第12話:オパール

 翌日は、設楽が修学旅行の中で一番楽しみにしていた日だ。何と言っても、オパールの体験採掘が出来るのだから。


 最初にクーバー・ペディ博物館で、この町の成り立ちや、メイン産業であるオパールの採掘の歴史や行程、また、オパール自身についての展示を見学して、すぐに一行は採掘場に向かった。


「出てきたオパールは自分で持ち帰ることも可能です」

 ツアコンの町田がそう告げると、生徒は「おぉ────!!」と叫び、俄然やる気を出してきた。


「でもさ~、そんな素人が掘れるもんなの?実はもう掘り尽くされちゃったりとかしてないの?」

「そうだよ。ちゃんと出てくる物?」

 1人の生徒が水を差すようなことを言うと、みんながそうだそうだとざわめき出す。


「何を言うか。実はうちの学校には、過去に大物を掘り当てた人がいるんだぞ」

 森田が言うと、生徒達は再び色めき立った。


「マジで!?誰!?この修学旅行で!?」

「え、何年前の話!?」

「男!?女!?俺らの知ってる人!?」

 口々に叫ぶ生徒達を、森田は「どうどう」と手で制し、一大ニュースのように発表した。


「その人は目の前にいま~す」

「え……」


 生徒の目が、一斉に大竹に注がれる。大竹の結晶好きは、科学準備室に入ったことのある生徒なら、誰でも知っていることだ。


「は~。大竹かよ……」

「そりゃ大竹ならな……」

 何となく、一気に士気が下がってしまったので、町田が慌てて発破をかける。


「いや!これはもう運ですから!!誰でも掘り当てられる可能性はありますよ!ね、大竹先生!?」

「ああ、取り敢えず、岩肌をよく見て、岩目を見ろ。他とは少し違うから。宝石として売り物になるオパールは稀少だが、ボルダーは毎年何人か掘り当ててるぞ」

「ボルダー?何それ」

 宝石に興味のない男子生徒に、「ボルダー」と言われて分かる者は少ない。先程博物館で見たばかりの物なのだが……。


「お前ら博物館で何見てたんだよ……。母岩だよ、母岩。母岩の中にオパール屑が巻き込まれてる奴だよ。……ほら」

 そう言って、大竹はリュックからケースを取り出した。ケースの中には研磨されていないボルダーオパールが入っていて、それを見せると生徒達はまた「おお ────!!」と叫びだした。


「かっけー!」

「それ加工できる!?」

「やる気満々だな。研磨は自分でやんのは無理だが、研磨しないでこのままアートクレイシルバーとかワイヤーワークでアクセにしても良いし、金出せばここで研磨して日本に送って貰うこともできるぞ」

「うわっ!マジでテンション上がる!!」

「俺絶対掘り当てるぞ!」

 生徒達はすっかりその気になって、タガネとハンマー片手に張り切りだした。


「大竹ー!どの辺ならありそうか教えてー!」

「大竹ー!こっちも!!」

「大竹ー!!」

 四方八方から声を掛けられても、大竹の体は1つしかない。

「あーもーこういうときだけ俺モテモテだな……」


 それでも大竹は、声を掛けてきた何人かに返事をしながら岩目を読み、さりげなく設楽に近づいていった。


「水晶よりも岩目読みづれーぞ」

「堅めんとこ狙うべき?」

「ああ、そんな感じで」

 言いながら、大竹はじっくりとその辺を見回し、さりげなくトンと岩壁に手をついた。


 設楽は大竹が生徒達から声をかけまくられている様子を見ても、今は気にならないらしい。ゆっくりと大竹が手をついた辺りを指で辿りながら、岩の硬さを確かめて、丹念に掘り始めた。


「何、設楽、馴れてる?」

 大宮に訊かれて、設楽は上の空で「うん」と答えた。

「何度か水晶なら掘りに行ったことあるから」

「え!?マジで!?ちょ!教えてよ!!」

「いや、本当に、運だから。掘り当てられるかられないかは運次第だってば。宝石掘りはギャンブルだって、博物館でもキュレイターさんが言ってたじゃん」

 しかし、作業に馴れている分だけ、設楽は手が早い。同じ持ち時間をいかに有効に使えるかが、勝敗を分けるのだ。


 大竹の示したポイントは、他の岩肌より少しブツブツしていた。含有物が多い証拠だ。だが、確率は高いかもしれないが、必ずしもそこに石が入っているとは限らない。


 クーバー・ペディは世界中のオパールの70%、ホワイトオパールだけで言うなら90%以上を算出する土地だが、それだけ多くの人が掘りまくった場所でもあるのだ。既にこの坑道は掘られつくし、見込みがないからこそ、観光客用に使われているという考え方もある。だが、こればかりは掘ってみなければ分からない。


