☆☆☆心霊スポット探訪《京都の心霊マンション》1

 一昨年の年末に叔母の霊魂と同居を始めた私は、翌年の四月(昨年の四月)から、少しずつ、心霊スポットやいわくつきと呼ばれる場所に出向くようになりました。それは今日まで一〇ヶ所に上っています。

 いまからお話するのは、その中でも、もっともはっきりとした現象を起こしたスポット、京都府の市街地から北西方向にあるマンション『メ○ボ広沢』に関するものです。

 では本編を……。


 ……とっ。ちょっと待って!


 その前に、ネット上で広まっているこのマンションの噂を書かせてください。

 というのも、その噂の中に、おもに男性に対してですが、少し深刻な影響を予見させるものがあるので。お伝えせずに本編を読ませて、重大な霊障が起きたら困る。

 では、ここより、その噂話を語らせていただきます。


 メ○ボ広沢は、一九七四年に建てられた、八階建て鉄筋づくりのマンションです。古い不動産情報によると、総戸数は六〇戸に及ぶよう。大型と言ってもさしつかえない規模のものです。

 コンクリートむきだしの外観は、当時はおそらく先鋭的で瀟洒しょうしゃな印象を与えたのでしょう。現在も、汚れてしまっているので、一見、恐ろしげな雰囲気ですが、構造的には魅力のある建造物です。

 そのメ○ボ広沢の一番の特徴は、カタカナの『ロ』の字型に造られた建物のまんなかに、大きな吹き抜けの空間があることです。これは建物内部に入らないと見えないので、私自身は未確認ですが、どうやら天井部分も完全にない状態、いわゆる中庭になっているようです。

 このマンションが心霊スポットと呼ばれるようになったきっかけは、裏取りができなくてすみませんが、オーナーのご息女が最上階の部屋から中庭に向かって飛びおり自殺をしたことに由来するよう。

 現象としては『娘さんが飛びおりた時間になると、人が落ちる音が中庭でする』というのがポピュラーな噂です。


 じつはワタクシ、訪問時にはここまでしか勉強しておりませんでした。有名な心霊スポットではあったのですが、どういうわけだか、検索をかけても、これ以上の情報が出てこなかったのです。

 なので、私自身は(私にも飛びおりの音が聞こえたらいいな。その上で姿も見えたら、会話とかしたいな)ぐらいのつもりで行ったんです。


 ところが、このメ○ボ広沢、そんな可愛いスポットではありませんでした。

 というのも。


 ……これがまた不思議な偶然なのですが……メ○ボ広沢を訪問し終えて自宅に帰った夜に、我が家のビデオレコーダーがテレビ番組を二つ録画しておりました。私は『心霊』のタグで録画設定をしている(心霊に関する番組が自動的に撮れる設定)ので、どうもそれに引っかかったよう。そして、その二つの番組の放送内容が、両方とも『メ○ボ広沢で起こった怪異』の紹介だったのです。

 その二つの番組は、よくある『芸人さんが心霊体験を語る』といった形式の深夜放送でした。片方は、

「あのマンションで怖い目に遭ったのに、それからも魅入られるように訪問を重ねてしまう」

と訴える若い男性芸人の体験談。もう一つは、

「あのマンションでは、くだんの娘さんが飛びおりて以降、飛びおり自殺があとを絶たない。しかも、それは住人ではなく、よそから入りこんだ男性が多い」

と語る、やはり若い芸人の話です。


 そうなんです。

 メ○ボ広沢は、噂が正しければ、男性を死にいざなう可能性のあるスポットなんです。


 私の体験談がみなさんにどのような影響を与えるかは、もうしわけないけれど、私自身にもわかりません。

 ただ、前述の噂話を裏づけるような現象が、我が家では起きました。

 だから、最初にお断りしておきます。高い建物に住んでいる方、一人暮らしをされている方、そして想像力の豊かな方、その中でも特に中学生以上の男性は、読んだあとも気分を変えるなどして、影響を最小限に薄めてください。

