第3章:戦闘の章
「で、出たぁぁああっ!!」
広い草原に大きく響く男の声。声を上げながら、遊学は飛ぶように後ろへと下がる。
一息をつけようと安全な場所へと歩を進める最中。そこで出くわしたそれを見るや否やの反応だった。
それは地面を這うようノロノロと動く、液体と固体の間をとった緑色の不定形物質。
「賢者様はお下がりください! スライム程度、すぐにでも倒してみせます!」
そいつを相手取るよう、勇ましい台詞と共に一歩前に出やる主人公。
突きつけられたショートソードを気にも留めないスライムと、緊迫したにらみ合いが始まる。
そして、茂みに隠れながら様子を観察するスーツマン。
「ス、スライムは最弱だから、いきなり殺されることはないだろうけど、HPどれくらい……い、いや! HPって、どうやって測るんだ……!?」
重要なことに気づく。
考えてみると普段から遊びの指標となっていたステータスウィンドウの類は一切見当たらない。
身につけている衣服の防御力、目の前の勇者が握る獲物の攻撃力、自身の限界。
全ては目隠しとなっていた。
「攻略本にスライムのHPは10って書いてあるけど、これじゃ何の参考にもならない……か?」
何かしら有効な情報を与えられないか思案しつつ、緊張の一戦を観察する遊学。
しびれを切らしたか、先に動き出したのは勇者だった。
「せぇいっ!」
地を這う対象めがけて、ショートソードの突きが素早く繰り出される。
スライムは避けるでもなく、それを受け入れた。
液状の体を突き抜け、地面に刺さるショートソード。その脇を通るように、スライムの軟体が鋭く変形し、対した剣と同じ程の勢いで突きを返す。
「くっ! こいつ!」
頭めがけて飛んできた攻撃を擦り傷で留めて回避する、ゆき。
武器を地面から取り返し、今一度間合いをとる。
「今ので1ターンってところか……」
じっと観察を続けていた遊学。
スーツの内ポケットから取り出していた手帳にメモを取りながら、状況を整理している。
「エクストラストーリーの戦闘計算式は、えーっと、攻撃力から防御力を引いた数がダメージで、主人公の初期パラメーターと初期装備もわかるから……今の攻撃は3ダメージってところか」
あと3回の攻撃で敵を仕留めることができる。はず。確信はないものの、ひとまずゆきにそれを伝える遊学。
目配せで後ろを確認しながら一つ頷いた勇者は、残り3回の攻撃をイメージして、前に出る。
回数が決まっていれば勢いもつけやすかったか、トドメが決まるのは早かった。
示し合わせたようにスライムはそれで沈黙し、地に溶けていく。
「ふぅ……以外と強かった……」
緊張の表情が徐々に解け、誰に言うでもない感想が、ゆきの口から漏れる。
「お見事」
後ろで観察していた遊学が、拍手を交えてその隣に並んだ。
「もしかして、スライムと……っていうか魔物と戦うの初めて?」
今まで後ろで思案し続けて、ふと感づいた疑問を投げかける賢者様。
勇者は目線を逃がしながら、恥ずかしそうに一つ頷いた。
「知識はあったのですが、実際に対峙したのは初めてで……」
「そうか……やっぱりそういうことか……」
遊学は納得したように頷いて、思案を続けた。
「やっぱりとはどういう……というか、私も何でこんなに経験値不足なんでしょう。うー……自分はもっと強いと思ってたのに、何にも、記憶ないし」
ゆきは頭を抱えながら、自身のおぼろげな記憶に不安を募らせる。
「完全に推測だけど、勇者としての君はまだ産まれたばかりなんじゃないかな」
「産まれたばかり……?」
遊学はついさっき始めたエクストラストーリーのオープニングを思い返しながら、話を続ける。
「勇者としての覚悟と生い立ちを持った主人公として、神の加護とやらで創り出された存在だ、とか。身も蓋もない言い方だけど」
「神の、ご加護ですか……うーん、それなら仕方ないのかな」
理解もしきれず、腑に落ちないような表情で、しかし神とあれば話は別と言わんばかりに、頷く勇者。
「もっと色々調べてみないと何もわからないし、想像の域を出ない話だから、あまり深く考えないでね」
言うだけ言って、強引に話を終えた賢者は、先ほどメモを取っていた手帳を開きながら、考え事を再開する。
「でも、賢者様が一緒ならどんな相手でも勝てる気がしますから、大丈夫ですよ!」
勇者はあっけらかんとした笑顔で胸を張り出す。
真面目に見えて、いささか楽天的な結論を飛ばす世界の救世主は、考えに耽る賢者と共に、嬉しそうに歩き始めた。
今後のことを思えば戦闘に関する計算とデータベースは特に整理しておくべきと、必死にメモを追加していくスーツの男。
この主人公がこれからの旅の末、確実に魔王を倒せる攻略の手引きが構築されていく。
戦闘は避けて通れないこと。
ポケットにしまわれた攻略本は、いやでもそれを教えてくれるのであった。
---第3章 Fin---
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