08:14『探偵と刑事と怪盗そしてエピローグ』
事件の全体像が掴めてきたところで、一同は一息入れる。
「しかし、今回宇佐見君は本当に災難だったな」
「ええ、ちっともいいところがなかったです。『韋駄天』にはまったく歯がたたなかったし、転んで頭を打って詐欺師に服を剥ぎ取られて転がされたり。最終的には刀は戻ってきたとはいえ、さんざん駆け回った挙句に刀が奪われちゃいましたからね。手首もやっちゃいましたし。まあ今回一番痛い目にあったのは詐欺師でしたが」
「それに比べて私は大活躍だったよね」
「椎名さんすごい!名探偵じゃないですか!」
岸谷記者は目を輝かせて言う。岸谷は現場での椎名の醜態を見ていないので、椎名の株はうなぎ登りであるようだ。
「いやまあ今の推理はなかなかだと思うけど、事件が終わって犯人逮捕されたあとで、そんな見事な推理を披露されてもね」
もう半ば癖のようになってしまったが、肝心な時こそ役に立たない探偵の脳天気な態度に宇佐見はがっくり肩を落とした。捻挫した手首がズキッと傷んだ。
最初は岸谷が宇佐見の女であるなどととんでもないことを疑っていた椎名だが、岸谷が自分を慕っていることがわかると、途端に猛烈な勢いで可愛がり始めた。縦溝警部を別にすれば、岸谷記者はおそらく椎名探偵のファン第一号であろう。チョコ食べる?クッキー食べる?と次々餌付けを試み、ニヤニヤしながら肩を抱き寄せては頭などしきりに撫でている。ちなみにそのお菓子はすべて警察署内部のどこかから椎名が勝手に調達してきた盗品である。
しまいには誰も訊いてもいないのに椎名は何故かスリーサイズや好みの異性のタイプまで教え始め、それを聞いて岸谷も頬を染めながらものすごい勢いでペンを走らせている。椎名は中学校の学校新聞に何を書かせる気なのだろうか。縦溝警部もちょっとあきれ顔だ。宇佐見は念の為に聞き耳をたてたが、椎名は岸谷だけに耳元でこっそりささやいているので、よく聞き取れなかった。
ひとしきり椎名探偵の寵愛を受けたあと、岸谷記者は学校があるのでと言って帰っていった。椎名は探偵事務所の場所も教えていたので、もしかしたら岸谷は椎名のいい遊び相手になるかもしれない。
ちなみに、椎名探偵の活躍はマスコミには一切取り上げられることはなかった。しかし、椎名がやけに美化されて報じられた学校新聞のお陰で、この街一番の格好いい女探偵として椎名探偵は一躍有名になる。知優ヶ湖中学校限定で。だが、それはまた別のお話である。
————————
「結果的にだけど、あの大物詐欺師『脚長』を逮捕したんだよ。これでピザのミスは帳消し、お釣りでカツ丼が食べられるくらいだよ。警察署でカツ丼って夢があるよね。取調室空いてるかな?」
椎名が目をキラキラさせながら言う。
「そういえば朝飯がまだだったな。よし、大物詐欺師逮捕の成功報酬だ、椎名君にカツ丼をおごってやろう。朝だから取調室も開いてるしな」
「私、カツ丼(松)!」
「警部まで……朝からカツ丼かあ……」
「いいじゃない、取り調べごっこしながらみんなで食べましょう。私が怖い刑事役、警部が優しい刑事役で、宇佐見くんが生意気な容疑者役ね!たっぷりいじめてあげる!」
「その配役はおかしくありませんか!」
るるるーるー、と椎名が犯人自供シーン的な切ない鼻歌を歌い始める。
「それで、『韋駄天』はあのあとどこに行ったんだ?詐欺師に刀を奪われた騒動ですっかり忘れていたが」
「警部が給湯室を出たあとに、僕のところに来て縄を切ってくれました。半裸で情けなく転がっていた僕に、なんかジャケットまでかけてもらっちゃって」
「そうだったか。詐欺師は捕まったけど、怪盗の方は取り逃がしてしまったな。我々の勝ちとはとても言えん」
「きっともう一度、逢えますよ」
「え?」
椎名と縦溝がぎょっとして振り返る。
「『韋駄天』は……彼は本物の、紳士ですよ」
宇佐見は遠い目をして言った。
「どうした宇佐見君!頭でも打ったか!」
「来た!ボーイズラブ来た!怪盗紳士が盗んだのは彼の心ですってか!」
この自称探偵はまた変な誤解を招くようなことを。宇佐見が思うに、事態をややこしくすることにかけてはこの探偵は天才的かもしれない。僕はただ、あの怪盗のしなやかな走り、洗練された紳士的な立ち振る舞いに、純粋に感銘を覚えたというだけだ。半裸で情けなく転がされていた僕にジャケットを掛けてくれたのは彼だけだ。
宇佐見はこの探偵の弱点をもうひとつ見つけた。けっこうな寂しがり屋なのだ。椎名探偵はそのうちまた『私の事件よ』とか言い出して、僕らの捜査にくっついてくるような予感がする。やれやれ、もう探偵と怪盗の相手は懲り懲りだというのに。宇佐見はソファにばったりと倒れこむ。そして、夜の博物館を飛ぶように駆ける
椎名なのかは探偵なのか?『鯉に呪われた妖刀・生蔵丸盗難事件』 小林稲穂 @kobayashiinaho
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