TOPIC⑤:アイテムを入手しよう! ②・その1
その洋館は暗い。
日の光を遮るよう鬱蒼と生えた林の中に、静かに佇むその屋敷。人を寄せ付けず、当然のように生活感はない。
荒れた外壁塗装、錆びた鉄柵、無尽蔵に放置された庭の雑草。
しかし、それらが好ましいと思い、根城とする異形の魔物が蠢いている。
いつしか人を寄せ付けぬようになった屋敷には、名前がついていた。
「不死者の床……」
入り口に近い場所に立ち、冷やかな空気を身に受けながら呟く賢者。
「いかにも出そうですね、お化けとか……」
眉を八の字にして、館を睨む勇者。
「苦手?」
一歩後ろにいるゆきに振り返って、問いかける遊学。
「苦手ですね。帰りたいです」
「僕も苦手だ。帰りたいね」
目的を果たさねばならないと互いに理解していたため、意味のない問答に終わった二人の会話劇。二人して憂鬱な表情で、門扉に手を掛けた。
敷地内に足を踏み入れると、すぐさま周囲の空気がざわつく。
「早速ですね、ここの敵に刃は効くのですか?」
「うん、幽体はいないから殴ってでも倒せるはず」
それなら問題ないと、勇者は腰に下げたブーメランに手を添える。
「そうか、倒していいんだから、お化け屋敷より怖くないかもしれないな……」
賢者はそっとメモを取り出し、経験値の項目に数値を加算した。
程なくして、静かな林に魔物の断末魔が木霊する。
屋敷に入った目的。
此処らの領主である館の主人は、魔物に乗っ取られたこの屋敷を放棄して、今は別の屋敷に身を移していた。
その際に置き忘れてきた宝物が、ここに眠っている。
ストーリーの道筋として、その宝物と引き換えに国王との謁見が適うと、攻略本に書かれていた。
ゆきはその話を聞きながら、胸を踊らせる。
勇者という身分を名乗りつつも、国の王と相対するという一大イベントに、緊張を隠せない様子だった。
「問題は、宝物を手に入れるための仕掛けなんだよね」
それはどういうものかと、勇者は耳を傾ける。
廊下で出くわす、ネズミのゾンビを片手間にあしらいながら。
「この屋敷を支配している魔物が、子供の肉以外を喰わないとかいう、酷いやつなんだけど、大人の僕たちでは部屋にすら入れない」
賢者も、倒されるネズミ達の経験値を片手間に勘定しながら、マイペースに進む。
「なので、子供になる必要がある。この部屋でね」
指をさした扉。中は書斎のようで、本棚は歯抜け、机の上や床には本が散らばっていた。
「子供になる……? 絵本でも読むのですか?」
ゆきは言葉の意味がわからないまま、散らばる本を眺める。
「そのままの意味だよ。此処には一時的に大人を子供の姿にする魔道書があるんだ」
遊学は幾多の本の中から、的確に目的の本を拾い上げた。
「なんでそんなものが……」
「そういえばそうだな……領主の趣味?」
訝しむ二人は疑問もそこそこに、ひとまず目的のために本を開く。
勇者がそれを手に持ち、文字を指でなぞった。
"一回り、カラスのエサ。二回り、悪霊のエサ。三回り、悪魔の贄。残すは穢れなき身の丈。それは人の悦び。"
「…なにか、かわったのでしょうか?」
「うん、超変わってる。すごく可愛くなってるよ」
辺りを見回す勇者は、まず景色の変化に驚く。次に手足を見つめ、更には己の声で驚いていた。
魔術による賜物か、身につける鎧までも小さな体に合わせて、サイズを変化させていた。
「こ、こどもになりました、けんじゃさま!」
摩訶不思議な現象に、何度も自分の体を見つめ直す、ゆき。
「まずはこれを」
賢者は懐からナイフを取り出し、小さな勇者に手渡した。
「これは? なににつかうのですか?」
手渡された白銀のナイフを、不思議そうに見つめる。
「ブーメラン、その体じゃ扱えないだろうから、それを使うんだ。此処に来る前、ゴブリンがドロップしてたナイフだよ」
「おぉー、なるほど、さすがけんじゃさまです。よーいしゅーとーですね!」
小さくなった体躯に合わせてか、若干舌足らずになった語り口に、賢者の頰が緩んだ。
ナイフを空振りさせながら、戦闘のイメージを頭に描く幼女。何度か頷いては、問題ないと鼻を鳴らす。
「それで、こどもをたべるという、わるいまものは、どこにいるのですか?」
聞かれた賢者は攻略本に載っている屋敷の地図を見て答える。
「えっと……屋敷の地下にいるはずだ。道もわかるから、ついておいで」
「はい! よろしくおねがいします!」
元気よい挨拶に明るい笑顔。無邪気な幼女は、不気味な洋館の陰鬱な空気を、自然と和やかにさせていた。
地下に向かおうと、手を繋いで書斎から出る二人。
仄暗い廊下を、仲睦まじく微笑ましい二人組が、勇ましく歩く。
不意に、目の前にある物陰から呻き声が聞こえ、すぐさま臨戦態勢へと姿勢を変えた。
先程まで朗らかだった幼女はナイフを構え、熟練の狩人のように、鋭い眼光を放つ。
陰から飛び出してきた魔物。
ピンク色の不定形な物質は、周囲に若干の腐臭を漂わせながら、小さな狩人に近づく。
そのまま、間合いに入ってきたことに反応した幼女。踏み込みも一瞬に、低い姿勢をさらに落とし、地を這うよう走る。瞬時に対象と擦れ違っては、それをスライスした。
裂けた対象は致命的なダメージを被ったのか、地べたに落ち、ピクリとも動かず、空気に解けていく。
「いつもより、ちからがだせないですが、これならまだまだ、たたかえそうです!」
自信をもって意気込む小さな勇者。ナイフに付着した腐肉を躊躇なく取り払って、賢者に笑顔を向ける。
「うーん、実際目のあたりにすると、とんでもなくインパクトがあるな、最強の幼女ってのは……」
非現実的な状況をさらに幻想にしたような光景に、苦笑いするスーツ姿の男。片手のメモに改めて、幼女のステータスを書き連ね、計算通り事が運んでいると安堵する。
二人はそのままの足取りで目的の場所へと、歩を進めるのであった。
---TOPIC⑤・その1 Fin---
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