第8章:仲間の章②・その1

「すごいなぁ……城壁を生で見たのって初めてだ」

少し距離のある位置から、城郭を見上げる男は呟きもらす。

隣に立つ女性も似たように感嘆しながら、しばらくそこに立ち呆けていた。

「あ、門番の方でしょうか、手を振ってくれてますよ! お疲れ様ですー」

認識しあって、互いに柔和な表情で挨拶を交わす人同士。

距離を縮めたところで、改めて会話が始まる。

「勇者一行……君たちだね、フルブルックルの領主様から話は伺っているよ。ようこそ、王都ルネスタリアへ。歓迎するよ」

門番は終始和やかな空気で、一行を街の中へと迎え入れた。


「おぉ、すごい人の数だ。さすが王都……」

「はい、すごいですね。市場とか見て回りたいなー……」

門をくぐってすぐに、壁の外とはうって変わった喧騒が目に入る。

要件が済めば一度観光をしようかと、頷きあう勇者と賢者。

賑やかかつ平和な空気が、今までの旅の緊張を綻ばせたのか、互いの笑顔には少しばかりの無邪気さも見て取れた。

「すみませーーーーん! と、ととと到着までには、待機しておくつもりだったのですがーーーー!」

勇者一行からは幾分か離れた位置から聴こえてきた叫び声。近づいてくる声量は、次第に姿をあらわす。

白銀の甲冑は細やかな装飾を添えて映える。

腰に見える突剣は、走りに合わせてぶらぶらと遊ぶ。

兜の面から覗くのは、金の髪に蒼い目。

「お、遅れて、申し訳、ございません……国王陛下より、こちらの、王都ご案内の、役を任されま、した、ローズと、申し、ま、す……ハァ……ハァ……」

肩で息を切らす、責任感はありそうで頼りない青年は、目の前の二人が紹介にあった勇者一行かどうかを再度確認して、話を進め始めた。


先ずは自己紹介。自分の身分は王国騎士団の騎士の一人である。

魔王軍との戦いに騎士団も人手を割いており、今は次の戦闘に向けての作戦会議中。

そんな中、手の空いていた自分が、今回の王都案内役を任されたこと。

市民街の通りをしばらく歩けば、市場につながる噴水広場に出るという基礎知識。

市場のモグワームの串焼きは美味しいという豆知識。

そこを抜けた先に広がる上流市場の服飾店には、己の姉によく付き合わされ、荷物持ちをさせられるという愚痴。


「ここが、今日お二人に泊まっていただく宿になっております。本来なら私の屋敷に招くところだったのですが、今は騎士団関係各所が、どこもいささかドタバタしておりまして、申し訳ありません……」

口ぶりに庶民感を覚える未熟な青年騎士は、それでも懸命に、役目を全うしようと努力していた。

そういう性格の人物であることは、相対する賢者と勇者はすでに知っている。

「それでは、翌日の朝にお迎えにあがりますので、本日はこれにて失礼します!」

青年騎士の爽やかな笑顔と敬礼。

「はい、ありがとうございました、ローズさん。また明日」

「モグワームの串焼き、美味しかったです! ごちそうさまでした!」

二人の男女はそれに呼応して、同じようにポーズをとり、踵を返す相手を見送った。

「彼が仲間になってくれる騎士さんなんですね。優しそうな人で安心しました!」

「そうだね、これで少しはゆきの負担も減るかなぁ……」

小さくなっていく甲冑の背を見つめながら、勇者一行はまだ未熟な騎士に、大きな期待を募らせる。

「あ、でも、賢者様と二人で旅をするのもこれで終わりかと思うと、寂しいですね」

素面で呟くように言い捨てて、勇者は宿の門扉をくぐっていく。

「……ん? 今のセリフちょっと聞き捨てならなくない? さらっと流していいセリフじゃないですよね? ちょっとゆきさん?」

理解するのにワンテンポ遅れて、賢者は慌ててその後を追う。

「はて、何か言いましたか、私……?」

「えっ、待って待って、結構重要だと思うんだ。主に勇者的感情とは別に出た言葉であれば特に今後の指標になる要素を多分に含んでいる可能性が高いわけで……」

なぜかあたふたとしている賢者のような何か。それを制止するように、人差し指を一つ突きつける勇者。

「お部屋、今日は別々だそうです! お互い、今日は頭を冷やしましょう!」

「あ……うん……ハイ……」

呆けながら、頭だけを回転させ続ける遊学。

それを尻目に、そそくさと自分の部屋に向かうゆき。

互いに違う表情ではあったが、そのどちらも、人ならではの顔を見せていた。


「勇者って……神ってなんだ……女とは……俺は一体……何者なんだ……」

賢者は腕を組み、目を閉じ、天を仰ぎ、ひたすら哲学に没頭する。

胸の昂りを誤魔化すように。



---第8章・その1 Fin---

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