サスペンスドラマに現れたのは、演出の幽霊? それとも本物?
今回は、少しばかり、かんちがいに終止する話を、お聞かせしてしまうかもしれません。というのも、この怪談、証人が、中学校時代の同級生になるのです。その年ごろの子どもは、いい意味で、現実と妄想のとり違えに無責任。だから、彼女の証言が、もし、まちがいだったとしたら、このエピソード自体がなかったものになってしまいます。
と、あらかじめ、保険をかけさせていただいたところで、本編を始めますね。
※ ※ ※
古い記憶なので、番組名がさだかではないのですが、たしか、あれは、テレビ朝日系列の局で放送されている『土曜ワイド劇場』だったと思います。
みなさんは、この番組、ごぞんじですか? 知っている方も多いでしょうね。一九七七年から現在に至るまで続いている、二時間サスペンスドラマとしては、
ちなみに、私は、小学生のころから『江戸川乱歩の美女シリーズ』を愛好していました。
で、まあ、その土曜ワイド劇場なのですが、昔は、夏場になると、心霊をからめたサスペンスを放映することがあったんです。完全な幽霊譚だったこともあるし、心霊に見せかけた人間の犯罪だったこともあります。
ウィキペディアで検索すると、どうやら、番組が始まった時期から一〇年ほどのあいだに、断続的に放送されていた『怪奇シリーズ』と呼ばれるジャンルのものみたい。
いまからお話するのは、そのうちの一作と思われる作品に現れた奇妙な現象です。
私が中学生のころだったと記憶しているので、一九八〇年前後のことになります。
そのころから、ディープな心霊好き、なおかつ、土曜ワイド劇場のファンでもあった私は、預けられていた祖母の家が、比較的、夜ふかしに甘い家庭だったこともあり、土曜日になると、毎週のように、二三時まで、テレビの前にかじりついておりました。
特に『怪奇シリーズ』はお気にいりで、同じように祖母宅で暮らしていた小学生の妹が、万一にも、視聴の邪魔をしようものなら、
おかげで、妹は、私と座をともにすることを嫌がるようになり、土曜日は、早寝の祖母と一緒に、早々に寝室に引きあげるという行動を取っていました。いま考えると、ひどい姉でしたね。
で、話を戻すと。
その作品、問題のシーンを説明するために、軽く、あらすじに触れておきます。ただ、なにぶんにも、三〇年以上前のことなので、詳細には、かなりの記憶違いがあると思います。そこは、ご
主人公は、とつぜん
B子さんは、同じく遺産相続の権利を持つ
「親族による遺産相続のごたごたが片づくまで、ここで待っていてほしい」
と頼まれます。
平凡な市民だったB子さんは、とまどいながらも、仮の邸宅となった、その美しく白い洋館に魅せられ、毎日を
ところが。
それが始まったのは、御曹司が自宅に帰ってしまい、B子さんが一人で洋館に取りのこされた夜からでした。
その夜、それまでと同じように、浴室でシャワーを浴びはじめたB子さんは、ふと、違和感を覚えて、目を開けました。すると、自分の全身を流れていたのは、水ではなく、赤い液体だったのです。
驚いて浴室を飛びだしたB子さんに、怪異は、つぎつぎと襲いかかります。テーブルの下に転がる生首。蛇口からあふれる血液。いるはずのない住人が目の前に現れ、B子さんに刃物を向けます。
失神をしたB子さんは、翌朝になってやってきた御曹司に、昨夜のことを訴えました。ところが、御曹司がいくら調べても、B子さんの言うような痕跡は見つかりません。
「知らない場所に来たから、緊張していたんだね」
と、なぐさめる御曹司に、
「ぜったいに見た!」
と抵抗しながらも、B子さんの主張は尻すぼみになっていきました。親切な御曹司に迷惑をかけたくないという意識が働いたのです。
けれど、怪奇現象は、その夜だけでは終わりませんでした。幽霊が見える。声が聞こえる。そして、それらは、時間を追うごとに、B子さんを、こう責めるようになるのです。
「遺産を放棄して、この屋敷から出て行け」
と。
そう。サスペンスドラマの愛好者の方々なら、もう予想がつきましたよね。
B子さんを追いつめていたのは、B子さんに遺産を横どりされた御曹司でした。彼は、B子さんを案内した海辺の白い洋館とそっくりの建物を、もう一つ用意していました。そして、自分が退去するときにはB子さんに睡眠薬を盛って『ホラーハウス』のほうに連れていき、夜の騒動でB子さんが失神すると『正常な屋敷』のほうに戻す、ということを、くりかえしていたんです。だから、昼に屋敷を調べても、なにも証拠が出なかったんですね。
このドラマ、結末はハッピーエンドでした。とちゅうからB子さんに協力する者が現れて、謎を解いてくれたんです。
さて、では、そろそろ、問題のシーンの説明に入りますね。
