第6章:ストーリー紹介の章②
馬車は揺れる。
急ぐでもなく、景色を眺める余裕のあった乗客一行は、のんびりと自分の時間を過ごす。
村から街道沿いを行き、街へと向かうその中には、勇者ゆきと賢者遊学の姿も見える。二人と親しげに会話をしていたのは、行商人のニッキーだった。
「本当に途中で降りるつもりなのかニャ? 相変わらず何考えてるかわからんニャ」
「これも人助けに繋がるんですよ。感謝されることもない、自己満足みたいなモンなんですけどね」
賢者は語り、勇者は頷く。
猫耳商人は変わらず首をかしげながら、この場はひとまず、適当に話を聞くだけに止めた。
客が話に華を咲かせていたその時、馬車は急に進行を止め、車体を大きく揺らす。
「なんニャ、どうかしたのかニャ?」
ニッキーは言いながら運転手の元へと向かい、状況を確認する。
しかし会話を交わすことなく、周りを見回して異変を理解した。
「完全に囲まれてますね……」
馬車から顔を覗かせて呟く勇者。
道行く馬車を取り囲むように、ゴブリンの群れが武器を構えている。
賢者は何か言うでもなく、静かに対象の数を数え始める。
「全部で12体か……いける?」
「はい! 2ターンで片付けます!」
勇者は自信満々に答える。
その手には今まで使っていたショートソードとは違う得物が握られていた。
銀色にその刃を光らせるその形は、大振りのブーメラン。
「あ、あんな数あいてに、一人で大丈夫なのかい?」
その様子を端の方で観察していた一般人の乗客が、不安そうに賢者へと声をかける。
「大丈夫です、彼女は強くなりましたよ。ゴブリンリーダーも1発で仕留められるぐらいね」
馬車から堂々と身を乗り出す勇者に、ゴブリンたちの視線が注がれる。
鋭い視線がぶつかり合う。
しかし幾つかの対象は、勇者の溢れる余裕にたじろいだ。
プレッシャーに負けまいと、6体のゴブリンが武器を振り上げながら、雄叫びと突撃を見せる。
一歩踏み込み腰を少し落とし、ブーメランの持ち手に力を込める勇者。
「……フッ!」
一つ息を吹いて、腰をひねる。
銀の刃が間合いに入った獲物の急所を、綺麗に裂いた。
「ギョエ……!」
断末魔は小さく途切れ、魔物6体は刹那に事切れた。
それを見た残りのゴブリンたちは、顔を青ざめさせて、すぐに身を翻し始める。
逃げる方向はバラバラ。全ての殲滅は無理だろうと、その場にいた人々は思った。
この場が安全となったことに安堵の息を漏らす乗客たち。まずはこの場の英雄に感謝を伝えようと、馬車を降りようとする。
「あ、待ってください。まだ終わってないです」
しかし、その場を緊張の様子で見つめていた賢者はそれを制す。
みると、勇者の方も戦いの姿勢を崩していないようで、静かに敵達の背中を見据えていた。
「ふー……っ!」
次には腰を大きく捻る。息を吐くと同時に握っていた得物を空に解き放ち、対象へと飛ばす。
銀色の線が風を切り、弧を描くように曲がりながら疾る。
「ギャ!」
魔物の背中を一つ切り裂く。
「ギィッ!」
勢いは止まらず、隣を走っていた魔物の急所を裂く。
そのまま回転を続け、一閃は馬車から遠ざかっていく他のゴブリン達へと飛んでいく。
全ての魔物を殲滅し、なお回転して飛ぶブーメラン。それは馬車の降り口近くを颯爽と通り過ぎ、構えられていた勇者の手に捕まえられる。
「ふぅ……上手くいきました」
大道芸のような戦闘に幕を下ろした勇者は、胸をなでおろす。
驚いた様子でその様子を見つめていた乗客や運転手。
賢者がお見事と手を叩くと、つられるように周りも拍手をし始めた
「すげーっ! なんだあの技はよぉっ!」
「とんでもねぇなネエちゃん! 王国騎士団にも負けてねぇんじゃねぇか!」
やんややんやと騒ぎ立てる乗客たちが、過ぎ去った危機感を忘れて、勇者を囲う。
「ニャー、あんたらとんでもない強さニャ。ますますもって、この先何をするのか気になるニャ」
ニッキーは遠目にその様子を眺めながら、隣でメモをとる賢者に問いかける。
「そうですねぇ、とりあえずこの後は幽霊退治が待ってるんですが……」
手に持つペンで頭をポリポリと搔く賢者は、遠い目をしながら、次の目的地に思いをはせる。
「幽霊退治ニャ? そういえば街の外れにある棄てられた屋敷がアンデッドの巣窟になってるって聞いたニャ」
「そうそう、元々はこの辺の領主が住んでた屋敷です。そこでイベントを起こさなきゃ、次に進めないんですよね」
ニッキーはいぶかしむようにその話を聞きつつ、それとは別のところで、隠れるように手を動かす。
「あ、ニッキーさん。手に持ってるそのゴブリンのペンダント、換金お願いしますね」
「ギクッ……ぬ、抜け目ないのニャ……アンタ、あっちの勇者より怖いニャ」
冷や汗をぬぐいながら、ニッキーは遊学に銅貨を手渡す。
どうも、と軽く頭を下げて、懐にしまっていた革の袋に銅貨を詰める賢者。
その中には、勇者がここまで強くなるに至った副産物の財産が多く入っている。
「随分と溜め込んでるニャ……なんニャ、家でも買う気かニャ?」
横目をギラつかせる行商人は、涼しい顔をする客を値踏みするよう見つめる。
「うーん、とりあえず薬草を300個ほど買うかな……」
「……アンタ、やっぱり頭おかしいニャ」
そうだよなぁ、と一つだけ呟くように返事をして、賢者は笑いながら馬車の中へと戻っていく。
行商人は手持ちの商品リストを確認しながら、頭を抱えた。
「すでに薬草100個も買ってるのニャ……仕入れる方の身にもなってくれニャ……」
ニッキーのため息は、ほのぼのとした空に溶ける。
何事もなかったように、勇者と賢者はもうしばらく同じ馬車に乗って、次の目的地に近づいていくのだった。
---第6章 Fin---
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