心霊スポット探訪《前書き》

 そうそう。今回は最初に少しばかりいいわけをさせてください。

 みなさんは心霊スポット突撃みたいな行動、どう思われますか? 私は、自分でもその手の場所をちょくちょく訪問している身でありながら、じつはあまり賛成じゃないんです。

 反対の理由は二つ。

 一つには単純に、関係者に迷惑がかかるから。

 これは、たとえば廃墟や廃トンネルのような建造物に忍びこむ行為以外であっても、ダメです。山の中、海岸、公園。一見自由に探索できる場所でも、心霊スポットめあての人間が出入りすることで、その土地に不穏な噂が立ってしまうから。

 そしてもう一つの理由は、そこに存在する霊に迷惑がかかるから。

 心霊スポットって、平たく言えば『幽霊の住処すみか』ですよね。ってことは、その住処で「幽霊出てこいやー!」とばかりに大騒ぎする突撃者たちって、すでに迷惑を通りこして『他人の家に押しかけて暴れまわる犯罪者』と同義だと思いませんか。


 ならなぜ、そう思っている私自身が心霊スポットを訪ね歩くような真似をするのか。

 これにも理由は二つあります。


  ※  ※  ※


 前回のエピソードでちらっと触れたように、私にはわけありの叔母がおりました。……『おりました』と過去形なのは、すでに亡くなっているからです。

 彼女は、家族間の軋轢あつれきの中で失望し、疲弊し、自ら命を断った人でした。ふらっと自宅を出て行方不明になってから一年半後に、近くの河川敷で白骨化して見つかったんです。

 遺体が発見されてから、叔母は毎晩のように私の前に現れました。川べりの葦の中で長いこと埋もれていたからでしょうか。その姿は水びたしで、強くパーマのかかった髪からはぼたぼたとしずくが垂れていました。

 うちの居間で初めて彼女を見たとき、私は恐ろしいと思ったのです。青い色に包まれて上目づかいに睨みつける表情。身を乗りだして近づこうとする姿勢。まさに心霊ドラマの演出そのものでした。それが、真っ暗にした居間の中で、私がふだん座している席に居据わり、淡く光っているのです。まるで、自分を死へと追いこんだ家族への恨みを、代わりに私にぶつけるように。

 生前の叔母には強いうつ病の症状が出ていました。ところが、叔母の家族はそれを理解しませんでした。おそらく、彼女の絶望の原因はそこです。死ぬ間際までとても孤独だったのでしょう。

 叔母の夫は、彼女が家出をしてからは神妙になったのですが、それ以前は、叔母のことを「神経質で扱いにくい」と評していました。また私の親類たちの中でも、叔母はむしろ悪く言われる立場でした。

 その中で……こう思うことは傲慢ごうまんなのかもしれないけど……私は叔母に同情していましたし、叔母にもそれは通じていたと思います。もともとうちは旦那がうつ病持ちで、私自身も、診断を受けたことはないのですが、その傾向は大いにあります。だから、無神経な親類たちのように、

「うつ病なんて甘えだよなあ」

という感覚はありませんでしたから。

 なのに、私の元に現れた叔母は、私に呪詛を吐きかねない態度を示したのです。

 叔母の霊魂と対峙たいじした初日。あまりの気味悪さと理不尽さから、私は彼女の相手をしませんでした。居間の扉を閉め、早々に寝室にひっこんだのです。

 でも二日め。同じ時間に同じ場所で浮びあがった叔母に、少し考えを改めました。(もしかして、叔母さんは、家族への恨みごとを私から伝えてほしいんじゃないかなあ)と。

 だから話しあいました。真っ暗な部屋で、二人で。私の家族に気づかれないようにするのが骨でしたね。

 叔母は、表情こそこわばったままでしたが、わりと素直に意思を伝えてくれました。どうやって、と聞かれるとちょっと説明がしづらいのですが、みなさんも本当に理解したい相手が現れたときは、言葉だけじゃなくて、しぐさや空気みたいなものから本音を読みませんか? 私がしたのもそういうことです。

 叔母は、案の定、自分の無念を家族にわかってほしいという願いをせつせつと訴えました。ただ、これはかなりの難題なのです。だって、叔母の夫に、

「幽霊からの伝言」

なんて説明したところで、彼は信じないでしょうから。

 だから、私は、むしろ叔母当人が夫の枕元に出たほうがいいと説得しました。いまの彼女ならそれぐらいのことはたやすくやってのけられそうに思えたので。

 けれど、叔母は、自分の気持ちを家族に受けいれてもらうのはもう無理だと、かたくなに拒否します。私も、叔母生前の周囲の反応を知っているだけに、それは否定できません。

 で、困ったのです。気持ちとしては叔母の代弁をしてあげたいのだけれど、結果として、それは叔母と私の信頼を落とす行為になってしまう。

 ではどうすれば、この可哀想な叔母を納得して成仏させてやれるのか。

 叔母自身も、もう早く昇天したいのだと思います。生きているころのしがらみからようやく解きはなたれたのですから。でも、家族へのわだかまりが残っていることが、その昇華を妨げてしまう。

「あー……じゃあこうしよっか……」

苦しまぎれの提案がなんとか口から出たのは、翌日、三日めの夜でした。

「叔母さんさあ……そんなに家族に未練があるんなら、無理して早く成仏しなくてもいいよ。ずっとここにいればいいから。んでさ、長居しすぎて悪霊になっちゃって地縛したりなんかしたら、私が死んだときに、一緒にあの世に連れていってあげるよ」

