コラム1:バグと縛りプレイ
賢者は一つの解決策を思い浮かべていた。
攻略本に載っていない、本来であればあり得ることがない発想。
テレビゲームという固定された世界の中でのみ発生しうる、一つの抜け道。
しかし、今ここはゲームに沿っているというだけの現実。
腹も減る。眠気も襲ってくる。転べば血は出る。
『神』とやらが、自分の知っているゲームの世界をどこまで再現しているのかも、計り知れない現状。
「……やるだけ、やってみるか」
考えた結果、目の前の命が助かるのであればと、一縷の望みに掛けて行動を決める。
「もう、よろしいのですかな?」
奥で静かに待ち続けていた司祭が、決意を固めた賢者を見て、言葉を促す。
隣で聞いている二人の僧侶も、唾を飲んだ。
「はい、勇者と共に旅をするのは……」
賢者は選択をする。
選択をした直後、スーツ姿の男はその場から忽然と姿を消した。
賢者の目には、一瞬の閃光が映っていた。
咄嗟に閉じていた目を恐る恐る開くと、そこには勇者ゆきの寝顔。
少しだけぼんやりする頭を上げて、周囲を見回す。
目覚めたその場所は、ムートン村の宿、宿泊していたその一室だった。
「そうか……この後は勇者が仲間に会いに、次の街へ行くんだったか……」
身体を起こすと勇者が反応して、目をさます。
「ん……おはようございます……」
寝ぼけ眼で挨拶をして、背伸び。
少しはだけていたバスローブを正してから、顔を洗うためにベッドから抜ける。
「ゆき、少し相談があるんだけど……」
遊学はベッドに腰掛けたまま、洗面所に向かって話しかける。
「……もしかして、僧侶の兄妹のことでしょうか?」
「あれ? 何でそのことを……?」
予想外の返答に困惑する遊学。
「賢者さまのこと、夢で見てました。けど、はっきり覚えてるから、夢じゃなかったのかなぁって……」
洗面所から出てきたゆきは、思い出しながら語る。
マハトやホーリィの試練のこと、これからそのどちらかと会いに行くこと、そして、連れて行くと、この先で命を落とすことまで。
「そこまで知ってるなら、話は早いな。実を言うと、仲間の命を落とさなくて済む方法が一つだけあるんだけど」
「では、その方法で行きましょう!」
まだ何も言ってない、と突っ込みを入れようとする賢者。
しかし、その口を封じるように勇者は手を握って、まっすぐに目を見つめる。
方法はわからずとも、目の前の命を救うことに何のためらいも見せない勇気は、正に勇者としての矜持を感じさせた。
「……わかった。これから先、少し辛い旅になるかもしれないけど、頑張ろう」
遊学は、ゆき自ら主張した選択を尊重するのだった。
具体的な方法。勇者は村を歩きながら、賢者からその説明を聞いていた。
遊学が選択した仲間は、次の目的地である街の酒場にいる。
街に入るとイベントが発生し、その仲間との合流が果たされる。
なので、街に入らない。
これだけで、以後、僧侶が仲間にいない状態で旅が進むことになる。
本来想定されていないルートであり、僧侶が必要なイベント場面では、会話に齟齬が発生するバグが起きる。
実際のゲームでは、いないはずの僧侶のセリフが表示されるだけで、何事もなく進むのだが、この世界ではどうなるのか見当もつかない。
もしかしたら大きな問題が発生するかもしれない。
しかし、確実な死を避けられるのであれば、やってみたい。
賢者はそう考えていた。
ただ、一つ街を飛ばすことで回復もままならない。
「とりあえず、近くで魔物を狩って金を貯める。そして、薬草を買い込もうか」
「わかりました! レベル上げにもなるのでちょうどいいですね!」
気丈な笑顔で修行と稼ぎの準備をする勇者。
意気込みを感じるそれを見ると、賢者は幾分か、胸の内の不安を和らげさせることができた。
「うにゃ? お二人さん、出かけるのかニャ?」
「ニッキーさん、しばらくお世話になるんで、薬草を大量に仕入れておいてくれると助かります」
すれ違いざまに大量発注を受けた行商人は、キョトンとしつつ、決意に燃える賢者と勇者の背中を見送る。
ムートン村に述べ3日間の滞在。
二人は村の周囲に生息する魔物をひたすら退治し続ける。
人の命を救うため、二人は懸命に縛りプレイを敢行するのであった。
---コラム1 Fin---
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