第5章:仲間の章・その1
小鳥のさえずり。
青く茂る草むらに、並ぶ大木からの木漏れ日が降り注ぐ。
涼しげな風が吹き抜けると、木々のざわめきが静かに広がる。
「……あれ?」
一本の木の根元でスーツ姿の男が寝転がっており、今、瞼を開いた。
それは先程までムートン村の宿屋に宿泊していたはずの遊学、本人である。
何が起きてこの場にいるのか、当人も理解できていないようで、周囲を見回して考え込む。
ふと思いついたように、ポケットに入れていた攻略本のページをめくる。
「あぁ、そうか……次の話は勇者の仲間視点で話が進むんだったな」
読み解くページには次のシナリオが書かれている。
それによれば、勇者の仲間が合流するまでのイベントを、プレイヤーが攻略するとのことであった。
勇者がムートン村の宿で寝た。
それにより話が展開したのだと理解できた賢者。
ひとまず合流予定の仲間を探そうと、周囲に目をこらす。
「すみません、人違いでしたら申し訳ありません、もしや、賢者さまではありませんか?」
不意に掛けられる男の声。
振り返ると、自分と背丈や見た目の年齢もほど変わらぬ男がそこに立っている。
白めの肌に短髪を銀に染めて、真面目そうな顔つき。
装飾が少し派手に感じるものの、そういうデザインの聖職衣装と言われれば納得できる身なりで、真っ直ぐと賢者を見つめる。
問いかけられた遊学は、先日の勇者との出会いを思い出しながら、目の前の『仲間』に、そうだと頷いてやる。
「おぉ、神よ、我が願いを聞き入れていただけた慈悲に深く感謝いたします……」
男は仰々しい態度でその場に跪き、賢者の手を取りこうべを垂れる。
「えーっと、僧侶のマハトさんですよね、もしかして、旅立ちの試練の最中ですか?」
賢者の一言。それに驚き、思わず頭を上げるマハトと呼ばれた男。
「まさか、何もかもお見通しということでしょうか? いやはや、これは、何といいますか……」
心強さは勿論の事、それ以上に恐怖や困惑の色を隠せない僧侶。
「流石に考えてることまではわからないけど、これから先のことなら大体は知ってるかな……?」
「おぉ、か、神よ……あぁ……感謝いたします」
強烈な自己紹介に言葉を詰まらせるマハトは、冷や汗を拭いながら、ただ神に感謝するだけだった。
「レベル1から計算スタートか……」
新しいメモを取り出して、賢者はマハトのステータスを綴り始める。
最初の目的地までの道中で、レベルを上げるための戦いを何度かこなしながら、二人は進んだ。
僧侶のマハトはレベルが上がることで、回復の魔法を使うことができる。攻略本にはそう記載されていた。
実際にその通り、傷ついたマハトは賢者の計算にそって自身を癒しながら、確実に戦いをこなしている。
当の本人は、己の魔法の使用限界まで把握されていることに、困惑を隠せていない様子であったが。
「賢者さまが味方でいてくれて、本当に良かったと思いますよ……ははは」
小休憩を挟む二人。苦笑いをこぼしながら、僧侶はそう漏らした。
「いやぁ、僕一人じゃ、何もできないですけどね……ははは」
賢者も、手に持つペンで自分の頭をコンコン叩きながら、苦笑いでそれに返す。
絶対的な力に及ぶ知識を持ちながら、決して態度を大きくしない賢者。
「あぁ、何というお人か……」
その姿を見て、僧侶は改めてその人に、敬意の念を抱く。
いきなり賢者の真横へと詰め寄って、手を握るマハト。
「え? な、何ですか?」
至近距離まで顔を近づけられ、目と目があう二人。
「賢者さまのその御力は、このような場所で私の手伝いなどに使われている場合ではないはず……にも関わらず、この地へと赴き下さったこと、改めて深く、深く感謝いたします!」
「そ、そうですか、どういたしまして……顔がちょっと近いですね……」
