実話怪談を語るけど恥ずかしいから霊感あるとか真顔で言えない私の心霊奇談集

小春日和

一章

警察が立証したいるはずのない子ども

 みなさんは幽霊ってどんなふうに見えていますか? またはどんなふうに見えるものと思っていますか?

 体験者レポート等を読むと、よく、

「生きている人間と変わらないぐらいはっきりと見える」

との意見が載っています。

 ではその体験者たちは、どうやって、そのくっきりはっきりとした『どう見ても人間』の存在を幽霊だと気づくのでしょうか。

 私の場合は、図らずも、それを警察が立証してくれました……。


  ※  ※  ※


 これは私が二十歳になったころの話です。


 いまは定年退職していますが、私の父は小学校の教員をやっておりました。そして当時は市内一古い校舎を持つD小の校務主任(学校の雑用をする先生)を担当していたのです。

 その小学校の校門の前には、一本のみごとな薄墨桜がありました。うちの父は、酒を呑むことは大好きなくせに、花見のどんちゃん騒ぎを嫌っていました。だから、我が家の花見は、いつもこのひっそりと咲く薄闇色の老木の下で、こじんまりと催されました。

 薄墨桜は、一般的な花見で愛でるソメイヨシノよりも、一週間ほど遅くに満開となります。時期で言うと四月中旬ごろでしょうか。とうぜんながら、そのころはすでに小学校は新学期が始まっています。

 だから私たちの花見はいつも夜でした。ライトアップも芝生もない無骨な鉄柵門の前でシートを敷いて、酒と弁当を広げる。D小はある歴史史跡の土地に建てられた学校でしたから、周囲は史跡保護区になっていて、民家はありません。


 その年の花見の席で。


 当日は花冷えのきついひどく寒い日でした。一九時から始めた宴会のさなかにみぞれが落ちるなどという異常な気象です。

「飲めば温まる」

などと最初は楽観視していた私たち一行でしたが、白い氷のかたまりが頭に降りそそいできたときには、さすがに、

「終わろうか……」

との考えもよぎりはじめたのです。

 が、弁当づくり等の下準備を重ねてきた母は渋面を崩しません。そんな彼女に気を使い、震えながら箸を運んでいた私と父でしたが、とうとう父が音を上げました。

「いったん校舎に入って暖を取ろう。みぞれがやんだらまた外に出ればいいから」


 いまはセキュリティの関係から夜の学校に私用で入りこむことは難しいでしょう。が、その時代はまだまだおおらか。私たちは、父に職員室に案内されて、お茶などを飲んで体を温めたのでした。


 けれど、一五分ほどそんな時間を過ごしても、天気は回復する兆しを見せません。

 そうこうしているうちに、母もあきらめがついたのか、

「帰りましょうか」

と言いはじめました。

 時刻は二〇時を回ったころだったと記憶しています。


 出してもらったお茶の片づけをし、施錠を確認してから、玄関を出ます。

 街灯のない校庭からふりかえって校舎を見ると、緑の非常灯が薄ぼんやりと内部を照らしています。

 民家の生活音も届かないこの場所は、孤立した静寂感に包まれています。


 そんな折。


 かすかなきしみ音が聞こえました。校門のほうから。

 自然にそちらに首をめぐらすと、自転車に乗っている人らしいシルエットが校内に侵入してきました。


 だんだんと近づいてくるその黒い影。

 すぐそばまでやってきたとき、私にはやっとそれがなんなのかわかりました。子どもです。中学生ぐらいの少年少女です。

 一台の自転車の上で、まず一人の少年がサドルにまたがっていました。そして後部の荷台には女の子が横座りで座っています。さらに別の少年がハンドルを握って自転車を引いています。最後に、荷台の女の子の腰のあたりにぴったりと抱きついた小学校中学年ぐらいの男の子が、同じく荷台の空いたスペースにまたがっています。


