第5章:仲間の章・その2

「ところで、賢者さまは一体何ができるのです?」

キラルタ村を出て、先ほどまで攻略していた洞窟にふたたび向かう二人。少女ホーリィは隣をついて歩くスーツの男に問いかける。

「戦いは一切できない。僕にできるのは、キミに必要な情報を教えてあげるぐらいかな……」

はっきりと言うには、いささか情けなさを感じる言葉に、少女は眉をひそめる。

「では、この先の洞窟までに私は何体の魔物と出会うのですか?」

「あ、ごめん、それはわからない。運が悪ければ10体以上とか、かな」

さすがの賢者も、運絡みの要素については計算ができないと、きっぱり答える。

「……使えないですね」

ぼそりと毒づく聖職者。言葉の鋭さに、賢者は拳を強く握らされた。

「と、とりあえず、試練を攻略するために経験すべき戦闘回数はわかるから、それを目指しつつ洞窟へ向かおうか……」

「……まぁ、良いですよ。神様が賢者さまを頼るようお告げくださったのですから、ちょっとだけ信じてみます」

試練を行う前に神に祈ったのだろう、またしても神の加護による物語の進行に、遊学は頭をひねる。

恐らくは『神』という何かが、彼女らの行動、思考に影響を与えて、今を作っているのだと推察する。

どういった理由か、それはどこに存在するのか。それにはいつかたどり着くだろうと信じて進む。ただ今は、目の前の少女が故郷に生きて帰られるよう、計算を行うのであった。

「むむっ、あれは『ニトロスライム』ですね、本で読んだことがあります!」

足を止めた少女の先に、赤色のスライムが立ちふさがる。

それはマハトとの行動でも経験値の糧としてよく戦った魔物だった。

「い、いきますよ! こ、こわくないのです! 楽勝なんですからね!」

明らかな逃げ腰で銀のメイスを握るホーリィ。

後ろで見守る遊学は、初めて自分がスライムを見たときのことを思い出し、少し笑った。

「大丈夫。キミのその武器なら2発も殴れば倒せるよ。落ち着いて敵を捉えるんだ」

「に、2発ですね!? 嘘だったら承知しないんですからね!」

のろのろと動くニトロスライムは、敵意を見せることなくホーリィの横を通り過ぎようとする。それを捉え、メイスは振り下ろされた。

地面までえぐれた一撃を受けた軟体生物は、ようやく攻撃態勢に入る。自身の身体を硬質化させ、まっすぐに目標を貫かんと伸ばす。

「ひゃい! あ、危ないです! このっ!」

見事に攻撃を見切りダメージを避けた少女は、再びメイスを地面に叩きつけ、敵を仕留めた。

「お見事。すごいな、無傷だ」

拍手と共に、賢者が後ろから近づく。

「ま、まぁこの程度なら、当たり前ですよ。それより賢者さま、本当に戦えないんですね」

戦闘結果については誇らしげな表情を見せたものの、賢者の姿を見るやジト目になって、呆れた顔でため息をついた。

「それについては、ノーコメントで進めさせてもらえると嬉しいなぁ……」

それ以上のコメントを差し控えることで、賢者はこの場を収める。

頭の中で、少女の持つメイスを代わりに振るうイメージをしてみたが、腰を壊して動けなくなる想像に至った。

そんなことを言って信用を損ねては、今後の攻略に影響を及ぼすと踏んだ故の判断である。

「さっさと試練なんて終わらせるのです」

遠くに目線を逃す賢者に興味をなくした少女は、それを置いて先に進み始める。

「そうだね、僕もそろそろ休みたい……」

村に着いた時に宿に泊まっておくべきだったかと、今更ながら後悔する賢者。足早に進む少女を追いながら、少しだけ息を切らす。

それでも、新しいメモを取る手は止まっていない。

そうして、ニトロスライムの経験値はホーリィに加算されたのであった。


洞窟の暗がりに、少女の荒い息が木霊する。

「ちょっと休憩する?」