 厄介なお願いごとをしてしまって、本当にすみません。

 では本編を始めます。 


  ※  ※  ※


 私が件のマンションを訪れたのは、二〇一五年の八月も終わろうという三〇日のことでした。

 当日は雨が降りそうな曇天でした。長男(一七歳)次男(一二歳)と二泊三日の小旅行に出向いていた私は、最終日にこの心霊スポットを訪れることを、とても楽しみにしていました。

 私が心霊スポット探訪をするようになったのは、同年の四月からでした。けれど、それまでに足を運んだ複数の箇所は、すべて屋外。しかも観光地です。だから、純粋に心霊だけをめあてにスポットめぐりをするのは、今回が初めてでした。


 メ○ボ広沢は、年季の入った古い建物ではありますが、廃墟ではありません。まだ居住者のいる物件です。

 そういう場所にどういった態度でのぞんだらいいのか。現地に着くまで、私は迷いに迷っていました。幸い、半地下部分に喫茶店が入っているとの情報があったので、昼ごはんを食べる目的でその店に行くことは決めていました。けれど、居住スペースには、やはり、礼儀上、忍びこむわけにはいきません。

「ま、近くまで行けば、音を聞くぐらいできるか」

当時、私は自分の能力を過信していましたし、なにより、他人さまに不快な思いをさせてまで心霊体験を得ようとは思いませんでした。だから、京都の中でもわりと不便なところにある現地に赴く労力に対して、どうやっても『元を取りたい』とは、あまり思わなくてすんだのですね。

 そんなわけで、マンション内に入ることは、息子たちにも、

「やめとく。外観を見るだけにしとくよ。君らにはつまんないかもしれないけど」

と断っておきました。息子たちも心得たもので、

「んー」

と即答してくれました。


 メ○ボ広沢の立地は、一般的に『嵯峨野さがの』と呼ぶ地区にあります。嵐山の近くです。

 生活感のただよう場所なので、観光客もほとんど見ません。メ○ボ広沢にもっとも近いとされたバス停も、寺や史跡の名前ではなく、ふつうの中学校の名称です。

 午後一時。私たち一行は、多少の空腹を覚えながら、バスを降りました。

 メ○ボ広沢の位置は、すでにバスで一度通りすぎたので、迷うことはありません。後方に五〇メートルぐらい戻ったところにあります。

 丸太町通りを遠ざかっていくバスを見おくってから、まず長男が私をうながしました。

「なにしてるの? 行くよ」

と。

 ついで、次男も長男について歩きだし、二人は、私を置いて、さっさとメ○ボ広沢に向かいます。

 それでも、私は動かないままでした。

 なぜ。

 なに、たいした理由ではありません。

 私は、ある音を聞いていたのです。鉄骨のような硬いものが、コンクリートの地面に落ちる音を。それは二回、連続しました。

(近くに工場でもあるのかな?)

まさにそんな響きでした。でも、見わたすかぎり、お店はともかく、工場らしきものは見えません。


 ただ、まあ。

 その手の金属音は、かなり遠くまで聞こえますよね。近所に鉄工所などのある方は経験されていると思うのですが、工場自体が見えないほどの遠距離にあっても、音だけは地面を伝ってきたりしませんか?

 実際、そのときの私も、多少は引っかかりながらも、それでちゃんと納得しました。

 そもそも、メ○ボ広沢から聞こえるという飛びおりの音は『オーナーの娘さんが飛びおり自殺をした時間』にするのです。こんなまっ昼間なわけがない。それに、音はしっかりと、二回、聞こえたのです。二回も飛びおりることはできませんよね。


 そんなわけで、すぐに現実に立ちかえって、息子たちを追いかけた私。

 彼らは、すでに、メ○ボ広沢の敷地の端まで到着していました。


 メ○ボ広沢は、丸太町通りという大きな幹線に沿って建てられています。入り口は大通りに面しているという造り。

 まず喫茶店に寄ろうとした私は、入り口から伸びる半地下への階段の前に立ちました。地上階は住居部分だったため、お店が入っているとしたら、そこしかないように思えたので。

