわ。ね、何号室?ルームナンバーが分かったらメールして?』
嶋村だ。濃いめのブロンドにブルーグレイの瞳の、なかなかの美少女といちゃついている。
「こらナンパ禁止って言ったろ。まさか脱走する気じゃねーだろーな」
即座に大竹が脇まで来て、トントンと机を指先で叩いた。
「やだな~、大竹。あんなのただのリップサービスでしょ」
「とか言いながら、スマホ出してんじゃねーよ」
大竹が嶋村のスマホを取り上げると、オージーの彼女 アデルが『ひどい!日本の教師は横暴だわ!』と口を尖らせた。
『恋愛は自由の筈よ!』
『我々は決められたルールに則って行動している。この旅行に参加した生徒は、そのルールに同意し、これに従う義務を負っている。ルールに従わなければペナルティを受けなければならない。君がこれを恋愛だと言うのならば、惚れた男にペナルティを与えることを良しとはしない筈だ。責任と義務を放棄して、自由だけを享受することを、我々日本人は認めない』
大竹がきっぱりと言い放つと、アデルは『ムカツク!』と小さく吐き捨てた。
『こんな窮屈な教師しか日本にはいないの?ここは日本じゃなくて、オーストラリアなのよ?』
こんな生徒は洋の東西を問わず、どこにでもいる。自分はもう充分大人だと信じ込み、そのくせ大人として求められる振る舞いは拒絶する、要するにどこにでもいるガキの1人だ。問題なのは、彼女が大人から見ても充分に魅力的なことだろう。年齢だけは成人に達している精神年齢が低いオトナ共から、自分はこのように振る舞っても許されると教え込まされてしまったことは、彼女にとって悲劇に違いない。
『ねぇ、あなたもそう思うでしょう?シドニーまで来て、クラブにも行かずに帰るだなんてナンセンスだわ!』
だが、嶋村は、必死に訴えるアデルに向かって肩を竦めて見せた。
『俺もこの先の自由時間を、ホテルに缶詰にされても困るんだよね。大竹、スマホ、いつ返してくれる?』
『ここ出てバスに乗ったら、だな。同じ事をもう一度したら、ホテル出るとき毎日預かるからそう思え』
『ハイハイ。厳しいことで』
大竹と嶋村が、アデルに聞かせるためにわざと英語で喋っていることに気づいていないのか、彼女はまだ『横暴よ!横暴だわ!』と怒っている。さすがに見かねたユアンが近づいてきて、アデルを嗜めた。
『いい加減にしろ。日本の皆さんに、我が校の生徒への変な偏見を与えないでくれ』
アデルはムッとしたような顔をしたが、それでも教師に逆らうのは得策ではないと悟ったのだろう。『分かったわ。ごめんなさい』と謝って、嶋村に目配せした。
「あ~ぁあ。せっかくオージーの彼女ゲットできるとこだったのにー」
日本語で嶋村がぼやくと、大竹が「お前、矢沢にチクるぞ」と、現在イギリスコースを回っているはずの女生徒の名前を挙げた。
「うっわ、勘弁してよ、大竹。つーか何でそこで矢沢が出てくるかな」
「あの手のタイプは浮気すっと後が大変だぞ。ちゃんと良い子にしてな」
大竹がニヤリと笑うと、嶋村は「怖い怖い」とランチにかぶりついた。
この騒ぎのせいで、大竹はユアンの脇を離れて生徒達のテーブル近くにどかりと座って食事を摂り始めた。怪我の功名とはこの事か。おっしゃー!GJ、嶋村!!
「せんせー、こっち来る?」
すかさず設楽が声をかけると、大竹はチラリと設楽を見て、「良いからさっさと飯を喰え」と素っ気なく応えた。
設楽のテーブルには、同じ班の面子の他に、カレッジの日本語クラスの男女4人が一緒に座っている。オージーの生徒4人は、先程のディスカッションテーマである「日豪の観光サービス」について、将来ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在することを希望している里田とまだ熱心に話を続けている。
『日本語出来るとそんなに観光業仕事あるの?』
『もちろんだよ!オーストラリアを訪れる観光客は日本人とドイツ人が多いんだけど、日本人は日本語スタッフのいる店を選びがちだからね。逆に日本ではオージーが働ける場はあるかな』
『う~ん、日本はビザの取りづらい国だから……。でも、英会話学校がとても流行っていて、そこではネイティブが求められるから、まず英会話学校と契約して就労ビザを貰って、それから職探しをする人もいるよ?』
『そっか~。俺、日本でダイブインストラクターをしたいんだ。そしたらこっちに戻ってきてからの役にも立つだろ?』
『日本国内でか~。ごめん、俺ダイビングしないからよく分からないけど、でも 』
里田は男子生徒とお互いの将来についてのビジョンを交えながら盛り上がっている。言語が英語になった途端に、カレッジの男子生徒も饒舌になった。傍にいる女生徒は里田達の会話に必死で相槌を打ちながら、やたらと設楽に話しかけたり袖をつついたりしている。
……設楽。俺に森田のことを色々言いやがるなら、その女子のボディタッチを何とかしろ。あいつ、何で女子に色目使われても気にしねぇんだよ。あからさますぎるだろ、女子!
イラッとしながら設楽を盗み見している大竹に気づかないのか、設楽や大宮達は、教師陣に聞かれないように、小さい声でボソボソと日本語で無駄話をしていた。本当ならこの会話に参加しないといけないのだが、イマイチテーマに関心がないので、何を話して良いのか分からないのだ。
「あ~ぁ、嶋村、矢沢と付き合ってんのかー」
「何だよ、矢沢のこと狙ってたの?」
大宮のぼやきに、清水がつまらなそうに反応する。
「いや…、矢沢と嶋村って、あんま似合ってないな~と思って。ちょっとショックだわ~」
金持ちのボンボンでチャラい嶋村と、優等生の矢沢。設楽にはあまりぴんと来ないが、清水や大宮には、ちょっと面白くなかったらしい。
「なんで真面目な子って、ああいうチャラいのに引っかかっちゃうんだろう……」
大宮はガッカリしているようだが、設楽的には大竹にまとわりついている嶋村に彼女がいるというのは安心できるニュースだった。ホッとして大竹を見ると、森田とユアンが小竹を追いかけてきて、一緒にランチを食べ始めるのが見えた。
ぐわ~!お前ら、先生取り合ってんじゃねーだろうな!?待てやこら、森田はともかく、ユアンはマジなんじゃねーの!?
設楽が大竹を睨むと、大竹は設楽に、グループトークに戻れと顎で促してきた。2人の間でアイコントークが繰り広げられてるとは気づいていないのか、ユアンが大竹に顔を近づけて何事か話しかけ、森田が負けじと大竹の気を引いている。
だから!あの2人は何なんだよー!!
そんな調子だったから、ランチが終わり、午後のスケジュールをこなしてレンダム・カレッジを出るときには、設楽は芯からホッとした。
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