第4章:戦闘の章②

聖堂の裏口は施設の厨房に繋がっていた。

入ってすぐの場所には敵の姿も無く、ひとまずは戦いの構えを解く勇者一行。

警戒しつつ、さらに奥へ進むべく廊下へと歩を進める。

「と、その前に……」

足を止めた賢者の手には、リンゴが握られていた。勇者の気付かぬうちに、近くのカゴから拝借した様子。

「賢者さま、また盗むつもりですか? 感心しませんよ」

ジト目で見られた男は悪びれる様子も無く、そのままリンゴを勇者に放り投げた。

「朝もロクに食べてないんだから、これぐらい食べておかないとダメだ。戦闘中に踏ん張りが利かなくなる」

もっともらしい言葉を聞き、自分の空腹具合を再確認させられた女勇者は、何度か唸り、考え込んだ後、険しい表情でリンゴに食らいついた。

「……村の方々よ、この借りは必ず返します」

「大丈夫、村を奪還すればお釣りがくるさ」

空腹を満たし、ゆきの体力が少し回復した。

「もう一個食べる?」

「……い、いただきます」

申し訳なさそうな表情はそのままに、だが食事を摂るその手は既に迷いがないようで、2個のリンゴはすぐに勇者の腹へ収まる。

さらに空腹を満たし、ゆきの体力は完全に回復した。

「さて、これで準備は万端だ。後はボスを倒すのみだぞ……」

ここにリンゴがあることまで知っていた。そう悟らせるような表情を見せる賢者。

その絶対的な安心感を醸し出す様を見て、勇者はまたしても自信をつけさせられる。

その気が冷めてしまわぬうちにと、そのまま廊下へと通じるドアに手をかけた。


ゴブリンのボス。

名前は『ゴブリンリーダー』という。

通常種のゴブリンよりふた周りほど大きい体躯。青銅の刃がついた大振りの剣を持ち、右腕に巻きつけて固定された、円形の盾が特徴。

今それは、鼻息を荒くして勇者と対峙していた。

まだ睨み合いで止まっているようで、戦いは始まっていない。

賢者はつとめて冷静にそれを観察する。

頭の中にあるのは、攻略のためのパターン構築だった。

戦いは勇者の攻撃から始まった。


1ターン目、勇者の通常攻撃。

ゴブリンリーダーに10ダメージ。

ゴブリンリーダーの通常攻撃は25ダメージ。

勇者のHPは残り56。

素早さは上回っていることが確認ができた。

ゴブリンリーダーのHPは100。

薬草で回復できるHPは50。

2ターン攻撃の後に薬草を使えば、14ターン目に倒せる。

「倒せる。倒せるぞ、ゆき!」

思わずして、その高揚は賢者の口から出る。

勇者はゴブリンリーダーの猛々しい野獣の眼光に射抜かれながらも、気丈に微笑む。

賢者の一声は不意にも、勇者の支えとなった。

「グオォッ!」

ゴブリンリーダーが吠える。

「ハッ……!」

勇者はその一息の間を逃さぬと、突きを繰り出す。

その速さは完全に目の前の獣を翻弄している様子だった。

2、3、4、5、6、7……

順当な戦闘。狂いのない計算。

予定調和とでも言えばその通りだ。

8、9、10、11、12、13……14

「終わり」

気付かぬうちに、緊張で喉が乾いていた賢者。

一声を漏らしてそれに気づく。

「オオオォォォオォオオオオンッ!!!!」

村を支配していた親玉の断末魔は、周囲に木霊する。

膝から崩れ落ちる獣は、息を絶えた。

静けさに聖堂内の埃がちらつく。

肩で息をする勇者。

一筋、頬から汗が垂れて、構えを解く。


「勝ちました……!」


震える声を聞いてか、汗とともに流れていた頬の涙を見てか、慌てつまづきながらも直ぐに駆け寄り、賢者はその手を取った。

いくら計算が完璧でも、実際に目の前の荒ぶる獣を仕留められるかと問われれば、自分は首を横に振るだろうと、情けなさを感じつつも、そう思う。

そう思うが故に、目の前の勇者の手を強く握り、ともに喜んだ。


「おめでとう、ゆき!」


名実とも、この世界に『勇者ゆき』が誕生した瞬間だった。



---第4章 Fin---

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る