 30分ほど掘っていると、誰かが「あ!」と叫んだ。


「大竹!来て来て!ちょっとこれ見て!!」

 すぐに大竹と係員が近寄っていき、その石を確認する。

「ああ、この辺、オパール入ってるな」

「Conglatulation!」

「やったー!!」

 一番乗りで彫り上げた生徒は、ゲームで一着を取ったように大喜びをしている。だがもちろん、オパールの採集での成果は、早く掘り当てることではなく、精度が良く、大きさもある石を掘り当てることだ。


「くっそ!今に見てろよ!」

「負けるかぁ!」

 本当にここからオパールが掘れると分かった生徒達が大声を上げている中、設楽は手を休めずに黙々と掘り進む。


「これ、結構手痛くなるな」

 佐藤が声をかけてきたとき、設楽はタガネを打つ手を少し止めて、小さく笑った。


「設楽?」

「ん?」


 素知らぬ顔をして、丁寧に掘り進めていく。

 今、明らかに手に伝わる感触が他と違った。堅い。設楽はその周囲を丁寧に丁寧に削っていく。


 周りで何人かの生徒が「先生!ちょっと見て!」「これ違う!?」と声を上げていくが、設楽の耳には全く入ってこなかった。


「おーい、後10分だぞ~」

 森田が声をかけ、みんなが「ちぇー、やっぱダメかー!」「いいや、俺は最後まで諦めないぜ!」などと声を上げている中で、設楽は目を上げて、大竹の姿を探した。それにすぐに気づいたのか、他の生徒達を適当にあしらいながら、大竹が設楽に近づいてくる。


「先生、見て」

 設楽が一度コンッとタガネにハンマーを当てると、直系3cmほどの石の塊がぽこりと岩盤から離れた。

 パラパラと落ちる石屑にも、きらりと光る粒が混じっている。


 石の表面をハンマーで軽くコンコンと叩くと、石が剥げ、中から柔らかい乳白色が現れた。


「え!?設楽!?」

 佐藤が声を上げると、周り中の生徒達がこちらを振り返った。

「何、設楽、掘り当てたの!?」

「俺のよりでかい!?」

 係員が寄ってくる。係員は設楽の手元を見ると、ひゅうと口笛を吹いた。


『ボルダーオパールに分類されるかな?でも。良いサイズだ。純粋なオパールの含有量も多いし、これは研磨してカボーションにしたら、面白い顔になりそうだ』


 ボルダーオパールは母岩とオパールの混じり具合が決め手だ。母岩自体が柔らかいピンクベージュなので、ほぼ母岩だけでわずかにオパールが光るだけでも、研磨してシルバーと合わせることもある。設楽の掘り当てた石は、母岩よりも圧倒的にオパールの方が多い。オパールの縁をくるむように母岩が巻いているから、巧く研磨すれば、母岩はあまり目立たなくなるだろう。


『こちらで研磨して、日本に送ることもできるよ。どうする?』

『いえ、俺はルースの方が好みなので』

 係員はその返事ににっこりと笑った。

『そうだね。これは記念品として、このままで取っておくのも良いのかもしれないね』

 係員は石を設楽に返してから、がっちりと握手を求めてきた。

『おめでとう。最高の記念品だ』

『ありがとうございます』


 自分が掘り当てた石を設楽が嬉しそうに眺めていると、周りの連中が羨ましそうに見せろ見せろと手を伸ばしてくる。一通りみんながオパールを堪能すると、設楽は手元に戻ってきた石を大竹に渡した。


「小さいし、なくすとイヤだから、先生が持っててよ」

 そう言うと、みんなが「えー!?」と叫んだ。

「大竹なんかに預けたら取られるぞ!あいつ、石好きだから!」

「んな訳ないじゃん。さっき先生が見せてくれた石見ただろ。あっちの方がこれより大きかっただろ!」

 あまりの台詞に設楽が思わず苦笑する。どうする?と目で訊いてくる大竹に、設楽は「やっぱ持ってて!」と大竹の手にルースを押しつけ、その手をポンポンと叩いた。


 もちろん、大竹が生徒の掘り当てた石を取り上げるような教師でないことは皆分かっているが、それでも憎まれ口を叩きたくなるのはしょうがない。自分がオパールを掘り当てられなかったことに対する悔しさとかやっかみもあって、それを設楽にぶつけるのではなく、大竹にぶつけているだけでということは、設楽も大竹も分かっている。


 それに、設楽はこのオパールを、本当に大竹に貰ってもらおうかと思っていた。初めて採った水晶は、山中にあげたのだ。それなら、このオパールを大竹にあげるのは、当たり前のような気がした。


 2人で抱き合って見つめたクーパー・ベティの思い出と共に、大竹に自分の掘り当てたオパールを持ていてもらう……うん、良いアイデアだ。

 設楽はその考えが気に入って、大切にケースにしまう大竹を、にっこりと見つめた。

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