第7章:ストーリー紹介の章③
これで王様と謁見することが適うのですね!
いつの間にやら背丈も大人に戻っていた勇者は、そう言いながら一枚の封書を、目を輝かせつつ空に掲げる。
それは領主が勇者一行を紹介する旨が綴られた、重要な手紙だった。
『領主の宝物』を届け終えたその街の名は【フルブルックル】と呼ばれている。
僧侶が仲間になる予定で一度通り過ぎた街。
今までに訪れた村に比べて家々の発展具合も違い、その街は石造りを主体に整備されていた。行き交う人々も満足そうに、話に華を咲かせている。
通りすがりの馬車には、見知った行商人の姿も見えて、実に平和な環境だと、賢者は感じていた。
「ちょっとちょとちょとちょーっと待つニャ! こっちは手振ってんだから会釈するだけで済ませてんじゃないニャ!」
「えぇ……別に用はないし……」
馬車から飛び降り、詰め寄ってくる行商人ニッキー。そして少し面倒臭そうにソレをあしらう遊学。
「冷たっ! 出会った頃のあのラブコールはなんだったのニャ!? 傷付いたからなんか買ってけニャ!」
「すみません、見慣れちゃったから……傷付いたなら薬草どうぞ。余ったんで。」
ムキーっと露骨に怒りを表す猫顔の少女。
渡された薬草は彼女の道具袋にしまわれ、お返しに銅貨一枚が投げつけられた。
「ところで、なんでまたこの街に引き返してきたのニャ? 幽霊退治に失敗でもしたのかニャ」
この街で見かけることはないと思っていたからか、行商人は疑問を問いかける。
勇者に。
「えぇっとですね、会ってはいけない人がこの街に滞在していたので、その方が居なくなるまで、寄り道をしていたのです、よね?」
「いや、聞き返されても困るニャ……」
いまいち腑に落ちない様子のニッキー。仕方なく賢者の方を見る。
「うん、その人はもう居ないはずだから、戻ってきただけだよ。ついでに領主様への届け物もあったからね」
今度はしっかりとした返答。
嘘をついているのか見極めようとして、行商人は目を光らせる。しかし、実際に嘘をついていない二人に関係はない。
賢者の目を見つめるニッキー。
「うーん、アンタを見てると、なんて言うか……」
「な、何ですか?」
熱い視線に、自然と胸が高まる遊学。
「胃がムカムカするニャ。生理的に受け付けないタイプニャ」
「なにそれひどい……」
とても冷たい目配せをしてくる少女。高まった男の心は地の底に叩き落とされた。
「そっちのアンタも、腕は立つみたいだけど、もう少し社交性を持った方がいいニャ。いつまでもこんなのの腰巾着では生きて行けんニャ」
「こ、腰巾着……」
飛び火するように投げられた呟きは、勇者の核心をえぐる。
とても客に対する対応でないそれは、遠くから見れば、仲の良い連れにも見えた。
「そういえば、アンタらを探してるヤツがこの街にいたニャ。どっかの村の僧侶だったけど、心当たりあるかニャ?」
賢者と勇者は目を合わせて、頷きあう。
「私たちを探して……何だか悪いことをしているようですね……」
「ま、まぁ、仕方ない。これも人助けさ」
内密に話す二人をよそに、ニッキーは止まっていた馬車を見て首を横に振る。
車内の陰からは、一人が顔を出してこの方を見ていた。何かを考えるようにじっと見つめて、また、何かを堪えるように拳を握っていた。
そしてそのまま、顔を引っ込めて姿を隠す。
ニッキーは再び勇者一行に目線を戻し、会話を続けた。
「その会えない理由、教えてもらえんかニャー? めちゃ気になるニャー」
ストレートに問いかける少女。変に遠回りな言葉を使わないあたりは、少しばかり急ぎの様子も見て取れた。
「理由、聞いたところで関係ないと思いますが……」
「関係ないかは私が決めるニャ。そういう言い回しが人をイラつかせるのニャ。さっさと話すニャ薬草マニア」
ついには、歯に衣着せぬ物言いで圧倒される賢者。沸き起こる感情を食いしばり、平静に会話を続ける。
「その僧侶の方と私たちは一緒に旅をする約束になっていたんですが、この旅の先で、その方が命を落としてしまうことがわかっているんです。なので、会えない」
「何でそんなことがわかるのニャ? アンタ占い師か何かニャ?」