手を解こうとする賢者の手を更に強く握る僧侶。言葉を聞かず更に顔を近づける。
「このマハト、私などを助けてくださる分け隔てない慈悲の御心にも深く感銘を受けました! 何かお力が必要であれば何なりとお申し付けください!」
「わかりました! わかりましたから離れて! 離れることを申し付けます! お願い!」
これは失礼しましたと、やっと離れる熱い男。
間違いでも起こされるのではないかと、賢者はそれと少し距離を置きながら、目的地を目指すことにした。
たどり着いたのは、岩陰にひっそりと口を開ける洞窟だった。
溢れる空気がヒヤリと肌を撫でる。
「司祭さまによると、奥に流れる清流を汲み、村の教会にある杯に注げば試練が終わるとのことです」
暗がりを覗き込みながら、緊張しつつそう語る僧侶。
「清流の前にボスがいたはずですから、慎重にいきましょうか」
ケロッとした風に重大なことを語る遊学。
「はぁ、ボス……えぇっ!?」
思わず聞き流してしまいそうになったマハトは、慌ててボスとやらの情報を聞き返す。
奥にいる敵の名前はリトルデーモン。
小柄で翼を持ち、ピンク色の肌に三又の槍を構え小賢しそうな顔で笑うデザイン。
情報によれば火の玉を吐き出す魔法を使ってくるとのこと。
「ま、魔法を使う悪魔ですか、恐ろしいですね……」
聞かされた情報に唾を飲む僧侶。
しかし賢者は、変わらぬ笑顔で言葉を続けた。
「マハトさんのレベルが5になれば破邪の魔法が使えるようになるんですが、実はそれで一撃なんですよ。だから、大丈夫。安心してください」
「私が破邪の魔法を、ですか……なるほど」
ここまでの戦闘で信用しきっていた故か、もはや疑うことも忘れて言葉を鵜呑みにするマハト。
賢者の放つ大丈夫の言葉を胸に刻み込み、強気の表情を携えて、洞窟の奥へと足を踏み入れた。
洞窟には目的の邪魔を仕掛けてくる魔物が多く潜んでいた。
天井に張り付く、鎌を持ったコウモリ『ベビーバット』や、岩に擬態しながら獲物を待つ『ロックフェイス』に、陰に隠れて毒の胞子を撒き散らす『デスファンガス』など。
度重なる戦闘に、マハトは銅製のメイスを持って対抗する。
懐に仕舞う薬草と回復の魔法で体力を維持しつつ、二人は順調に奥へ進んだ。
レベルが上がるたび魔法の使用限界が回復するというエクストラストーリーのゲームシステム。
それがこの世界でも存在することを確認できた賢者は、計算通りに進む現状に胸を撫で下ろしていた。
僧侶の方は感心と驚愕の様子で、しかしどう合点すればいいかもわからずに、自身の手をただ見つめていた。
「神のご加護ってやつだよ」
遊学は現状で一番納得できそうな答えを漏らし、マハトはそれで腑に落ちることができた。
新たに習得した破邪の魔法をいつでも使えるようにと、頭に浮かぶ詠唱をそのまま反芻して、男は先に進むのであった。
「この奥に清流があるのですね?」
暗がりを進みながら、目の前の目的地に恐る恐る近づいていく。
水の流れる音が耳に届くと、そこには開けた空洞が広がる。
天井が抜けており、そこからは陽の光が射していた。さらに奥から流れる清流はキラキラと輝き、清浄さを静かに主張している。
「綺麗な場所だなぁ、写真撮りたい……」
遊学は幻想的な蒼の情景に心奪われながら、深呼吸をする。
マハトも一度落ち着いたように、緊張の構えを解いて、背を伸ばす。
「確か水を汲むと奥からリトルデーモンが飛び出してきますから、注意してください。戦いになったら、すかさず破邪の呪文を!」
「了解いたしました……!」
緊張の一幕が今、開ける。
僧侶は清流に近づき、手に持つ小瓶を流れの中に潜らせる。
緊張の面持ちで、静かにつぶやいていたのは、破邪の詠唱第1節。
小瓶を持ち上げ、蓋をしつつ、破邪の詠唱第2節。