ホラーハウスで、さんざんな目に遭いつづけたB子さんは、日を追うごとに
そして、……おそらく三日めのことだったと思いますが……、海の見える部屋の窓辺で、B子さんは、ロッキングチェアに、ぐったりと身を預けていました。
B子さんの視線は、ぼんやりと前方を見ています。体には、ほとんど力が入っていません。
そんな折。
窓に、緑の光が、ぼうっと、ともったのです。B子さんの視線の、はるか上。大型の窓の、視聴者から向かって、左上の部分です。
B子さんが、ゆるゆると顔を上げました。
B子さんの視界は、あきらかに、その緑の光を
すると、その瞬間。
緑の光の中に、四〇代から五〇代と見られる、丸い
B子さんの視線は、あきらかに、その緑に光る男性の顔を捉えていました。
私は、とうぜん、B子さんが悲鳴を上げるものと、予想しました。
でも。
B子さんは、数秒のあいだ、その男性を見つめたあと、また、ゆっくりと、視線を戻しました。
そして、何ごともなかったように、ロッキングチェアに、ぐったりと、もたれかかりました。
先に書いたように、このドラマは、心霊ドラマではありません。だから、幽霊が出たとしても、そこには、ミステリーとして納得するような整合性が、しっかりと描かれていたのです。
御曹司がB子さんを脅しつづけたのは、彼女の精神を
B子さんと視線を合わせたあとの男性の顔は、無表情のまま、じっと彼女のことを見おろしていました。が、やがて、光とともに消えていきました。
その光景を、意味がわからずに、ぽかんと見ていた私は、それでも、すぐに、自分の中では、つじつまを合わせることに成功しました。
「B子さんは、疲れすぎちゃってて、悲鳴すら上げられなかったのね」
と。
けれど、その違和感は、ドラマが終わって寝床に入ったあとでも、じわっと、頭の片すみを占拠していました。
「もし、B子さんの
と。
作品の構成が悪かったのか。
それとも、あのシーンに、なにか特別な意味があったのか。
どうしても気になった私は、翌々日の月曜日に学校に行ってから、同じく土曜ワイド劇場を見ていると言っていた友人を捕まえました。
友人は、
「あ、見た見た。気持ちわるかったけど、ちょっと子どもだましだったよね」
と笑って、情報を共有してくれました。
「シャワーから血とか、ありがちすぎじゃん。あたしは、最初から、御曹司が怪しいと思ってたんだよね」
と豪語する彼女に、私は、ストレートに疑問をぶつけます。
「とちゅうで変なシーン、あったじゃん。窓に緑の光とおじさんが浮かんだやつ。あれって、なんで、主人公の女の人、叫ばなかったのかな?」
すると、友人は。
こう答えるのです。
「あったっけ? そんなシーン」
私は、そんな友人に、食いさがりました。
「地味なシーンだったけど、あったじゃん。ロッキングチェアに座った主人公が、窓に浮かんだ幽霊のおじさんを見あげるところ。あそこ、おかしくなかった?」
私の言葉を聞いて、友人は、しばらく考えこみました。
でも、やっぱり、最後には、こう言います。
「なんとなく覚えてる……けど~……、緑の光は見たけど、おじさんなんて出てこなかったよ」
と。
友人は、B子がおじさんと見つめあったシーンを、
「B子、なにやってんのかな、って思ってた」
と説明しました。緑の光すら、それほど印象に残っていないようなのです。
でも、私にも確信があるのです。おじさんは、ぜったいに、画面の中に現れたんです。
予鈴が鳴り、友人は、席に戻っていきました。そして、この話は立ち消えたままになってしまいました。
現在でこそ、ドラマの中に幽霊が映りこむことは、ある、と認識されています。
でも、当時は、そんなこと、考える人もいませんでした。
だから、いまになって、なおさら思うのです。
意図せずに、たまたま映像に映りこんでしまった、心霊現象。それは、昨今だけではなく、もしかしたら、ずっと昔から、ありえたことではなかったのでしょうか。
あのドラマ、もし手に入るのなら、ぜひ見なおしてみたいなあ。
そして、そこに、おじさんが、もしいなかったのなら、私は、逆に、嬉しいのです。
友人の目には映らなかった、あの男性。
彼が、当時の私の前に出てきてくれたのは、波長が合ったからだと感じるのです。
そして、いま、波長が合うはずの私の目に、彼が映らないとすれば、彼は、もう画面の中にはいないんだよね。
「人生、お疲れさまでした」と、言ってあげたいな。
そして、いまは、あのとき無表情だったおじさんの顔が、せめて笑えているといいな、と思っていたりするのです。
実話怪談を語るけど恥ずかしいから霊感あるとか真顔で言えない私の心霊奇談集 小春日和 @ko_harubi_yori
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