当然のように怪訝な顔をするニッキー。
「こればっかりは、信じてもらうしか……他に説明のしようもないですから」
遊学はその表情も当たり前だと感じながら、そう返す。
「……まぁいいにゃ。それで納得しておくニャ。なんか大変な旅みたいだから、またウチで買い物していくといいニャ」
「いつもありがとうございます、ニッキーさん! 私も頑張って魔王を倒してみせますから!」
勇者は改めて行商人に礼を言う。その自信に溢れた表情は、不思議と言葉に信用を感じさせた。
「やっぱりアンタら、どっかおかしいニャ。魔王って……まぁ期待せずに商売させてもらうニャ」
終始呆れた顔の行商人は、振り返って手をひらひらさせつつ、その場を離れた。
嵐が過ぎ去り、肩でため息をつく賢者。
勇者は遠のく馬車に向かって、手を振り続けていた。
「そこのお二人さん、ちょっと寄っていかんかね?」
不意に路地の端からかけられる声。
今度は何だと、面倒そうに顔を向ける賢者。
そこにはローブを深く被った初老の女性が、水晶を置いたテーブルを前に、座っていた。
「占いとか聞こえてきたもんでね。興味があったらさ、この先の未来でも占っていかんかい?」
しわがれた声で、しかし楽しそうに話す女性。この手の接客に持たれがちな陰鬱な印象は全くなく、とても気のいい笑顔を見た二人は、折角ならとその場に腰掛ける。
「さて、どんな未来を占おうかね……」
賢者はこの占いのシステムを知っていた。
ゲーム内での占いシステムは、ストーリーのヒントを聞く『未来予想』以外に、経験値やアイテムドロップ率を上昇させることができる『開運依頼』もできる。
当然のように賢者は後者を選んだ。
「おやおや、お客さん、以前も占ったことあったかね? そのサービス、どこで知ったんだか」
「噂で聞きましたよ、とてもよく当たるし、実際に運気が上がったって」
しれっと辻褄を合わせる営業マン。占い師はそれに気を良くして、さっさと開運の準備に取り掛かった。
「未来を占う必要、ないですもんね……」
勇者は少し困った様子で小さく笑いながら、占い師の準備を見つめていた。
………………
…………
……
女性の願掛けに対価を支払い、ようやくその場を後にした賢者と勇者の二人。
残された占い師は、鼻歌を歌いながら片付けをしている。
その際、未来を占うカードを懐から取り出そうとして、数枚をテーブルの上に落とした。
「おや、この暗示……」
神官の描かれたカードが一枚。
砦の描かれたカードが一枚。
そして、死神の描かれたカードが一枚。
「これはこれは、あまり見たくない未来だねぇ……気のいいお兄さんだったのに、残念だねぇ……」
すでにその場からいなくなった遊学の事を考えながら、占い師は手を合わせて、祈る。
できる事なら、運命が良い方向へ変わるようにと。
馬車は平坦な道を進みつつも、小さく揺れている。
車内には、行商人ニッキー、そして僧侶のマハトが並んで腰掛けていた。
「私が命を落とす、ですか……」
「そうニャ。眉唾すぎる話ニャ」
二人は話をしながらも、どこか別の方を向いて、各々考え込んでいるようだった。
「賢者様が言うのであれば、そうなのでしょう。あの方は未来を見ることができるので」
ニッキーは片手間の荷物整理を止め、マハトを見やって訝しむ。
「そうか、そんな理由が……やはり、あの方たちこそ、魔王を討つ勇者に間違いない。あぁ、本当に存在したのか……神よ」
当の本人はそれを関せず、一人で神に感謝していた。行商人は呆れた様子でそっぽを向く。
「で、どうするニャ? その話を信じて、このまま田舎に帰るのかニャ?」
「いえ、このまま同行させてください。直接力にはなれずとも、陰から支援はできましょう。ニッキー殿の商品仕入れ、尽力いたします」
マハトはめげずに、目を輝かせる。
ニッキーは暑苦しくも手を握ってくる僧侶をあしらい、適当に頑張れと言い残して、外に顔を出した。
「やたらと人懐っこい人たちだニャ……」
行商人は薬草を一枚片手に、風に遊ばせながら、遠くを見て呟いた。
---第7章 Fin---
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