その時、奥より魔物の姿が現れ、破邪の詠唱最終節。
「キエーッケケケケッ! こんなところに人間とは、今日のメシはこいつに決」
「滅びよッ! マハルータ!!」
「ギョエエエエエエェェェッ!?」
視界を覆う閃光。
悲しみの断末魔。
光が収まると、そこにはただ静かな清流の音だけが響いていた。
「せめて登場の台詞ぐらいは、言わせてあげても良かったかもなぁ……」
「そ、そうですね、少し申し訳ないことをした気がします……」
賢者と僧侶は静かになった空洞の空を眺めながら、しみじみと呟いた。
目的を無事に果たし、マハトの故郷である村に意気揚々と凱旋する一行。
広すぎない敷地に、数える程度の木造の民家、周りの自然を損なわない程度に開拓された、のどかな景色。
村の入り口に掛かる名札看板には『キラルタ』の文字。
「早速ですが、教会に向かいますか? それともお疲れでしたら、宿に宿泊の予定を入れますが……」
村の中央付近に差し掛かったところで、マハトは遊学に気を使って、相談をした。
賢者は顎に指を添えて考える。
そして、ムートン村にいるゆきのことが心配でもあると、この一件を早々に終わらせるべく、教会へ向かうことを選択した。
「あれ、そういえばこの後って、確か……」
何かを思い出した遊学。そのまま考えながらも、教会の門をくぐる。
「マハト・タヴアイゼン、只今戻りました!」
聖堂への扉を開きながらマハトは叫んだ。
「遅い!」
「えぇっ……!?」
帰ってきた怒声に、思わず素っ頓狂な声を漏らす僧侶。しかし、その声の主を見つけると、表情は一変して呆れたものに変わる。
「ホーリィ、こんなところで何をしているんだ……」
ホーリィと呼ばれた声の主は小柄な少女だった。
腰まで届く長髪は銀髪。
ツンとした顔つきで教会の入り口を睨みつけながら、マハトと同じデザインの衣装に身を包んで、腕を組んでいる。
「あぁ、思い出した、教会で待ち構えていたマハトの妹が、同じように試練を受けるって言い出して、そっちのイベントも攻略するんだったなぁ……」
目の前の光景を見つめながら納得する賢者。
とりあえずそのまま、イベントの進行を静観することにした。
「賢者さま、その話は本当ですか? 少し、いや、かなり聞き捨てならないのですが……!」
しかし、マハトは遊学を睨みつけ、さらなる説明を求める。
慌てて頭をひねり、イベント内容を思い出す賢者。
「た、確かこの後に妹さんが、兄さまにできるなら私にだってできるんだから! とか言い出して……」
「兄さまにできるなら私にだってできるんだから!」
ホーリィは兄を睨みながら、ツカツカと歩み出す。
「マハトさんの手を振り払って、教会を出て行って……」
「あ、ホーリィ! 待つんだ! 待ちなさい! こ、こらっ! 賢者さまを離すんだ!」
マハトは跳ね除けられて空で遊ぶ腕をそのままに、連れ去られる遊学を見つめた。
「やっぱりこの人が賢者さまなんだ! この人がいれば私の試練も楽勝なんだから!」
腕を掴まれ、外まで引きずられる賢者さま。
「その後は、そのまま主役が交代……あ、あー、ちょっと痛い痛い痛い、引っ張らないであぁー……」
「ホ、ホーリィ! あぁ、まったく! 気をつけるんだぞー!」
怒涛の勢いで進行するイベントは、マハトの叫びと、教会の扉が勢いよく閉められたところで、一度区切られる。
一人取り残されたマハト。
「うーむ、神よ、どうか我が妹にご加護を……」
突然の妹の行動に驚きはしたものの、賢者の付き添いがあればと、焦りはそれほどでもなかった。
家族の成長を願いつつ、今はただ静かに見送る兄であった。
---第5章・その1 Fin---
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