20:20『眠り姫は何度寝姫なのか?』
負傷者の救護を終えた宇佐見刑事が展示室に戻ってきた。まったくわけがわかりませんよ、と宇佐見は困惑で頭を振りながら言う。
「その人、何言ってるやら意味不明でしたし、いや意味はわかるんですけどちょっと信じられないというか、ただ脚は速かっ……椎名探偵!?大丈夫ですか!」
宇佐見が縦溝警部の背後に目をやると、椎名探偵がソファに奇妙な姿勢で乗っかっていた。床に膝をついて尻を突き出し、上半身だけソファーに突っ伏して両腕をだらりと広げている。
「ああ、満腹になったせいでさっき眠ってしまってな。何度起こしてもすぐまた眠ってしまうのだ。何度も起こしたり寝たりしているうちにあの格好に」
「椎名探偵!起きてください!本当にこの人は緊張感がないんだから!精神年齢小学生探偵椎名なのか!」
何故か椎名探偵の両頬はすでに多少の赤みが差していたが、それでも宇佐見刑事は容赦なく椎名探偵の頬をペチペチ叩く。起きない。更にペチペチ叩く。起きない。もっとペチペチ叩く。
「ふにゃ?」
椎名探偵はのっそりと体を起こすと、目をこすりながら残る二人を交互に見つめた。
「宇佐見君が戻ってきた。奥に給湯室があるから、椎名君はちょっと顔でも洗って来たまえ。その様子では警備に支障が出る」
「了解ー」
椎名は小さなポーチを持つとあくびをしながらふらふらと展示室を出て行った。
「夜は長い。交代で仮眠をとったほうがいいな」
警部は椎名のおぼつかない足取りを見ながらそう言った。
「僕はまだ大丈夫ですが」
「普通はそうだろうな。あの探偵がお子様並だというだけだ。まあ、12時を過ぎても怪盗が現れなかったら、一時間ずつ交代で仮眠を取ろう」
「なんであの人連れてきたんですか」
「いないよりマシだろう」
「どうでしょうか……」
「それにな、あれで洞察力は馬鹿にならんのだ。むらはあるのだが」
縦溝警部が妙に椎名探偵に強い信頼を寄せているのは、警部と探偵が最初に出会った事件で、椎名が彼がそれまで周囲に隠してきた彼のある秘密を瞬時に見抜いたからだ。
「そうはいっても。なんか子守でもしてる気分ですよ」
宇佐見刑事はため息をついた。それから、どうしても忘れがちな、怪盗の標的、妖刀『
宇佐見はピザ屋に確認を取ることを思い出し、ソファの上に放置されていたピザの箱を拾い、書いてあった番号に電話をかける。椎名によればイケメンだというその店員は店に戻ってきており、話を聞く限り別にデリバリーのバイクごと怪盗に奪われたとかそういうことはない様子だった。ついでにあの女は刑事ではなく探偵だと訂正したら、店員が急に態度を翻して、探偵さんに代わってもらえませんか、さっきよそよそしくしたことを是非謝りたくてー、お話とかできないかなー、ところでまさか刑事さんって探偵さんの彼氏さんとかじゃないですよねー、そんなわけないですよねー、探偵さんって彼氏とかいるんでしょうかねー、どう思いますかねー、などとわけのわからないことを言い始めたので、あいつはアラブの石油王と付き合っているから諦めろと言って宇佐見は電話を切った。
「警部、ピザを配達したのは店員本人で間違いありませんでしたが、その店員の話によると、配達の途中で何故か制服警官に呼び止められたそうです」
「ふむ?」
宇佐見は手帳を見ながら説明を続ける。
「このあたりで痴漢や熊が出没してるからとか訳の判らない言いがかりをつけて、バイクはもちろん、店員の衣装や、ピザの箱まで開けて念入りに改めたそうで。警官だと思ったら嫌とは言えなくて、されるがままだったそうです」
さっき店員が急にそっけなくなったと椎名探偵が言っていたのは、そんなことがあって警察にビビっていたからだろう。どうも椎名に彼氏いないアピールをされたからではないようだ。
「それ、ニセ警官だろうな。……おい。ピザ食っちまったぞ」
「警部、体調に異常は?」
「いや。最近腹の肉がたるんできたことと駄洒落が冴えないこと以外は問題ない。君も問題ないな?」
「ええ。最近なんだか、なで肩になってきたような気がする以外は問題ありません。椎名探偵は眠そうですが、まあ叩いて起きるなら睡眠薬ということもないでしょう」
当初ピザ屋に不審な点はないと思われたが、ここに来て不審なニセ警官との接触が知らされた。警部の予想に反して、宇佐見が展示室を離れてからも、結局何の襲撃もなかった。怪盗コスプレ男に続いてニセ警官と怪盗の気配はするのだが、狙いが一向に見えてこない。ただし、博物館の周りを怪しいニセ警官がうろうろしているとわかった以上、安易に警察の応援を呼ぶのはいよいよためらわれるようになってきた。
「ニセ警官の狙いは何だと思う?それに、我々がピザの出前を頼んだことをどうやって知ったんだ?」
「さあ……。ただ、ピザを頼んだのは我々というか椎名探偵だけです」
「じゃあ椎名君か。椎名君の携帯電話に細工でも?」
「そうだとしても、我々が電話を眺めたくらいでは細工があるかどうかなんて判断がつかないでしょうね。椎名探偵の電話はスマートフォンだし、何かソフトウェア的な細工だったりしたらもうお手上げです」
「ソフトウェア?」
「コンピュータウイルスとか」
「コンピュータじゃなくて電話だぞ?」
「一言で携帯電話といっても、最近のスマートフォンっていうのは中にオペレーティングシステムが入っているんですが、これはカーネル部分は通常のコンピュータと同一の高機能なもので、アプリケーションをインストールすると様々な機能を追加できるんですが、本来はアプリケーションはパーミッションで機能が制限されていて、あっ、パーミッションとは日本語で言うと権限とか訳されるもので、ルート権限を奪取すればこの権限を超えて通常のパソコンに近い任意の操作が可能になるので、盗聴用のマルウェアをインストール、あー、やっぱり何でもないです」
しまった。宇佐見は思った。これでは錦鯉大好き
椎名探偵はまだ戻ってこないようだが、一体何をしているのだろうか。顔を洗ってくるだけにしては、少々時間が掛かり過ぎている気がする。
「だが、おそらく怪盗はここに椎名君が来るとは知らなかったはずだ。あの時はたまたまワシの思いつきで椎名君の事務所に立ち寄っただけだからな。携帯電話に細工をするタイミングはないだろう」
警部は腕を組んで考えこむ。警部の言うとおりだ。椎名探偵の携帯電話を疑う理由はない。
「どうやって注文したのを知ったのかもあるが、我々全員がピザを食べるとも限らん。睡眠薬で眠らせるにしても全員が食べるとも限らないし、それだけでは確実性に乏しい。そもそも睡眠薬が入っていたとも思えないなしな」
その時、防犯ベルのけたたましい音が館内に響き渡った。縦溝警部と宇佐見刑事は驚いて反射的に周囲を見回す。椎名探偵は、まだ戻っていない。
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【物語のポイント】
・椎名探偵の謎の能力とは何なのか
・怪しい制服警官の正体は何なのか
・怪しい制服警官がピザ屋を調べた理由は何だったのか
・防犯ベルが鳴った理由は何なのか
・椎名探偵の戻りが遅いのはなぜなのか
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