 そんなわけで、叔母はまだこの家にいます。どうも一緒に成仏するのを楽しみにしている様子です。もう悪霊だよね、それって。

 ただ、表情はだいぶ柔らかくなりました。青い色もほとんど消えています。

 もしかしたら、私の臨終を待つまでもなく、自力で天国に昇ってくれるかもしれません。


 そして、ここからが、私が心霊スポット巡りをするようになった理由の本題。

 叔母との『同居生活』を始めてから、わりとすぐに気づいたことがあります。それは『たまに叔母が認識できなくなってしまう』ということ。

 いるにはいるのです。気配はばっちりしますし。それに家族も見ていますから。

 でも、ぜったいに見つかるはずの方向を見てもなにも視認しない。喋っている気配はあるのに、声が聞こえない。

 じつは、私は子どものころから心霊体験をしていましたが、結婚出産をしてからこっちは、ほとんどその手の媒体に触れていなかったんですね。現実での生活のほうが大事だったので。だから、自分でも自覚するほどには鈍くなっているのです。

 叔母さんに対して「成仏したくなるまでつきあっちゃる!」と宣言したにもかかわらず、肝心の『つきあうための能力』が欠落している。これは無責任だと思いましたね。まるで、プロポーズで、

「君と、将来できる子どもを一生幸せにします」

と言ったにもかかわらず、結婚後すぐに就職先を中途退職して粗大ゴミ化している旦那のようじゃないですか。

 なので訓練をしようとしたのです。叔母をつねに見つけるための。

 まず最初は、お手軽にテレビの心霊番組を見ることから始めました。ガチの心霊スポットコーナーのある番組を探しだし、テレビ画面上で、私が見ているものと出演している霊能力者の解説とが合っているかを答えあわせする。

 ところが、これがまあ合致しない。

 霊能力者が、

「女性の霊が……」

と指さす方向には、オートバイで現場まで来て入水自殺したと訴える若い男性が見えますし、霊能力者が同行しているタレントの背中をさすりながら、

「入っちゃったね。いま追いだしてあげるからね」

と祈祷を始めたシーンでは、霊能力者自身の背中に貼りつく女性の姿が見えてしまったり。

 先生が悪いのか、それとも私の出来があまりにもひどいのか。

 ともあれ、テレビ越しの『霊視』とやらは、どうやら私には向かないようです。訓練によって能力の精度を上げられるはずだった思惑は、逆にどんどん自信を喪失する結果に追いこまれたのでした。

 となれば。

 うん。そうなんです。

「テレビ越しでダメなら実際に会いに行けばいいじゃない!」

というわけなんです。

 そんなこんなで、私は『自分の鍛錬』という、極めて利己的な理由のために、心霊スポットめぐりを始めたのですね。


 ただ。

 最初にお話ししたように、私はこの手の行動を賛成はしていません。自身に対してもつねに罪悪感を持っています。

 だから、本当なら、心霊スポットめぐりで遭遇した怪異譚は、せめて人に話すべきではないのかもしれません。伝えてしまえば、またそこから新たな興味をひき起こしてしまうので。

 それならば、なぜこんなふうにエッセイにしたためようとするのか。

 じつは、これこそが『私自身が心霊スポットを訪ね歩くような真似』をしている第二の理由なんです。

 

 一昨年の年末に、亡くなった叔母と同居を始めて以来、少しずつ重ねてきた心霊スポットめぐりの数々。

 探訪の際、私は、幸いなことに、相応の手ごたえを得ることができています。つまり、着実に心霊に対しての感度がよくなっているのですね。

 そういう自分だからこそ、最近つくづく思うのですよ。心霊スポットに行くという行為は、魅力的というより、むしろ『忌み嫌うべきもの』なんじゃないかと。

 私がいままで体験してきた現象は『証拠写真や動画が撮れる』とか『現場で異様な事態にみまわれる』とかいうものも、たしかにあります。このへんは、多くの心霊スポット愛好家たちにとっても、どっちかというと『歓迎すべきもの』の部類に入るのではないでしょうか。

 でもじつは、ほとんどの現象は、私の場合、現場では起きていないのです。

 それらが頻発するのは。

 自宅に帰ってから。

 いわゆる『お持ち帰り』がデフォルトなんですね。


 これは、心霊スポットに実際に行こうと思っている方や、行ったことのある方に、特に考えてほしいのですが、みなさんはなにを期待してそういう場所におもむくのでしょうか。

 純粋に怖い目に遭いたいという方も、中にはいるでしょう。でもきっと、そういう人は少ないよね。大多数はもうちょっとミーハーな理由、証拠写真や動画を手に入れて賞賛を得たい、とか、一過性のスリルを味わいたい、とかだよね。

 でもね。

 幽霊って、しっかりと関わってしまうと、かなりしつこくつきまとわれるのです。だってもともとが、誰かに話を聞いてほしいから、成仏できずにとどまっているのだもの。

 そして、個人的な感触ですが、霊障を抑える目的でするお祓いなんて、一回や二回実行したところで、なんの解決にもなりません。もし効果があったと感じられるんなら、それはたぶん、お祓いなんか受けなくても問題ないレベルでしょう。

 心霊スポットに行ったことで、自宅が『心理的瑕疵かしあり物件』になってしまう。

 こういう結末を視野に入れてまで、みなさんはスポットめぐりをしたいですか?

 具体的な事例を突きつけられることで、少なくとも、ふざけ半分や酔った勢いで突撃するような行動だけは、ちょっとためらっていただけるのではないでしょうか?


 長々と前置きを続けてしまってすみません。考えていたより文字数を稼いでしまいました。

 というわけで、本編の心霊スポット探訪譚は、次のエピソードから展開させていただきます。京都府右京区にある心霊マンション『メ○ボ広沢』に関する怪異を。

 ネット等で見ると、特に男性は霊障を受けやすい物件らしいので、しっかりと☆マークをつけさせていただきます。どうぞご無理はなさいませんよう。

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