大丈夫。賢者の攻略本だよ。
だっきー
第1章:キャラクター紹介の章
夜道。
少しくたびれた灰色のスーツの男は、携帯を片手に営業先と思われる人物と、かしこまった会話を交わしていた。
会話の中、男の名前が「多家良 遊学(たから ゆきみち)」であるという話が聞こえる。
遊学は仕事帰り中の営業を終わらせ、ため息をつきながら、携帯をスーツの胸ポケットにしまいこんだ。
街灯の光もそこそこに薄暗い道すがら、一つのゴミ捨て場の前で遊学は足を止める。
目線を落とす先にはゴミに紛れる一つのダンボール箱があった。
「おいおい、マジかよ、箱説付きじゃないか。うわー、もったいないなぁ」
そんな言葉をつぶやきながら、若干のにやけ顏と共に腰を下ろす。
ダンボール箱に入っていたのはゲーム機だった。ゲーム機の箱には年季を感じさせる変色がところどころにあり、それがレトロゲームであることが見てとれる。
それを漁りながら、目を輝かせるスーツマン。
「お、懐かしいなぁ攻略本。昔のゲームって難しかったからなぁ、こういうのがあると難易度変わるよね」
箱の隅に入っていた、片手で持てる小さめの本には、ゲームの攻略情報が少し雑目な情報量で記載されていた。
「ふーむ、捨ておくにはもったいないよな……よし!」
遊学はダンボール箱を拾い上げ、何事もなかったように帰路に戻る。
薄暗い夜道に控えめな鼻歌が響く。
その曲は、昔に流行ったTVゲームのメインテーマだった。
家に帰ってきた男。
くたびれたスーツ姿のままで、嬉しそうに抱えていたダンボール箱を部屋の隅に置いてあるブラウン管テレビの近くに置いた。
箱の中のゲーム機を取り出し、鼻歌を交えながら遊ぶためのセットを進めていく。
一通り準備が整うと、一旦立ち上がって冷蔵庫へと足を運ぶ。取り出すのは冷えた缶ビールとさきいか。
テレビの前にあぐらをかいて、全ての準備が整った。
「スイッチオーン!」
カチリと電源を入れる音を鳴らし、テレビ画面にドット絵で描かれたタイトルが映し出され、スピーカーから三和音一ノイズによるメインテーマが流れ出す。
「うーん、懐かしの味ですなぁ。エクストシリーズはやはり名作。間違いない」
タイトルはエクストラストーリー。
遊学の部屋にある棚にはエクストラストーリーの新作と思われるゲームが幾つか並んでいた。
その中には古いタイトルのエクストラストーリーは無く、今プレイしている作品を合わせると綺麗にナンバリングが揃う形となっていた。
男はにやけながら酒を一口含む。
一通りメインテーマを聴き終えて、コントローラーに手を伸ばす。
ゲームはバックアップ式でデータを保存するタイプではなく、パスワードを入力してゲームを続きから進めることができるタイプだった。
迷いなく「はじめから」を選択する酒飲み。
さきいかをモグモグと嗜みながら、ゲームの主人公である性別と名前を決めにかかる。
「性別は……昔やった時は男だったから♀にしてみるか。名前どうすっかな……『ゆき』でいいか」
ひらがなしか入力できない名前入力画面をさっさと終えて、ゲーム本編に差し掛かる。
「確か最初はいきなり草原から始まるんだっけかなー」
昔プレイしていたという記憶を辿りつつ、オープニングテロップを読み進める。
---せかいは まおうエルオン によって しはいされた。
ひとひ゛とは すくいをもとめた。
ゆうしゃ 『ゆき』 はたちあか゛る。
せかいに へいおんを もたらすために。---
「こっからいきなり放り出されるんだよな……」
遊学の言った通り、画面に表示されたキャラクターは緑一色のマップ上にポツンと立っていた。
そして、画面上に新しいメッセージウィンドウが表示された。
「ん? こんなのあったっけ」
---けんし゛ゃとして せかいをすくって くれませんか ?---
続いて『はい』と『いいえ』の選択肢が表示される。
そこで一度コントローラーを置く遊学。
ダンボール箱の隅に入っていた攻略本を手にとって最初の方をめくりだす。
「えっと、オープニング後の選択肢っと……載ってないなぁ。適当だからなー、昔の攻略本は……」
頭をポリポリと掻いて、その先の攻略情報を見ながら適当に選択肢を決定する遊学。
『はい』
「ありか゛とう けんし゛ゃさま!」
「どういたしまして……」
ゲームのメッセージである『ありがとう』に返事をしつつ、ビールの続きに手を伸ばす。
しかし、その片手は空を掴んだ。
不意に、頬をそよ風が撫でた。
あぐらの下には緑色の絨毯--ではなく、草原が広がっている。
「……え?」
異変に気付いた遊学は頭を上げ、すぐに立ち上がる。
蒼い空が、草原が、穏やかな気候が、片手には唯一見知った攻略本があった。
「共に、魔王を打ち倒しましょう……賢者様!」
後ろから凛とした女性の声が聞こえて、振り返る。
目の前に立っていたのは、エクストラストーリーのパッケージに描かれていた深い紺色の全身鎧を身に纏う、黒髪の主人公(♀)だった。
「は、はい?」
スーツ姿の男は特に対照的で、惚けた様子が抜けきらない。
先ほどの選択肢の回答を、疑問系にしてループさせることしかできないまま、ただ広い草原に突っ立っていた。
---第1章 Fin---
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