賢者は疲れた様子の少女を気遣い、近くの休めそうな岩陰を指差す。

「だ、大丈夫です! これぐらいなんてことないのです!」

いつでも戦えるようにと両手でメイスを抱えて、強がりながらに歩を進める。

せめて物持ちだけでもしようかと、男が貸そうとする手も振りほどき、肩を揺らす少女。

強い敵と遭遇しにくいエリアでレベル上げできるよう行き先を指示しながら、二人は順調に目的地へと近づく。

しかし、攻略本を見ながらの賢者は悩んでいた。

この奥に潜む、少女が戦うべきボスは最初に訪れて対峙した『リトルデーモン』とは違うようで、当然ながら対策方法も変えなければならない。

指でなぞる敵情報。

うす灰色に透ける身体。肉体を持たず宙に浮くその霊体に、ギラつく双眸と横に大きく裂けた口。

『ライトゴースト』と名前がついたその敵には、通常攻撃が当たらないという特徴が書かれている。

ホーリィはすでにマハトと同じように破邪の魔法を習得していた為、敵を倒すことは可能だった。しかし、魔法の使用限界に注意して進まなければ、確実な死が彼女を待ち受けている。

体力もレベル上げの為だけに消費し続けるわけにはいかない。

強がりな少女の舵取りを誤らないよう、今まで以上に洞窟の進行ルートには気を配る賢者。

「もう! 早く帰ってお風呂に入りたいのです!」

外より湿気を感じる洞窟内にプンプンと怒り出す少女は、そんな心配もよそに、まだまだ元気そうであった。

そろそろいけるかと、上がったステータスのメモを見る賢者。少女が本当に動けなくなる前に決着をつけようと、奥に進む最短ルートを指示し始めた。

「最後の敵は今までと違うから、準備だけはしっかりとしてね」

『ライトゴースト』の情報を共有しながら進む二人。

物理の効かない異形と聞き、唾を飲む少女は、今まで頑なに握りしめていたメイスを、賢者に預ける。

「それは兄さまから貰った大事なものです。絶対になくしちゃダメですからね!」

身軽になった少女は、疲れていた腕をプラプラさせながら賢者を睨む。

「いざとなったらコレで戦えるかな……?」

スーツに似つかわしくない獲物を構えて、今までの戦いの記憶を思い返す。

俊敏に動く異世界の戦士達。獰猛な魔物の攻撃。

「……うん、無理だな。オレは逃げることに専念しよう」

そう悟りきった男の顔は、実に潔かった。

「この奥にいるんですよね。さっさと行くのです」

戦力外を尻目にさっさと奥に進む少女は、すでに魔法を使うべく、小さく詠唱を始めていた。

リトルデーモンの時と同じように、早々に決着をつけられると感じた賢者は、黙ってそれについていく。

以前来た時と同じように、奥に流れる清流。

その水を小瓶に汲み、蓋をする。

「コォォオオォ……ホオォォオォ……」

そうして現れる『ライトゴースト』の姿。


「よし、先手必勝だ、マハルータを!」

「わかっているのです! そんなすぐには出せないのですよ!」

賢者の指示に呼応して、破邪の魔法を使おうと詠唱を始めるホーリィ。

ライトゴーストは目覚めたばかりなのか、まだ動きに鈍さが見えた。

「……光は清浄を示す! 邪を清め天に還したまえ! マハルータ!」

空洞に放たれる閃光。

よく見やればそれは光弾と姿を変えて、魔物の体を射抜く。

「コォォオオォッ!!」

一撃では仕留めきれない幽体は、それでも抉られた衝撃にのたうち、ひるむ。

「よしよし、もう1発で倒せるぞ、もう一度マハルータを!」

勝ちを確信して影から乗り出す賢者。

「……も、もう無理なのです」

「……え?」

しかし、予想外の返答に言葉を詰まらせる。


初めての誤算。

ここに改めて、緊張の一幕が繰り広げられる。



---第5章・その2 Fin---

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