 少し険しい顔になった父が歩みよって、

「こんな時間になんだ?」

と尋ねました。すると、ハンドルを受けもっていた少年が、礼儀正しく頭を下げたあと、

「すみません。弟が教科書を忘れちゃったんです。怖いから自分で取りにいけないって言うんで代わりに来ました」

と答えたんです。

 いい子たちに見えました。私の目には。そして父にもそう思えたんでしょう。

「裏の非常口が開いてるからそこから入れ。忘れ物を取ったらすぐに帰れよ」

と……。

 当時の学校は本当におおらかでしたので、私自身も、まったくの部外者でありながら、父の代わりに無人の校舎の施錠を最終チェックして回るという仕事を何度も仰せつかったことがありました。侵入者がひそんでいようが、チェックが甘かろうが、たいした問題ではなかったんです。学校に害をなす人間がいるという認識が皆無だったんですね。いまはもちろん警報システムが作動しますが。

 少年たちは、また軽く会釈をしながら、黙って通りすぎていきました。


 そして翌日。

 平日だったその日、会社から帰ると、同じく学校業務を終えて帰宅した父が、なんだか神妙な顔をしてこう尋ねてきたのです。

「なあ、昨日の中学生たちの顔って覚えてるか?」


 父が今朝出勤すると、保健主事の先生が泡を食って職員室に駆けこんできたのだそうです。

「窓ガラスが割られて保健室の布団が取られてる!」

と。

 すぐに警察が呼ばれ、校務主任の父は現場に立ちあいました。どうやら犯人は複数の模様。父はもちろん、前夜に訪ねてきたあの少年少女たちのことを警察に話しました。


「あいつらの仕業に決まってるとは思うんだが、俺、あんまり顔を見てなくてなあ。酒も入ってたし。おまえは飲んでなかったから覚えてるだろ?」

父にそう問われ、私は、覚えているかぎりの彼らの特徴を伝えました。

「ハンドルを握ってた子はこうで、サドルにまたがってた子はこう。荷台に座ってた女の子はこんな顔で、そのうしろにくっついていた小学生の子は顔を見てない」


 その瞬間、父が盛大に首をかしげました。

「小学生?」

 母も、少し嫌な顔をしながら、私の言葉を否定します。

「昨日の子たちは三人だったでしょ?」


 いいかげんなことを言うな。こんなときまで混乱する冗談を言うな。主に母に罵倒されまくった私の証言でしたが、私には自信がありました。だって、五〇センチの距離でずっと観察していたんですから。受けこたえしていた少年が「弟が教科書を忘れちゃった」と言ったとき、(ああ、弟ってこの子のことか)と最後尾の小学生をしっかりと認識したんですから。

 ……けれど、警察に捕まったのは中学生三人でした。彼らは、

「三人でやった」

と明言したそうです。


 もしかしたら、実際には四人いて、でも気づかれていなかった最後の少年をかばったのかもしれません。

 でも……。

 あとからよくよく思いかえしてみると、女の子の乗っていた荷台はごくごく標準的な大きさのものでした。これは機会があれば実際に試してみてほしいのですが、一五〇センチぐらいの女生徒が横座りした荷台に、小学生とはいえ、もう一人の人間が足を浮かせた状態でまたがれるものでしょうか。

 ずっと顔を隠していた彼の首すじが異様に白かったことをいまでも覚えています。

 そして、あの場にいた父の表情を読みとることができるぐらいには闇に慣れていた自分の目が、なぜあの集団をすぐそばに来るまで『黒い影』としてしか認識できなかったのか、いまになって不思議に思います。


 あれはなんだったのか。

『どう見ても人間』でありながら、おそらく人間ではなかったもの。

 それは、古い学校に棲息していた精霊のようなものだったのか。

 それともあんがい、悪いことをしようとしている輩には、あの手のモノが知らずに憑いてきてしまうのかもしれませんね。

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