TOPIC②:レベルを上げよう!

「あそこがムートン村か……ゴブリンが見張りをしてるみたいだな……」

草むらの陰に隠れて、遊学は魔物に支配された村の様子を観察していた。

村の周囲を、肌がくすんだ二足歩行の小人達がうろついている。

「ゴブリンですか、手強そうですね……」

「……スライムに比べればね」

ゲームで遊ぶ時間で言えば、オープニングからゴブリンが倒せるようになるまで数分だな。といった考えは飲み込んで、賢者は手に持つ攻略本を開く。

見ている情報は、ムートン村を支配した魔物たちのリーダー。

通常のゴブリンより一回り大きく、重厚な剣と盾を構えたデザインのキャラクター。

強さを示すデータを一瞥してから、本を閉じて、その場から撤退するべく踵を返す。

「あれ、行かないのですか?」

「今はまだ準備不足だよ。一度避難所で傷をしっかり癒すんだ」

体に幾つかの生傷をこしらえながらもショートソードを構えていた勇者は、肩透かしを食らった様子のまま、賢者のあとをついていく。

村人たちから避難所内に休める場所も提供してもらっていた二人は、道すがらに出会うスライムを極力排除できるよう、力を尽くした。


「ふぅ……生きて帰ってこれた……」

勇者の表情には安堵もあったが、少しだけ自信も見て取れた。

賢者のメモは、彼女のレベルが上がったことを示す計算式が綴られている。

それを見て自分の計算に間違いがないことを確信できたのか、胸をなでおろす賢者。

二人は村長に報告を済ませ、そのままの足で用意されていた休憩用のテントへと足を向ける。

通りすがりで目に入る村人たちに、当然ながら笑顔はなく、避難所の空気は、重い。

休憩用のテント内に入ってもそれは同じで、既にそこにいた先客たちも、暗い顔で座り込みながら、先の見えない不安と戦っているようだった。

夜も更け始め、魔除けの香が避難所を包み始める。

睡魔もそこそこに、勇者一行は明日の戦いに備えて瞼を下ろした。


朝。

「今日こそは、いけますよね?」

「あぁ、その前に幾つかやることはあるけどね」

はやる気持ちが気合いに変わり、勇者は力強い表情で賢者を見やる。

対する方は昨日と変わらず、平静な様子で攻略本をめくり、必要な情報を整理していた。

まず二人が向かったのは、村長のいるテント。

朝の挨拶を交わして、これからムートン村に向かうことを伝える。

当然のように引き留める村長。が、確信めいた勇者の表情に一抹の希望を見出したのか、考えを改め、奥にしまわれていた幾つかの薬品を二人に手渡した。

「わしに出来ることなぞ何もないかもしれん。あんたらに神のご加護があるよう祈らせてもらうよ……」

御老体は賢者と勇者の手を取り、真剣に祈る。

その力強い手の感触に、より一層の決意を改めさせられる二人。

テントを後にした足取りは、来た時よりも一人分、心強く感じられた。

『力の種』『守りの種』と呼ばれた、筋力と体力を増強させる薬は、勇者の口にすぐさま運ばれる。

次に二人が向かったのは、村の備品を保管しているテント。

見張り番と挨拶を交わすとともに、賢者は昨日の盗難の件を改めて謝罪する。

気さくな様子で笑い話として納めてくれた見張りは、懐にしまっていた薬草の束を二人に手渡す。

「あんたらには既に一夜分、助けられてるし、こいつは今日の分さ。うまく使ってくれや」

不安は昨日と変わらないはずの中、見張り番は戦いに向かう二人を見送るため、気持ちの良い笑顔を作る。

「ゲームの中のタンス漁りはこういうやりとりを省略した結果だったんだなぁ……」

誰にも聞こえないような小さな呟きをこぼす遊学は、歩きながら攻略本に書かれた避難所の入手アイテムデータを見つめる。

隣を歩くゆきはすれ違う人々と、自信に溢れる表情で挨拶を交わす。

一行はそのままの足取りで避難所を後にした。


昨日の偵察と同じように草むらに隠れている勇者一行。

「まずは村の東から入るんだ。そっちは見張りの数が少ない」

そのルートは、村の宝物庫に寄り道をしない安全なルートだった。

現実味を帯びたこの場の空気が、遊学の思考を普段のゲーマー的価値観から遠ざけさせる。

「敵のボスを叩けば雑魚は逃げていく……でしたっけ」

「そうそう、ただそこまでの道中で4回ほど戦闘になるから、準備してね」

具体的な数字を提示された勇者は、手持ちの薬草を戦闘回数分に振り分け、懐にしまう。

「では……」

ショートソードを構えて、腰を上げるゆき。

「行きます」

静かに吐いた一言ともに、紺色の鎧が疾る。

すぐ近くの見張りをしていたゴブリンとエンカウントしたところで、動きが止まり、戦の構えが取られた。

しかしゴブリンはそれに背を向けていたようで、一息だけ構えが遅れる。

「せい……っ!」

先制攻撃。そして、勇者の一撃は魔物の心の臓を的確に突く。

「ぐげ……」

ゴブリンの呻きは長く続かず、その一戦はすぐに幕が降りた。

気迫が成し遂げる、華麗な会心の一撃。

「すごいな……計算が狂った。いい意味で」

遊学は心強い勇者の背を見ながら、メモに書かれた薬草のストックデータを修正した。


目的地は村の中央にある聖堂。

そこまでの道は、ゴブリンをできる限り避けて通れるよう、家々の裏手を回る。

どうしても避けられない戦闘が2回。

聖堂の裏口で座り込むゴブリンを含めると、事前に提示された戦闘回数と帳尻が合うのだった。

「あそこから入ればすぐにボス戦だ……いけるね?」

「……賢者さまは、行けると思いますか?」

突然の質問。今までのメモを見つめて、遊学は考える。

スライム32匹。ゴブリン3匹。経験値は190入っている。現在のレベルは5。ボスと戦う推奨レベルは3。

「行けるさ。キミのレベルは上がってるよ」

最初にスライムと戦っていた時と比べて、生傷の量は明らかに減っていた。

武器を構える姿勢も、かなり様になっている。

勇者自身が気づいていないその変化を見ながら、賢者は確信をもって答えた。

「そうですか……では、行けそうですね!」

そこで彼女の表情からは不安が消えた。

物陰に隠れることをやめて、目的地へと駆ける勇者。

障害は一息で排除されて、村の奪還にまた一つ近づいた。

「よし、今のでまたレベルが上がった。勝てるぞ……!」

後をつけるように進む遊学。手に持つ攻略本の一節には、一つの注意書きがあった。


"ボス戦は逃げられないゾ! 充分にレベルを上げよう!!"



---TOPIC② Fin---

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