 けれど、店はありませんでした。下り階段の奥は、薄暗い空間に、なぜかゴミが散乱しています。

「……ありゃあ……。つぶれちゃってるね」

昼食を取りっぱぐれた可能性を伝えると、長男も次男も、

「まあ、まだ我慢できるし」

と答えました。つまり「このマンションをゆっくり観察する時間ぐらいはあるよ」ということです。


 そんな息子たちの善意に感謝しつつ、私は、自らも空腹のまま、周囲の探索を始めました。

 メ○ボ広沢には、よく大型マンションであるような庭園はありません。建物の外周は、隣家とのあいだが一メートルしかないような路地で囲まれています。八階建ての大型建築物なのに、この建ぺい率は大丈夫なのかしら。

 マンションの前面は、さきほど書いたように、大通りに面しています。そして、裏側は住宅街に接しています。その前面と裏側を結ぶのが、前述した細い路地です。

 入口部分からきびすを返した私たちは、まず、建物西側に隣接する路地に踏みいりました。ここは、生活排水路をふさいででもいるのか、鉄板でふたをしたような地面になっています。


 その鉄板に足を乗せた瞬間。

「あ、まただ」

私の耳に、先刻の落下音が、また聞こえました。しかも二回。

 今度も鉄骨を叩いたような高い金属音です。でも、ちょっと違うのは、それはマンションの中のほうから響いてくるのです。

「いま、なにか落ちた音が聞こえたよね?」

息子たちに確認するも、彼らは、

「なにも?」

と答えるばかり。

「したじゃん。二回」

と重ねましたが、同じく、

「聞こえない」

と否定されます。


 音。飛びおりの音。

 でも、ここに至っても、私はまだ、その落下音を心霊現象だとは認めませんでした。だって、飛びおりってことは、人間がコンクリートの地面に落ちたってことのはず。だったら、この妙にかんだかい響きはなんなのでしょう。

 それと、かならず二回セットになって鳴る現象。そんな噂は知りません。それに、音は娘さんが飛びおりた時間にするはず。こんなに頻繁ひんぱんに、無秩序に起こるのは、意味がわからない。


 首をかしげつつ、裏手の住宅街に出ました。新しい戸建てがめだつ、比較的新興の土地のようです。

 井戸端会議をしている奥様方の視線を気にしつつ、メ○ボ広沢の写真を数枚撮りました。こちらも、とても奇妙な体裁をしています。どの部屋にも洗濯物を干せる程度のベランダがついているのですが、それが緑のネットでおおわれているのです。

 実際に見た当初、私は、それを鳥よけの網だと思っていました。

 けれど、あとで調べたところによると、あのネットは飛びおり防止の策なのだそうです。

 他にも、もっと『念入り』な部屋もありました。ベランダに樹木をつっこんであるんです。ちょっと説明が難しい……。要するに、頑としてベランダには出られないように対策してあるのですね。


 そのあと、私たちは、先ほど抜けてきたのと反対側の、東側の路地を通って、表通りまで戻りました。

 そして、対面の店舗の駐車場から、数枚の写真を撮りました。

 その際には、特におかしなこともなければ、おかしな写真も見つけられませんでした。自宅に帰ってから確認しても、心霊写真と認められるような画像はありません。


 音は聞こえました。でも、明らかな証拠とは言いがたい。だって、聞いた私が、

「あれが人間が飛びおりた音?」

と疑問視しているのですから。

 ネット上では『かならず幽霊が見えるスポット』として有名なメ○ボ広沢。けど、心霊写真一枚、撮れることはありませんでした。

「よくある噂だけのスポットか……」

帰宅直後は、むしろ落胆したものです。自分を過信していた私は、もっと、はっきりした現象が見られると思っていたので。


 が。


 それは翌日から早々に始まりました。

 次のエピソードで、詳細をお伝えしたいと思います。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る