第7話:移動と2日目の夜

 翌日は、バカみたいにハードな1日だった。朝6時にはホテルを出て、空路アデレードへ。そこでアデリーペンギンの保護区を見学してからまた機上の人となり、一同は世界中のホワイトオパールの7割を産出するクーバー・ペディを目指した。地図で見るとさほど遠くも見えないが、アデレードからクーバー・ペディまでは、およそ東京から広島ほどの距離がある。


 とにかくオーストラリア組は、何が大変といって、移動のハードさが並ではない。一週間にめぼしい場所を回ろうとして詰め込みすぎたスケジュールを作るのは、日本のグループ旅行スタイルだが、それをこなそうとすると、オーストラリアではその移動のほとんどが飛行機となる。クーバー・ペディに向かう飛行機の中、設楽は大きな欠伸をした。



 昨日の夜は、「暑いから水を買いに来た」と言い訳して、設楽は1人でロビー脇のバーに来た。そこには大竹とユアン、それから森田ではなく大場が座っていた。


「何だ、設楽。点呼までに部屋に戻らないと、反省文だぞ」

 大場がギロリと睨むと、「だって喉乾くんだもん」と、設楽はぶーたれて見せた。

「冷蔵庫の中に水入ってただろ」

「あんなのすぐ飲んじゃったよ。何で海沿いなのにこんな喉乾くんだよ」

 拗ねたような台詞に、大竹が小さく笑ったのを、設楽は見逃さなかった。


「今日は大場先生なんだね。森田先生は?」

「森田さんは今日は点呼係だ」

「じゃあ明日は大竹先生が点呼係?」

「そういうことだ」


 ということは、明日は大竹は夜1人きりになる時間があるということだ。まさか部屋に訪ねに行くわけにはいかないが、どこかで2人きりになるチャンスがあるんじゃないのか!?

 ワクワクしながら大竹を見ると、ユアンがあれ?という顔をした。


『君はひょっとして、Teacher’s pet?』

 その台詞に、設楽はぎょっとした。


 Teacher’s petはよく「先生のお気に入りの生徒」と間違われるが、実際には「先生に気に入られたい生徒」という意味合いの方が強い。設楽と大竹の関係は、そのどちらの意味でも間違いではないが、それを教師に指摘されるというのはかなり問題がある。

 焦ったように設楽は大場を振り返ったが、2人はしら~っとしてスルーしている。


 ……アレ?何だ、この反応……。


「えっと……、先生、水ってどこで買えるの?このバーで買える?」

 設楽がちらりとユアンを気にしながら訊くと、ユアンはニヤニヤしながら何か言おうとした。


 だが。


『ユアン、あんた酒入ってるんだから、もう帰れよ』

『何で?だって俺は勤務時間じゃないから、飲んでも良いでしょ?』

『飲めない俺らの脇で酒飲むとか、どんだけ迷惑なんだよ。お前もうとっとと帰ってくれ』

『え~?』

 驚いたことに、ユアンはもう出来上がっているらしい。大竹と大場、2人に帰れと言われて『まだ帰りたくないよー!』と言いながら、大場を乗り越えて大竹に手を伸ばそうとして、大場にブロックされた。


『セクハラは禁止ですよ』

『だから俺は今勤務中じゃなくて、自主的にですね?』

『生徒よりあんたが問題児だよ』

『で、この子はTeacher’s petなの?』

 赤い顔をして絡み出したユアンに呆れた顔をして、大竹はバーテンを呼ぶとミネラルウォーターをボトルで注文した。


「変なとこ見せてすまんな、設楽。こいつも途中までは素面だったんだけどな」

 大場が申し訳なさそうに言うと、ユアンがむっとしたように抗議した。

『そうやって日本語で喋って、俺をのけ者にしようとして!』

『良いからもう帰ってくれ』

『じゃあ大竹先生のルームナンバー教えてください!朝まで飲みましょう!』

「ったく、めんどくせーなぁ……」

 大竹と大場は心底疲れたように溜息をついた。何だ何だこの2人の反応は……。設楽が気になって地蔵になっていると、大場が設楽を見てから大竹をつつき直した。


「大竹先生、もう良いから設楽を部屋に送りがてら上がっちゃって下さい。お疲れさんです」

 日本語で言ったはずなのに、気配を察したのか、ユアンがすかさず大竹の腕を掴んで離さないようにする。

『行かないで下さいよ!』


 何~~~!?貴様、そこまで露骨に先生に絡みつくって、どういう事だよ!!

 設楽が切れそうになったその時。


『俺は朝まで大竹と飲んで、お姉さんを紹介して貰うんだから!!』


 ……は?

 お姉さん?


『森田から聞いたんだぞ!大竹のお姉さんは超美人のヤマトナデシコだって!今や絶滅危惧種のヤマトナデシコ!!絶対紹介して下さい、我が弟よ!!』

『誰がお前の弟だ!あーもーマジでめんどくせぇ!!森田も何で姉貴の話なんかするんだよ!』

「……森田先生が前言ってましたよ。大学時代の大竹先生を覚えいてたのは、大会に応援に来たお姉さんがあまりにも美しかったからだって」

 大場がぼそっと言うと、大竹はは────っと大きな溜息をついた。

『お前、うちの女性教師にも声かけまくってるよな!?うちの学校じゃ問題になってるぞ!!日本女性好きも大概にしろよ!?その場に女がいないからって、見てもいない女にまで発情するって、おかしくねぇか!?』


 その後もユアンは大竹にベタベタ触ろうとして、その都度大場に『セクハラですよ!』と叩きのめされていた。


『俺は未来の弟との仲を深めてですね!?』

「もー良いから大竹先生、とっとと上がっちゃって下さい。あんたがいるとよけい面倒くせぇわ!」


 とゆー事があって。


 設楽は点呼より遅れて部屋に戻ったのだが、大竹が森田にユアンへの文句を言いつつうまいこと取りなしてくれたので、反省文からは何とか免れた。

 明日は早いから早く寝ろよと2人の教師から告げられて、慌ててシャワーを浴び、ベッドに入ると携帯が鳴った。急いで開くと、《な?おまえが心配するよーな事は何もないだろ?》と、大竹のドヤ顔が瞼に浮かぶようなメールだった。


 良かった~。マジで良かった~!!

 そっか~、清香さんか~!確かに清香さん、大和撫子って感じするよな~。そっか~清香さん狙いだったのか~。しかしよくもまぁ、見たこともない人にそこまで入れ込めるよな~。


 ユアンの気持ちが大竹にないと分かって、それなら来年以降の修学旅行も安心だと思うと、設楽は嬉しくて嬉しくてニヤニヤしながら1人布団の上でゴロゴロと寝返りを打ち、気が付くと夜が明けてしまったのだ。


 まぁ良い。今日は移動日だ。いくらでも寝る時間はある。まぁ、どれもこれも短い時間のフライトで、正直すっきりはしないが、それでも休まないよりは良いだろう。


 そうしてうつらうつらしているうちに飛行機は着陸して、今度はバスに乗り換えて乾いた大地を走り続け、一行はクーバー・ペディに到着した。

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