第9話:地底都市

 砂漠のロケ地後を一通り見学してから、バギーバスはクーバー・ペディに戻ってきた。そこから地下都市の見学に出かける。地下の固い岩盤をくり抜いて作られた町は、ホテルもレストランもデパートも教会も何でも地中にある。どの施設も上も下も右も左も剥き出しの岩肌で、一瞬今いるのがどこか分からなくなる。


「すげー。本当にこんなとこあるんだな」

 浮き浮きと辺りを見回している生徒達は、岩肌がむき出して簡素な造りながら、荘厳な雰囲気を醸し出す教会に、驚いたように口をポカンと開けた。

「すげぇ…」


 牧師が笑顔で迎えてくれて、教会や町の説明をしてくれる。だが、生徒達は牧師の説明もそっちのけで、その雰囲気に当てられたようにぼ~っとしたり、あちこちを覗き込んだりしている。


『すいません、ファーザー』

 森田が困ったように告げると、牧師はにっこりと笑顔を浮かべた。

『観光客の方が信仰にではなく、この町に興味を持つのは当然のことです。この町に足を運び、そしてこの教会に来て下さっただけでも、我々は神に感謝しているのですよ。どうぞ、ごゆっくり見学なさって下さいね』

『ありがとうございます』


 生徒達が満足するまで教会内を見学し、時計を確認して牧師に礼を言い、教会を後にする。今日はもうこの後は地下に造られた町の中で、夕食まで自由行動だ。一応注意事項を告げたら解散することにする。


 砂漠の方まで出歩かないこと、声が響くので大声で喚かないこと、岩肌を不必要に触ったり削ったりしないこと。どれも当たり前の説明だが、浮かれ坊主共が羽目を外さないように、一応声をかけておく。


 解散の号令がかかるなり、設楽は大場に「先生達って、また俺らが抜け出さないように見張りするんですか?」と声をかけた。大竹に声をかけないところが、なかなか小狡い。


「この時間は外出OKだぞ。ま、夜は外出たって何にもないけど、一応人死にが出ると困るから見張ってるけどな」

 脇から大竹が声をかけると、設楽はわざとらしく「ちぇ~」っと肩を竦めた。


「じゃさ、先生、さっき言ってたコーヒーご馳走してよ」

「しょうがねぇなぁ。大場先生、ちょっと抜けても良いですか?」

「ああ、ロビーには私がいますから。大竹先生と森田先生はゆっくりしてきて良いですよ」

 大場が頷くと、森田が「じゃあちょっと荷物の整理したら、俺が外見てきます。大竹先生はコーヒーご馳走してやってきて下さい」と自由時間を譲ってくれた。


「ああ、すいません。じゃあお言葉に甘えて」

 大竹は素直に礼を言って、設楽を伴って自分の部屋に向かった。


「……どうしてみんな先生に譲ってくれたの?まさか、みんな俺達のこと知ってて、気ぃ遣ってくれてるとか?」

 エレベーターで2人きりになるなり、設楽が恐る恐る尋ねる。昨日ユアンに言われた「Teacher’s pet」という言葉が頭をよぎる。


 だが。


「んな訳あるか。今日は俺のフリータイムなんだよ」

「え?何それ」


 1週間という修学旅行の中で、四六時中気を張っているのはお互いに疲れる。そこで行程の楽な日に、1日ずつ自由時間を融通しているのだ。

「一番行程が楽なのがここなんだ。脱走したくてもできねーし、閉ざされた空間だろ?で、俺はクーバー・ペディが一番お気に入りだから、たいていの先生はこの日を俺の自由時間にしてくれるって訳だ」

「なるほど……」


 そういう仕組みがあるのか。しかし、他のどこが先生達の目が緩くなるのかは、どれだけ訊いても教えてはくれなかった。くそう。さすが先生……。別に俺は脱走しようとしているわけではなくて、先生といちゃつけそうな日にちをチェックしたいだけなのに……。


 エレベーターから大竹の部屋は少し奥まっていた。設楽が大竹の部屋に来ても見咎められないように細工はしておいたが、それでも周りに人がいないとホッとする。

 ドアを開けて中に入るなり、大竹は荷物を置くのもそこそこに、設楽の身体を抱きしめた。


「わ、先生!?」


 そんな風にして貰えると思っていなかった設楽は一瞬驚き……その後感激して抱き返す手に力がこもった。


「あー。朝から晩まで目の前にお前がいるのに、触れねーのってやっぱ辛いな……」

 首筋に顔を埋め、大竹は鼻をすんと鳴らして設楽の匂いを嗅いでくる。


「せ…先生……っ!!」

 嬉しい。嬉しい。先生がそんな風に言ってくれるなんて……!!


「しかもお前は俺の気なんか知りもしないで女子と仲良くしてるしよ」

「そんなの先生も一緒じゃん!俺が森田やユアンにどれだけ妬いたか分かってる!?」

「だから、あいつらは違うって分かっただろ?言っとくが、あの女子はマジだったぞ?メアドの交換とかしてねぇだろうな」

「してないよ!するわけないじゃん!!」

 睦言のようにお互いにヤキモチをぶつけ合うと、ふっと2人は笑って、それからじっと見つめ合った。


 下らないお喋りの時間は終わりだ。

 設楽の手が大竹の後頭部に回り、ぐっと引き下ろして唇を重ねると、待ちかねていたように大竹がきつく舌を絡めてきた。


「ん…うくっ、……せんせ…っ!」

 くちゅくちゅと音を立てて下を吸われ、上顎を擦られる。どちらの物か分からない唾液が顎を伝うが、それを気にしている余裕もない。


「先生っ先生……!」

「ん…しだら……」

 設楽の手が大竹のシャツをたくし上げる。滑らかな脇腹の感触に、それだけで下腹がジンと痺れた。


「先生…」


 すぐそこにベッドがある。あそこにもつれ込んで体重を分け合いたい……そう思った瞬間。


「あっ、いけね!」

 大竹はいきなり設楽の身体を引き剥がし、「見せたい物があるんだ」と、設楽を外に連れ出そうとする。


「え~!?」


 正直、この時間は大竹の部屋でずっとイチャイチャしていられるものと思っていた設楽は、思いっきり不満そうな声を上げた。


「先生、どこ行くんだよ!ね、俺、先生の部屋にいたい」

「良いからこっち来いって!」


 そのまま大竹は外に出ると、メインホールとは反対側の、人気のない廊下の隅に設楽を案内した。廊下のどん詰まりには、非常階段と書かれたドアがある。小さな表示で、一瞬設楽はそれを見逃し、何のドアだろうと見つめてしまった。しかし何度も通い慣れた大竹は、何の躊躇いもなくその扉に手をかけた。

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