第13話:ケアンズ

 クーパー・ベティでオパールを掘り、地下のレストランで食事をした後、一行はそのまま空路アデレードに戻り、そのまま飛行機を乗り換えて、オーストラリアのヘソ、ウルル・カタジュタ国立公園に向かった。もうこの辺りで、生徒達は今自分がどこにいるのか、目が醒めたのがどこなのか分からない状態になっていた。


 翌日早朝のまだ涼しい内にウルル(エアーズロック)に行き、アボリジニの聖地の巨大な一枚岩を見学した。忙しい旅行でランナーズハイの様な状態になった何人かの生徒が、止めるのも聞かずにウルルに登ろうとして、大竹や森田に引きずり戻されたり────さすがに大竹は足場の悪いウルルにひょいひょいと駆け上って生徒達をとっ捕まえて、「猿か!」とからかわれたりしたのだが ────、午後にはウルル・カタジュタ・カルチュアル・センターでオーストラリアの歴史や地形について学んだり伝統舞踊を鑑賞した。その後、タウンセンターで文化体験として、アボリジニの伝統武器であるブーメランの投げ方を教わるなり、生徒達はいきなり子供に還り、会場は興奮のるつぼと化す。


「うひゃ~~!楽しい!!」

「本当に戻ってくる!!」

「俺の方が遠くまで飛んだぜ!」

「ば~か!ブーメランは戻ってきたのをキャッチしてこそだろうが!!」


 そうしてほぼ全員の生徒がお土産にブーメランを購入してからケアンズ行きの飛行機に乗り込んだのが昨日の夜の話である。設楽も例に漏れず、美しい彩色の施されたブーメランを購入してご満悦だ。

 ケアンズ行きの飛行機では生徒達は大喜びし、「これ、学校持って行っても良いでしょ?」だの、「今度の球技大会でブーメランも競技に入れてよ!」などと盛り上がってしまい、静かにさせるのが大変だった。


「……お前ら、それ日本持って帰って、どこで投げるんだよ……」

「良いじゃん!民俗学的なお土産だよ!?飾っとくだけでも格好いいじゃん!!」

「……広い所でやれよ?そこらの公園で投げたら危ないからな」

「だから学校でやらせてよ~!」


 どうしてこう、男子というのはブーメランやら木刀やらペナントやら、家に持って帰ったら絶対邪魔くさいであろうものを買いたがるのか。まぁ、嬉しそうだから放っておこう。後になって「何でこれ買っちゃった!?」と頭を抱えるのも、修学旅行の大切な思い出だ。


 そうして最期の逗留地、ケアンズまで来れば、後はもうゆっくりとリゾートを楽しみ、そして日本に帰るだけである。


 グレートバリアリーフで有名なケアンズだが、実はケアンズにはビーチがない。ホテルのプールか、人工的に造られたビーチ型リゾートを楽しむか、近隣の島までボートで渡るか、もしくはバスで30分以上離れたビーチまで足を伸ばすか、である。

 そんな訳で今藤光学園の生徒達は、バスで30分運ばれて、美しい白いビーチに囲まれたノースビーチエリアで、幸せを噛みしめていた。


「オーストラリア、最高……」

 溢れんばかりの若さを滾らせて、46人の男子生徒は、美しい水着姿を惜しげもなく披露する女性達を眺めながら鼻の下を伸ばしまくっていた。


「おい、ナンパは禁止だからな」

「分かってるって!でも、向こうから声かけられちゃったらどうしよう!!」

「アホか、周りをよく見ろ」

 言われて辺りを見渡すと、美しいビキニ姿の女性の傍には、逞しい筋肉を誇らしげに晒す彼氏の姿が当然のようにあった。チクショウ!そこは見ないようにしてたのに!!


「お前らみたいな貧弱なガキに声かけるなんて、どんなショタコンだよ」

「うっせー!バーカバーか、大竹死ね!!」


 人種的な問題ももちろんあるが、進学校である藤光の生徒達など、家の中で勉強ばかりして、ヒョロヒョロバディも良い所だ。こういう場所では、多少問題児とされている嶋村や、大竹に負けじと肉体改造に勤しむ設楽などは群を抜いて体格の良さを見せつける格好となる。だが残念なことに、設楽がそのナイスバディを見せつけたい相手は、大竹一人に限られていた。


 そして更に生徒にとっては残念なことに、大場はともかく、引率の大竹と森田がまた格段にガタイが良いのだ。


 186cmと日本人離れした長身の大竹は、広い肩幅と広い胸、腰は細いくせに太腿にはしっかりと筋肉が乗っていて、いかにも『アスリート然』としている。森田の方は専門の水泳よりもマシンでジム筋鍛えるのに夢中になっているので、マニアには堪らないような童顔マッチョだ。肩も胸も腕も脚もモリモリ筋肉が乗っていて、腹筋はこれでもかとばかりに割れている。ビーチにただ立っているだけで、マッチョ好きの女やら男やらから熱い秋波を送られているのだが、本人は彼女一筋なためか、教師としての使命感なのか、熱い視線を笑顔で跳ね返している。


「くそ~!せっかくの白いビーチでムキムキの森田の身体なんか見たくねぇっつーの!」

「あいつ絶対ナル入ってるぜ!!」

 そんな悪態をつかれているのを知ってか知らずか、森田はその辺でダラダラしている生徒達に声をかけ、一緒に泳いだり水を掛け合ったりしている。


 例の嶋村達のグループ担当の大竹は、解散の前に嶋村に声を掛け、何事か耳打ちしていた。大竹は以前「どいつがどいつとつき合ってるかは大体分かる」と言っていたが、それは本当らしい。他のメンバーも彼女の名前を出されて「ナンパしたらチクる」とでも脅されているのだろう。しばらく何事か言い争っていた生徒達ががっくりと肩を落として海の中に浸かりに行くのを大竹は腰に手を当てて見送ると、やっと大場の座っているレンタルチェアまで戻ってきた。


「あんだけ脅しとけば良いですかね」

「あぁ、ご苦労さん」

「後の生徒の面倒は、後は若い奴に任せますか」


 レンタルのビーチパラソルの下でリクライニングチェアに横たわる大場の脇に大竹がどっかりと座り込むと、大場が「まぁ、大竹先生も若い奴の筈なんですけどねぇ」と小さく笑った。


「いや、もうアラサーにもなると、日陰から出たくありませんよ」

「ははは、確かに、日に当たるだけで体力使いますからね」

 2人は生徒達をしっかりと視界に捉えながら、小さく溜息を漏らした。


「……何しろ今夜のために、体力は温存しておかないとな……」

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